U 原蚕飼育と造卵および蚕卵

 原蚕飼育が普通養蚕とは原則的に違ったものであるかのような響きを持った種繭養蚕、糸繭養蚕と云う言葉が使われているが、木暮(407)も述べているように、この二つが原則的に違った飼育法によるものと考えるのは正しくない。また、分場と云う特別な世界の中で行なわれてきた原蚕飼育が、従来の方法による種繭養蚕では維持できなくなってきた現状においては、この二つを全然別なものと考えることは実情にも合わなくなってきているように思われる。
 原蚕飼育ならびに蚕卵の増産については、古くから、多くの経験者によって数多くの見解や試験結果が発表されており、今更何を述べても云い古されたことの埒外に出ることは殆ど不可能である。しかしこれらを検討し、また簡潔明快な木暮の記述(407)、諸星(596)、 山口(1159)の綜説などを通じて感じられるのは、非常に多くの、時には全く相反する事実や解釈が示されていて、これらを貫く原則的なものが何であるかをつかみにくいことである。
 ここでは、問題を造卵および産卵と云う一点に集約して、この点から原蚕飼育の原則的な検討をこころみたい。

1 体内環境と造卵および蚕卵
 産卵数を直接に規定する条件は造卵数と産卵歩合とであるが、このうち、造卵数は初めに分化する生殖細胞数とも蛹期のなかば頃までの卵母細胞の数とも関係がなく、蛹期の中期頃から影響の現われる“ある必要な栄養物質”の量によってきまるらしいことを前章(T2Abi)で明かにした。原蚕養育の影響は必らずこの体内環境を通して結果に現われるのであるから、先ず第一に体内環境を考えなければ、造卵数または産卵数を正しく理解することはできない。

 A 蛹重
 造卵数またぱ産卵数が母体に蓄積された栄養に関係があるとすると、当然、母体の大きさと造卵数との間に関係がある筈であるが、雌蛹の体重と産卵数との間には明かに正の相関があり(第12表)、普通には、蛹が大きいと産卵数が多い。蛹重は繭層重と相関があるので、繭層重と産卵数との間にも相関があるが(772)、蛹重と産卵数との相関よりも蛹重と産卵量との相関の方が強く(889)、数と量との問題(T2Abi)の関係していることを示している。普通には、蛹が大きいと産卵量ばかりでなく、卵1粒の重量も大きくなる(572)

第12表 雌蛹の体重と産卵数との相関表(内山・小林)(1089)
蛹重量(g)
産卵数(粒)
0.8 0.9 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8
250
300
350
400
450
500
550
600
650
700








































17
13








11
22







11
10









11































29
44
46
48
30
10
24 45 53 43 32 17 226

 しかし、蛹重が増加しても産卵量(あるいは数)はこれと同じ割合では増加せず、後者の増加が幾分小さいので、雌蛹1kg当りの産卵量を比較すると,蛹重のおもいものは頭数が少ないため、蛹重の軽いものよりも却って産卵量の少ない傾向がある(14)。 従って、雌雄を区別しない種繭1kg当りの産卵量も、繭重の重い場合に多いとは限らない(第13、14表)。
 この成績は、農林省蚕糸試験場の新庄、小淵沢、宮崎の3原蚕種製造所が協力して行なった5令期給桑量試験の結果であって、試験区によって繭に軽重があるが、この区間の平均繭重の変動が個体変異の場合(第12表)と同様に、1蛾当りの産卵量と正の相関を示している。しかし、この相関は同じ飼育場所内での区間に限られ、飼育場所が違えば、平均繭重は同じでも産卵量の全く相違する場合が少なくない。

第13表 原種の繭重と産卵量との関係(堀内・入戸野ら)(220)
蚕品種 飼育場所 5令給桑量
(kg)

繭重
(g)

種繭1kg当り
粗卵量(g)

