知的貢献

アリの触角で情報伝達物質を輸送する新型タンパク質を発見


[要約]
働きアリの触角から、情報伝達物質に特異的に結合して輸送する新規タンパク質(アリNPC2)を発見した。このタンパク質を標的とすることで、害虫のアリ以外には作用しない、安全で環境に優しい農薬の開発につながると期待される。
[キーワード]
アリ、情報伝達物質、輸送タンパク質、交信かく乱剤、構造ベース創農薬
[担当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット
      遺伝子組換え研究センター 昆虫機能研究開発ユニット
[連絡先]
029-838-7900

[背景・ねらい]
 アリは世界中に広く分布する昆虫である。人家の近くにも棲む身近な生き物だが、主に不快害虫として、また種によっては農業害虫として、防除の対象にもなっている。
 アリは集団(コロニー)で生活する真社会性昆虫で、少なくとも500種類近くの情報伝達物質を識別して利用していると推定される。アリは情報伝達物質を触角で検出する。触角で受け取られた情報伝達物質は、輸送タンパク質によって目的の細胞に存在する化学感覚受容体タンパク質まで配達され、情報を伝える(図2)。情報伝達物質の多くは難水溶性で、単独では感覚子リンパ液中を通過することができない。そこで、情報伝達物質輸送タンパク質の機能を阻害できれば、交信をかく乱してアリを防除できると考え、本研究に取り組んだ。
 これまでにアリの情報伝達物質輸送タンパク質としては、匂い物質結合タンパク質(OBP)や化学感覚子タンパク質(CSP)が報告されている。ただし、個々のOBPやCSPは数種類の情報伝達物質しか運ばず、また合計で30種類程度しかない。そのため、OBPとCSPだけでは全ての情報伝達物質の輸送をカバーすることはできず、未知の輸送タンパク質が多数あると推測された。そこでまず、アリの新たな輸送タンパク質の探索を行い、続いて、その分子機構を解析した。
[成果の内容・特徴]
  1. クロオオアリの働きアリの触角から、アリの情報伝達物質を輸送する新規タンパク質を発見した。このタンパク質はヒトの体内でコレステロールを輸送するヒトNPC2(ニーマン・ピックC2型タンパク質)とよく似ており、「アリNPC2」と名付けた。アリNPC2は触角中の感覚子リンパ液中にのみ局在し、情報伝達機能を持つと推定された。
  2. アリNPC2は、長鎖脂肪酸やアルコール、酢酸など、アリが活用する多数の情報伝達物質と幅広く結合することが明らかになった。ヒトNPC2と異なり、アリNPC2はコレステロールには結合せず、一方、ヒトNPC2は長鎖脂肪酸には結合しない(図3)。このように、アリNPC2とヒトNPC2では結合する物質が明確に区別されていた。
  3. オレイン酸が結合したアリNPC2の結晶構造を解析した(図4A)。アリNPC2はβ構造タンパク質で、2つのβシート間のリガンド結合ポケットに情報伝達分子を取り込んで輸送する。このポケットは柔軟性に富んでいて、多様な情報伝達物質の大きさに応じてポケットサイズを変化させることが示唆された。アリNPC2の構造と分子認識様式は、αヘリックス構造タンパク質でリガンド結合ポケットの大きさが限定されたOBP(図4B)やCSP(図4C)とは全く異なるものであった。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
  1. アリNPC2は、他の生物にはない分子認識様式を持つため、害虫アリの防除薬の理想的な標的タンパク質の一つと言える。
  2. アリNPC2-オレイン酸複合体の立体構造を利用して、構造ベースの交信かく乱剤の創出を展開することにより、害虫アリには効果を示すがヒトや他の生物には悪影響を及ぼさない、環境に優しい薬剤の開発が進むものと期待される。

[具体的データ]
図1 働きアリが巣を掃除する様子(上)と集団で獲物をとる様子(下)   図2 アリが触角で受け取った情報伝達物質を輸送して情報を伝える仕組み

図1 働きアリが巣を掃除する様子(上)と集団で獲物をとる様子(下)

 

 

図2 アリが触角で受け取った情報伝達物質を輸送して情報を伝える仕組み

 

図3 アリNPC2とヒトNPC2が輸送する物質の選択性   図4 昆虫の情報伝達物質輸送タンパク質の構造

図3 アリNPC2とヒトNPC2が輸送する物質の選択性
アリNPC2は、長鎖脂肪酸やアルコール、酢酸など、アリが活用する多数の情報伝達物質と幅広く結合する。ヒトNPC2と異なりアリNPC2はコレステロールには結合せず、一方ヒトNPC2は長鎖脂肪酸には結合しない。

 

図4 昆虫の情報伝達物質輸送タンパク質の構造
(A)クロオオアリNPC2、(B)匂い物質結合タンパク質(OBP)、(C)化学感覚子タンパク質(CSP)。空間充填モデルは結合したリガンド分子を示す。

 

[その他]

研究課題名害虫防除剤の開発に向けた構造生物学研究
中期計画課題コード1-25、3-05
研究期間2012〜2014年度
研究担当者

山崎俊正、土屋渉、藤本瑞、宮澤光博、石橋純、石田裕幸(富山県立大)、

藤井毅(東京大)、石川幸男(東京大)、松山茂(筑波大)

発表論文等 1)Ishida Y, Tsuchiya W, Fujii T, Fujimoto Z, Miyazawa M, Ishibashi J, Matsuyama S, Ishikawa Y, Yamazaki T (2014) Niemann–Pick type C2 protein mediating chemical communication in the worker ant Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 111(10):3847-3852
2)石田裕幸、山崎俊正 (2015)アリの情報伝達物質を運搬する新型タンパク質の発見 化学と生物 53: 66-68
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