知的貢献

植物保護能力をもつ国内産バイオコントロール細菌の同定とゲノム解析


[要約]
新たな微生物農薬を開発するために、植物を病害から保護する効果をもつ「バイオコントロール細菌」を国内産の細菌から3系統同定した。さらに、全ゲノム解析により各系統の特徴づけを行い、比較解析により植物保護能力に寄与する因子を明らかにした。
[キーワード]バイオコントロール細菌、抗菌性、土壌病害、植物保護、環境保全型農業
[担当]生物研 植物科学研究領域 植物・微生物間相互作用研究ユニット
[連絡先]029-838-7005

[背景・ねらい]
 植物を病害から保護する効果をもつ細菌は「バイオコントロール細菌」とよばれ、すでに一部の系統が微生物農薬として有効利用されている。微生物農薬による病害防除技術は、環境への負荷が低いことなど多くの利点を有する。一方で、化学農薬と比較して効果が持続しないなど、生物ならではの問題点も多く、用いる微生物の生態や表現型について理解を深め、改良を加えることが望まれる。我々はこれまでに、バイオコントロール細菌のひとつであるシュードモナス属細菌Pseudomonas protegens CHA0 株をモデルとして、植物保護能力に関与する因子を明らかにしてきた。しかし、CHA0 株を含め、既知のP. protegensは全て外国産であるため、国内での使用には制限があった。そこで本研究では国内での利用を目指して、優れたバイオコントロール能を有する国内産P. protegens の単離を試みた。さらに、それらの全ゲノム解析を行い植物保護能力に寄与する因子を同定した。
[成果の内容・特徴]
  1. 様々な植物の根圏から国内産のシュードモナス属細菌2,800株を分離したのち、抗菌性物質生産株をスクリーニングし、その植物保護能力を調べた結果、既知のバイオコントロール細菌であるCHA0株と同等の植物保護能力を有する「P. protegens Cab57株」が得られた。本菌株は6.8 Mbpの環状DNAをゲノムとしてもち、抗菌性物質の生産に関わる遺伝子やその制御に関わるGac/Rsmシグナル伝達系の遺伝子など、本種に特徴的な遺伝子を有していた(表1)。
  2. P. protegens の近縁種である「Pseudomonas sp. Os17株」、「Pseudomonas sp. St29株」についても植物保護能力を調べたところ、Os17株は顕著な効果を示したのに対し、St29株ではその効果が劣っていた。両者の全ゲノム解析により、それぞれ6.9 Mbp、6.8 Mbp の環状DNAをゲノムとしてもつことが明らかになった(表1)。
  3. Cab57株は植物病原性卵菌であるピシウム菌(Pythium ultimum)に対する抗菌性を有していた。これまでの研究から、CHA0株ではGac/Rsmシグナル伝達系を負に制御するRetSの欠損変異により抗菌性が亢進することが知られていたが、Cab57株においても、RetSの欠損変異により抗菌性が亢進することが確認された(図1A)。また、CHA0株および別の既知のバイオコントロール細菌であるPf-5株と、Cab57株のゲノムを比較した結果、3つの株の間で二次代謝産物の生産や環境適応への関与が予測される遺伝子クラスターに多様性が見出された。Os17株、St29株のゲノムを比較した結果、Os17株のみがリゾキシン類縁体合成酵素遺伝子群を有することが明らかになった。さらにOs17株は少なくとも5種類のリゾキシン類縁体を産生することが明らかになった。リゾキシン類縁体の合成酵素遺伝子のひとつである「rzxB遺伝子」について、これを欠損するOs17株変異株を作出したところ、変異株では5種類のリゾキシン類縁体が全て検出されず、またピシウム菌および植物病原性糸状菌に対する抗菌性が低下することが明らかになった(図1B)。これらの結果から、リゾキシン類縁体が本菌株の高度な植物保護能力の発揮に必要であることが示唆された。以上の研究の一部を先端ゲノム解析支援により行った。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. 国内産の新たな微生物農薬の素材となりうる菌株としてCab57株およびOs17株を見いだした。
  2. 上記2種の菌株は、新たな抗菌性二次代謝産物の生産菌としても有用である。
  3. 今後、見いだした菌株の植物保護能力の安定性を高めることを検討し、実用化を目指す。

[具体的データ]

表1 シュードモナス属細菌CHA0株、Cab57株、Os17株、St29株のゲノム解析結果および植物保護能力の比較

表1 シュードモナス属細菌CHA0株、Cab57株、Os17株、St29株のゲノム解析結果および植物保護能力の比較

*Jousset et al., Genome Announcement 2014 2(2): e00322-14 より引用

図1 Cab57株およびOs17株の抗菌性検定

図1 Cab57株およびOs17株の抗菌性検定
(A) Cab57株におけるRetSの欠損による抗菌性の亢進。
(B) Os17株におけるRzxBの欠損による抗菌性の低下。
ピシウム菌を寒天培地の中央に接種し、シュードモナス属細菌の各菌株と対峙培養した。Cab57株においては、RetS欠損変異株(ΔretS)で野生株に比べピシウム菌に対する抗菌性が亢進していた。Os17株においては、リゾキシン類縁体合成酵素欠損変異株(ΔrzxB)で野生株に比べ抗菌性が低下していた。

 

[その他]

研究課題名バイオコントロール因子の発現制御機構の解明
中期計画課題コード2-21
研究期間2012〜2014年度
研究担当者竹内香純、野田なほみ、片寄裕一、向井喜之、沼寿隆、山田小須弥(筑波大)、
染谷信孝(北農研、現・農研機構本部)
発表論文等 1)Takeuchi K, Noda N, Someya N (2014) Complete genome sequence of the biocontrol strain Pseudomonas protegens Cab57 discovered in Japan reveals strain-specific diversity of this species PLoS ONE 9(4):e93683
2)Takeuchi K, Noda N, Katayose Y, Mukai Y, Numa H, Yamada K, Someya N (2015) Rhizoxin analogs contribute to the biocontrol activity of newly isolated Pseudomonas strain Molecular Plant-Microbe Interactions 28(3):333-342
3)山田(竹内)香純、野田なほみ、片寄裕一、向井喜之、沼寿隆、染谷信孝「植物保護能力を有する微生物」特願2015-118395
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