♀1蛾当り
粗卵量(g)
繭層
歩合
(%)
蛹重
(g)
正常卵
1g粒数
c/a
×100
日124号
(春蚕)
新庄 21
18
15
13
1.85
1.81
1.70
1.54
 67
 72
 80
 72
0.28
0.29
0.27
0.26
23.8
23.4
23.5
23.9
1.41
1.39
1.30
1.17
1,625
1,651
1,650
1,690
15
16
16
17
小淵沢 22
19
16
13
1.74
1.66
1.59
1.48
 96
105
 96
101
0.33
0.32
0.30
0.29
23.1
23.4
23.3
23.0
1.37
1.27
1.22
1.14
1,677
1,705
1,733
1,775
19
19
20
20
宮崎 23
20
17
15
1.98
1.95
1.88
1.76
 95
 99
103
108
0.34
0.34
0.35
0.34
22.7
22.7
23.0
23.0
1.53
1.51
1.45
1.36
1,632
1,635
1,652
1,679
17
18
19
20
支124号
(春蚕)
新庄 20
18
14
12
1.84
1.75
1.55
1.52
 55
 59
 69
 55
0.27
0.25
0.26
0.23
21.7
21.8
21.8
21.7
1.44
1.37
1.21
1.19
1,645
1,700
1,735
1,735
14
14
17
15
小淵沢 22
18
16
14
1.46
1.42
1.34
1.28
 74
 65
 68
 74
0.24
0.22
0.21
0.21
22.0
21.7
21.7
21.9
1.14
1.11
1.05
1.00
1,813
1,800
1,833
1,830
17
15
16
16
宮崎 23
20
18
15
1.92
1.89
1.81
1.68
 74
 67
 68
 74
0.28
0.28
0.28
0.25
21.4
21.2
21.5
21.9
1.53
1.51
1.45
1.36
1,599
1,608
1,627
1,667
15
15
16
15
給桑量は対1,000頭正葉量。♀1蛾当り粗卵量はb/種繭1kgからの発蛾♀数。蛹重は繭重と
繭層重との差。粗卵量をとったのは、不受精卵などにまどわされることの少ない生産量を示すためで
あるが、精選卵量をとっても傾向は同様であった。給桑量およびbの小数点下省略。cの末位四捨五入。
第14表 交雑原種の繭重と産卵量との関係(堀内・入戸野ら)(220)
蚕品種 飼育場所 5令給桑量
(kg)

繭重
(g)

種繭1kg当り
粗卵量(g)

♀1蛾当り
粗卵量(g)
繭層
歩合
(%)
蛹重
(g)
正常卵
1g粒数
c/a
×100
2・4
(秋蚕)
新庄 21
18
15
12
1.83
1.76
1.63
1.39
 82
 80
 82
 74
0.32
0.31
0.29
0.25
22.0
21.6
21.5
20.9
1.43
1.38
1.28
1.10
1,590
1,620
1,645
1,670
18
18
18
18
小淵沢 21
18
15
13
1.75
1.71
1.58
1.52
101
109
100
101
0.37
0.35
0.33
0.32
22.5
22.4
22.7
22.5
1.36
1.33
1.22
1.18
1,623
1,660
1,666
1,670
21
20
21
21
宮崎 23
20
18
15
1.72
1.66
1.59
1.50
 96
100
100
 89
0.31
0.30
0.28
0.25
21.6
21.7
21.9
22.0
1.35
1.30
1.24
1.17
1,721
1,713
1,750
1,756
18
18
18
17
5・4
(秋蚕)
新庄 21
18
15
12
1.76
1.70
1.54
1.39
 93
 93
 87
 85
0.34
0.34
0.33
0.26
20.2
20.0
19.9
19.5
1.41
1.36
1.23
1.12
1,630
1,645
1,670
1,705
19
20
22
19
小淵沢 20
18
16
13
1.69
1.71
1.62
1.57
100
 92
 84
100
0.37
0.32
0.36
0.35
19.3
19.3
19.4
19.3
1.36
1.38
1.31
1.27
1,624
1,626
1,633
1,644
22
19
22
22
宮崎 23
20
18
15
1.53
1.54
1.52
1.47
 88
 81
 92
 85
0.29
0.28
0.27
0.26
19.7
19.5
19.4
19.5
1.23
1.24
1.23
1.18
1,712
1,712
1,697
1,710
19
18
18
18
第13表の脚註参照。

 第13表の日124号および支124号においては、繭重の増加に連れて繭重1g当りの産卵量(c/a)が減少する傾向を示しているが、第14表(交雑原種)においてこの傾向の認められないことは興味がある。これが原種と交雑種との相違を示すものか否かはなお明かでないが、竹内ら(996)の支122号×日122号および支115号×日122号についての成績から計算してみても、繭重1g当り産卵数は繭重が増加しても減少してはいない(U2Ab)。
 渡部(1133)は雌蛹の体重1g当り産卵数によって産卵効率を表わし、原種に比べて交雑種の効率の高いことを示したが(第15表)、上記の現象は、この効率が原種では一定でなく、蛹重(または繭重)の増加に連れて低下するが、交雑種においてはこのような効率低下の起こらないことを意味するものかも知れない。これに対して、繭層歩合は繭重の増減に拘らず殆ど一定であるから(第13、14表)、原種においては、卵の造成に関する代謝効率と絹物質造成に関する代謝効率との間に相違のあることがうかがわれる。
 正常卵1g粒数は蛹重または繭重の軽くなるに連れて多くなるが、この傾向には原種と交雑種との間に特別な違いが認められないようである。

第15表 原種と交雑種との産卵効率(渡部)(1133)
蚕品種 調査蛾数 産卵効率 変異係数(%)
日1号
支4号
日122号
カンボージュ
43
45
44
65
325
295
324
441
13
33
21
29
日1号×支4号
支4号×日1号
支4号×日122号
日122号×支4号
日1号×カンボージュ
支4号×カンボージュ
29
73
93
90
84
83
392
366
366
385
439
448
 7
10
10
 8
13
10
効率の誤差省略。変異係数の小数点下省略。

 B 卵の造成と絹物質の造成との関係
 浜崎(149)は、3令末期または4令初期に卵巣を摘出した蚕は初めは体も小さく、斃蚕が多いが、5令2日目頃から回復し、残ったものの繭層重および蛹重は対照区より大きかったと報告している(第16表)。永井(631a)は、これについて、幼虫の卵巣は体重に対して極めて小さな割合を占めているに過ぎないにも拘らず、その摘出が蛹重に影響するものならば、変態ホルモンとの関連があるのではないかと考えている。藤本(101)は、栄養状態が正常の場合には卵巣の存否は絹糸腺の発育に影響をおよぼさないが、絶食させて栄養不足の状態にすると卵巣の減少よりも繭層重の減少が大きいことからみて、卵巣の存否および発育は絹糸腺に影響をおよぼすものであろうと考えている。

第16表 卵巣摘出蚕の繭層重ならびに繭重(浜崎)(149)
昭 和 新白×日110号
 対 照 区   去 勢 区   対 照 区   去 勢 区 
 繭層重 
111mg
94  
124mg
102  
173mg
170  
197mg
186  
蛹 重
841  
955  
889  
981  
987  
1,212    
1,022   
1,233   

 小原(388)によれば、蚕の体液蛋白の電気泳動像は5令の中頃から雌雄差が明かになるが、5令期に卵巣を摘出した蛹について泳動像を調べたところ、一見、雄に似た像が得られたと云う。
 これらの結果は、卵の造成と絹物質の造成との聞に何らかの関連のあることだけは示しているが、直接的な物質の動きとしては明かでない。
 これに対し、絹物質造成のための素材を卵の造成に転用することができるか否かについては、赤尾(33,34)の実験結果がかなり具体的な解答を与えている。
 4令期に絹糸腺を摘出しておくと、蚕は節聞がふくれて膿蚕様の形態を示し、大部分が化蛹前に死んでしまう。これは絹蛋白を合成する材料であるアミノ酸が、吐糸によるはけ場がないために、体液中に蓄積してアミノ酸過剰症を起こすためであるが、同時に、吐糸によって大量に排出される筈の水分も体内に残留して生理障害の原因になっている。蚕にとっては、絹糸腺は云わば過剰なアミノ酸、水分、カルシウムなどの排泄器官として働いている訳であるから、これを除去すると排泄不能のための生理障害が起こるのである。
 処が、この除腺蚕を緑蚕上蔟させると(第17表)、これらの障害が軽減し、緑蚕上蔟の早いものでは、同時に上蔟させた除腺しない緑蚕上蔟に比べて化蛹歩合および化蛾歩合が高く、産卵も多い。これは、本来ならば絹の生成に向けられる筈の過剰の蓄積物が発育、造卵および体を維持するためのエネルギー源に転用されたために、過剰蓄積を持たない非除腺蚕よりも生理上有利な立場にあったことを示すものと考えられる。この場合、除腺蚕のうちでも、過剰蓄積物を卵の生産のために消費し得る雌の方が化蛹歩合、化蛾歩合ともに高いことは興味がある。

第17表 除腺蚕の緑蚕上蔟(赤尾)(34)
緑蚕上蔟
の時期
処理 性別 熟蚕頭数に対
する化蛹頭数
化蛹頭数に対
する化蛾頭数
産卵数
(平 均)
残留卵数
(平 均)
5 令
4日目
無 処 理
  29%
30
  71%
75
 41粒
 10粒
吐糸孔閉鎖
28
28
28
 0
141
 −

除  腺
78
68
77
82
264
 −

5 令
5日目
無 処 理
53
80
57
80
287
 −
17
吐糸孔閉鎖
28
33
 0
 0
 −
 −

除  腺
95
81
95
88
459
 −

5 令
6日目
無 処 理
81
88
90
95
403
 −
55
吐糸孔閉鎖
35
 8
 0
 0
 −
 −

除  腺
85
50
73
66
551
 −
32
5 令
7日目
無 処 理
80
91
95
77
551
 −
36
吐糸孔閉鎖
 8
 4
 0
 0
 −
 −

除  腺
33
 0
50
 0
352
 −
207
5 令
8日目
無 処 理
84
96
90
91
626
 −
94
吐糸孔閉鎖
 0
 0
 0
 0
 −
 −

除  腺
 4
 4
 0
 0
 −
 −

日112号×支110号(晩秋期)。手術は4令期に行なった。    
化蛹および化蛾の%小数点下省略。残留卵の小数点下4捨5入。

 このように、絹物質造成のための素材も場合によっては卵の造成に転用できるものと考えられるが、正常蚕においても同様な転用が行なわれ得るか否かは、蚕種製造上大きな関心の寄せられる問題である。
 平板吐糸蚕は正常吐糸蚕の70−80%ぐらいしか吐糸せず、化蛹の頃に解剖してみると、絹糸腺内に多量の絹物質の残留しているのが肉眼的にも認められるが、やがてこれが分解して腺外に出るため、体液中のアミノ酸が増加し、化蛹後3−4目で最高に達する。この頃は、丁度、卵巣が急激な発育を始める時期に当るから(T2A bi)、もし体液中に移行した絹糸腺内容の分解物が卵の造成に転用され得るならば造卵数が増加する筈であるが、体内に含有されているグリコーゲンの消費の減少することからみて、絹物質分解物がエネルギー源として一部用いられるのであろうと考えられる以外は、大部分尿酸に変って直腸内に蓄積されるもののようである。また一部が有毒なアミンに変って卵細胞の発育を妨げている可能性もあり、平板吐糸蚕の造卵数は正常吐糸蚕よりも少ない(32,35,36,711)(第18表)。

第18表 平板吐糸蚕の造卵数(小野)(711)
試験区 個体番号 造  卵  数
 左側卵巣   右側卵巣    計  
標準区



300
294
319
323
337
300
303
303
321
305
600
597
622
644
642
平板吐糸区



212
276
237
242
240
217
274
237
251
260
429
550
474
493
500
支107号(晩秋期)。                    

 吐糸孔閉鎖蚕の成績が、緑蚕上蔟を行なっても除腺蚕より悪い(第17表)理由は明かでないが、絹糸腺の有無によって転用率に相違があるものとすれば興味がある。大宮(739)も、上蔟後2日目に吐糸口を閉鎖したものは、3日目または4日目に閉鎖したものよりも造卵数の少ないことをみている。
 多糸量系品種ほど、正常吐糸の場合にも残留絹が多く、卵巣、卵細胞の発育が悪いと云われていることは(631)、上に述べた実験結果と関連のある問題と考えられる。
 絹物質の造成と卵の造成との間に素材の転用が普通に行なわれるものならば、両者の聞には競合も起こり得る筈であるが、繭層重と産卵数との聞に正の相関のあることは(U1A)、正常の場合には両者の間に競合関係の少ないことを示すものである。
 種繭養蚕は繭を目的とするものではないが、以上の結果から考えて、造卵数を多くするためには、蚕が十分に吐糸できるような条件を整える必要のあることがわかる。
 種々な発育時期の蚕に放射性同位元素(41C)で標識した桑を与え、その蚕の吐いた繭糸を調べると、仮りに繭糸の長さが1,200mあるものとすれば吐き初めから100mは5令4日目、200−400mは同6日目、700−1,000mは同8日目(熟蚕直前)および5令初・中期に食べた桑からの材料によって作られていると云うように、食べた時期によって、その桑が絹の造成のために使用される時期が異なり、また、4日目以降に食べた桑からの材料は直接に(直接的生成)、それ以前の分は、一旦体組織に取入れられたものが変態に伴って移行して(間接的生成)繭繊維を作ることがわかった(139a,140)。この結果から、繭繊維は主として5令の中・後期に食べた桑を材料にして作られるものと考えられる。卵の造成についても、同様な実験の結果から、5令の初・中期および4令期に食べた桑が主として材料に用いられる(140)と云われている。何時頃食べた桑が卵の造成に最も大きく影響するかは蚕種製造上関心の深い問題であるが、この実験結果の解釈には検討の余地がある。
 繭糸の場合には、放射性桑を与える時期の相違によって、放射能の検出される繭糸の部分が異なるので問題はないが、卵の場合には、どの時期に放射性桑を与えても放射能は卵巣または卵全体に現われて、部分の区別がなく、検出される放射能の強さが、与える時期によって相違するだけである。
 この実験においては、1頭の蚕に放射性桑1cm2(その放射活性は平均458,000c/m/cm2)ずつを食べさせたのであるが、卵に現われた放射能(対1蛾)の実数を第19表a側、これを5令3日目を100とする指数で表わしたものを同a’欄に示す。

第19表 卵の造成に寄与したと考えられる消化量の時期別指数
放射性桑を
与えた時期
a’ b’
卵の放射能
(対 1 蛾)
 同指数  消化量(g)
(対♀100頭)
 同指数  寄与した
 消化量指数 
4令起蚕 
4令中 
5令起蚕 
2日目 
3日目 
4日目 
5日目 
6日目 
7日目 
18,564c/m

19,701

22,644
18,275
18,560
16,324
7,544
82
(87)*
87
(94)**
100
81
82
72
33

19.5***
9.3
13.0
22.2
22.5
24.6
27.3
21.5

88
42
59
100
101
111
123
97

 77┐   
 31│   
 56├345
100│   
 81┘   
 91┐   
 89├212
 32┘   
*原著にはないが、4令中の毎日を5令起蚕に等しいと仮定して算出した。
**5令起蚕と同3日目との平均。                           
***4令全期間の消化量(♀♂を区別せず)。                     
実験に用いた蚕品種は日124号×支124号。消化量4捨5入。    

 この数字だけをみている限り、卵は主として5令の初・中期および4令に食べた桑を主な材料にして作られているように考えられるが、蚕は放射性桑1cm2のほかに普通の桑を十分に食べたのであるから、放射性桑はいわば普通の桑で稀釈された形で消化、吸収されたものと考えなければならない。摂取する桑の量は蚕の発育時期によって著しく相違する。この実験の場合の日々の食桑量は記載されていないので、品種は異なるが、日115号×支108号の消化量(517)をかりると、その実数は第19表b欄、5令3日目を100とする指数は同b’欄の通りである。消化量の多い時期には、それに比例して放射性物質の稀釈度が高く、これが卵巣に取込まれて同じ強さの放射能を現わすためには、稀釈度に比例した量の物質が取込まれる必要があるから、a’とb’とを用いて、造卵のために寄与したと考えられる消化量の指数を時期別に求めることができる。これをc欄に示した。この計算によれば、5令4日目までの寄与指数合計は345、5令5日以後の合計は212で、卵の造成のための材料は、5令5日目以後に食べた桑から、40%近いものがくることになる。
 勿論、蚕の発育時期によって、食下した放射性桑の稀釈や組織への留存率、その濃縮などの条件が異なり、このような簡単な計算は適用できないかも知れないが、5令後期に食べた桑も卵の造成にかなり役立っていることは間違いないものと思われる。
 なお、この実験の結果では、どの時期に放射性桑を与えても、放射能は雌蛾の卵管において基部から先端までの総べての卵細胞に均一に分布していたと云うから、退化卵の形成機構(T2Abi)についてのこの面からの手がかりも得られなかった。
 蚕の体内環境の問題は、別の言葉で云えばホルモンの問題、特に前胸腺ホルモンとアラク体ホルモンとの均衡の問題に帰着することが多く、これに食道下神経節からの休眠ホルモンの作用が加わって重要な体内環境を規定しているものと考えられるが(117,597)、  特別な項目としてこれを取上げず、必要に応じて言及する。

2 飼育環境と造卵および産卵
 A 飼料
  a 葉質

 桑品種の相違が造卵または産卵に影響することは古くから云われているが、どのような桑品種がよいかと云うことについては必らずしも試験成績が一致せず、統一的な結論を出すことはむずかしい。しかし、これは、ただ卵の数(または量)にだけとらわれて、どうしてそのような結果になったかを考えないためである。結果を吟味してみると、殆ど共通的に、産卵の多い場合には蛹が健康で大きい。即ち、造卵のために特殊な効果があったと云うのではなく、蚕を大きく健康に育てた結果が卵の増産になったと云うのに過ぎないことが多い。
 例えば、農林省蚕糸試験場新庄支場においては、蚕を赤木桑で飼うと産卵が多いと云われているが(675,739)、赤木で飼育した蚕は繭重が重くなっている(第20表)。産卵歩合には差がない。これは5月27日掃きの成績であるが、5月31日掃きも同様な傾向を示した。

第20表 赤木桑給与による産卵増加(難波)(675)
蚕品種 桑品種 4令−結繭
減蚕歩合
繭 重 調査蛾数 造卵数 産卵歩合
日122号 赤木
剣持
6%
7 
2.06g
1.93 
54蛾
56 
720粒
674 
97%
97 
支122号(太) 赤木
剣持
1 
1 
2.04 
1.79 
61 
44 
718 
681 
99 
99
減蚕歩合の小数点下、造卵数の誤差および産卵歩合の小数点下省略

 剣持桑とこれをコルヒチンで処理して育成した4倍体桑との比較試験においては、4倍体桑で飼育したものの産卵数が多かったと云うが(838)、この場合にも4倍体区では蛹重、繭重が大きく、経過が短縮していた。
 このように、蚕がよく育つ結果として産卵が多くなるのであれば、同じ桑品種を用いても、土地により時期によって成績の異なる場合がある訳で、桑品種の栄養価値を比較するつもりで行なった試験が、実際には桑葉の熟度試験や発育特性比較試験と同じことになってしまっていた場合があるかも知れないのである。
 何か特殊な物質を桑に添加して与えると産卵が増加するのではないかと云う考えも古くからあるが、最近の試験で注目されるのは女王蜂の分泌する王乳(ローヤルゼリー)添食の成績である(173,205,700)。この結果(第21表)は、蚕が強健に育ち、産卵および繭層歩合は増加しているにも拘らず、蛹は特に大きくなっていない点で給桑量や桑品種による産卵増加の場合と相違している。王乳そのものの実用性は兎も角、産卵増加の研究の一環として、これらの点の究明が望まれる。
 個々の蚕の産卵は増加しても、蚕が弱くなるようでは全体としての産卵増加は望めないが、上のように問題を分析すると、産卵増加と強健性とは相反するものではなく、蚕を強健に育てることが産卵増加の方法に外ならないことがわかる。                  葉質問題に関して期待されるのは人工飼料による研究である。現在の処では、未だ、葉質の異なる桑葉粉末を加えて作った人工飼料で蚕を飼うと結果に差があった、と云うような常識的なことの確認の域をあまり出ていないが、これによって、結果の相違が桑成分の何処の違いによるもので、どうすればこれを改善することができるかと云う分析(47,281)をこれまでよりは科学的に進められるようになった。但し、普通に葉質と云う中には、栄養的な価値ばかりではなく、桑の萎れ易さと云うような物理的な諸性質までも含まれているのであるが、人工飼料による試験においては、これらの性質が均一になってしまうので、結果に現われる相違は、実際の場合よりも縮小あるいは拡大されている可能性がある。
 β−カロチンおよびα−トコフェロールを人工飼料に添加すると産卵数が増加したと云う報告があるが(488)、現在の段階では、これらが特別に産卵増加に効果があったのか、これらの添加によって人工飼料が改善されたのかは明かでないように思われる。
 経済的な問題や実施上の諸問題を技きにして、人工飼料によって蚕を飼うだけのことであれば、交雑種についてはかなり大規模な試験に成功しているが(510,883)、原蚕飼育も人工飼料によって十分行ない得ることが報告されている(282,306)。糸繭養蚕においては、凍霜害の場合の応急策としての人工飼料の利用がまず考えられるが、原蚕飼育においては冬季飼育への利用が考えられている。
 農林省蚕糸試験場生理部(東京)において、桑葉粉末(50%添加)、馬鈴薯澱粉、脱脂大豆粕、セルロース粉末、寒天、ビタミンB群、ビタミンC、有機酸、防腐剤などを配合して作った人工飼料を用いて日124号および支124号を飼育、採種し、その次代蚕を同九州支場において桑葉を用いて飼育した結果は、九州支場において桑葉を用いて飼育、採種したものの成績と比べて、原種、交雑種共に殆ど差がなかった。
 蚕卵数の増加した場合を調べると、蛹重の重い場合が多いことは前述の通りであるが、これから逆に、蛹重が大きければ産卵が多いときめることはできない。必要なのは蛹重そのものではなく、卵の造成に必要な物質の蓄積量であって、健康に発育した蚕においては蛹重の増加とこの蓄積の増加との間に相関があると云うことに過ぎない。
 永井(627)は、蛹の充実度を蛹体の容積重、重量/容積×100,で表わし、その値の大きいものは産卵成績がよいと云っている。残絹や水分の残留のための蛹の肥大や、化蛹歩合や健蛹歩合を低下させるような蛹の肥大が卵の増産に結び付かないことは平板吐糸の場合(U1B)をみても明かである。
 原蚕には硬葉を与えて緊め飼いにするのがよく、硬葉を与えたものは軟葉を与えたものに比べて、繭重はほぼ同大でも採卵量が多い(307)と云われているのは、充実した桑で蚕を健康に育てるのがよいと云うのであって、一部で唱えられたように、過度の緊め飼いを行なって蛹を小さく作るのがよいと云うことではない。軟葉の害については、栄養の問題を離れても、三眠蚕(808)や、不吐糸蚕(660)、半化蛹蚕(827)の発生が多いなど蚕種製造上好ましくない結果が数多く報告されているから、軟葉給与を避けることは望ましいが、これが直ちに極端な緊め飼いがよいと云う結論に結び付くものではない。蛹が小さいと1頭当りの産卵量がへり、卵が小さくなることは既に述べたが、卵が小さいと、後に述べるように、浸酸その他の蚕種の取扱い上に難点が生じ、また次代蚕の成績にも影響する。
 ただ、蚕には体内水分の調節作用が乏しいので(245,795)、多雨多湿な環境では、水分の乏しい桑を与えると体水分の平衡を回復するのに有効な場合もあり、また種繭の単位重量に対する採卵量は繭の小さい方が多いので(U1A)、種繭を目方で購入する場合には極端な緊め飼いの有利な場合もある。
 産卵の問題ではないが、きょう蛆卵の付着した桑葉は、高度晒粉の400倍液に30分間浸漬すると卵が離脱するから、引上げて余分の水滴を落し、そのまま給与すればよいと云う報告がある(1185)

  b 給桑量
 両原種の体の大きさが、例えば欧18号と大造とのように著しく相違している場合を除けば、原種は交雑種に比べて桑の食べ方が少ないが、食べた桑の消化率は交雑種に劣らない(第22表)。

第22表 原種と交雑種との食下量および消化量(松村・田中ら)(519)
蚕 品 種 性別 食下量(g) 消化量(g) 食下率
(%)
消化率
(%)
 生物量   乾物量   生物量   乾物量 
日122号
14,935
12,627
3,627
3,070
5,876
4,918
1,427
1,192
51
46
39
38
支122号
14,909
13,480
3,640
3,290
5,737
5,171
1,400
1,262
59
56
38
38
支115号
13,630
12,422
3,327
3,032
5,161
4,435
1,260
1,082
55
52
37
35
日122号×支122号
18,242
15,981
4,460
3,907
6,760
5,916
1,652
1,446
62
57
37
37
日122号×支115号
18,085
15,510
4,422
3,786
6,672
5,780
1,631
1,411
62
58
36
37
春蚕期。桑は根刈仕立改良鼠返。給桑は正葉量。対5令蚕児1,000頭。
乾物量、食下率、消化率の小数点下省略。                   

 即ち、良べた桑を消化する段階では、原種の効率は交雑種に劣らないが、食下量または消化量に対する卵の生産を比較すると先きに蛹重と生産卵重との関係について認めたと同様に(U1A)、原種の効率が劣っている(第23表)。

第24表 蚕卵1gの生産に必要な食下量および消化量(松村・田中ら)(519)
蚕 品 種 産卵量(g) 産卵乾物量歩合(%) 産卵生物量歩合(%)*
乾物量 生物量* 対食下乾物量 対消化乾物量 対食下生物量 対消化生物量
日122号 101.13 281 2.7 7.0 1.8 4.7
支122号 122.85 342 3.3 8.7 2.2 5.9
支115号  99.10 275 2.9 7.8 2.0 5.3
日122号×支122号 156.90 436 3.5 9.4 2.3 6.4
日122号×支115号 154.40 429 3.4 9.4 2.3 6.4
対5令雌蚕児1,000頭。                                         
*原著には卵の生物量は記載されていない。水分64%、乾物量36%として計算した値である。
歩合の小数点下2位省略。                                         

 これから、卵1gの生産に必要な5令期の食下量および消化量を計算すると、蚕体の造成および維持に要する量をも含めて第24表のようになる。但し、これは雌だけを飽食させて飼育した場合である。給桑量を少なくすると食下率は上がるが、食下量、消化量、および消化率はともに低下する。原種についてのこの点の委しい調査はないが、交雑種についての試験結果は第25表の通りである。

第25表 5令期の給桑量、食下量および消化量と産卵量(竹内・仁木ら)(996)
生 葉
給桑量
食 下
乾物量
消 化
乾物量

生産量
正 常1)
卵 数
正 常2)
卵 量
消化乾物量1g当り3)
繭生産量 正常卵数 正常卵量
2,120g
92
84
76
68
60
391.0g
98
95
89
81
74
150.0g
93
90
84
73
66
211.0g
98
95
91
85
77
40,080粒
98
93
93
87
78
22.73g
97
92
84
73
66
1.41g
105
106
108
116
117
267.20粒
105
102
111
119
118
0.15g
104
102
100
100
100
支122号×日122号。対5令蚕児100頭。給桑量は正葉量。2段目以下の数字は総て
最上段(対照区)を100とした指数である。給桑量60%区は健蛹歩合がやや劣った。
1)原著には対10蛾の卵数が示されている。これを用い、100頭のうち50頭が雌であった
ものとして算出した。実際とはかなり相違していると思われる。              
2)原著には1g粒数が示されているので、それと1)とによって算出した。            
3)原著にはない。                                             

 これによってみると、対照区に比べて、給桑減量区の生産の絶対量は、繭重、卵数、卵量および繭層重(表には示してない)の何れも少ないが、消化量または給桑量、食下量に対するこれらの生産量の割合は、蚕の健康の低下しない範囲内では、減量区が対照区に劣らないか、またはこれよりも大きいことがわかる。
 消化量が変化してもその1g当り正常卵量には殆ど変化のないことは、交雑種においては、繭重が増加しても繭重19当り産卵量の滅少しないこと(U1A)を物質の動きの面からも確かめたことになる。
 従って、蛹重または繭重と蚕卵量との関係は、給桑量−食下量−消化量−蛹重−産卵量を連ねる物質の動きの現れであることが理解され、桑を十分に食べさせて蛹を大きく作ることが産卵量増加の正道であることがわかる。
 第13、14表に示した試験結果を給桑量の立場から考えると、表には示さなかった調査項目をも含めて、第26表のように概括することができる。

第26表 各種形質を大きく劣化させない最少限界給桑量(堀内・入戸野ら)(220)
目的形質  最少限界給桑量 
5令経過
減蚕歩合、健蛹歩合
繭   重
種繭収量
発蛾歩合
正常産卵蛾歩合
産卵量 対1蛾
  〃  対種繭1kg
 給桑量1kg当り精選卵量 
   18 kg
12−15
18
18
12−15
12−16
18
12−15
13−15
給桑量は正葉量。対5令蚕児1,000頭。

 以上の試験における給桑量の減量は、毎回の給桑量を減らして1日4回(まれに3回)給与し、5令期間を通じての総給桑量を少なくしたのであるが、初め普通に給桑し、終りを打切った緑蚕上蔟の形で減量すると、総給桑量としては前の場合と同じでも、諸形質におよぼす減量の影響は遙かに大きい(第27表)。

第27表 毎回減量給桑と緑蚕上蔟との比較(堀内・波島ら)(217)
区 別 給桑量
  (kg)
上  蔟 全繭重
  (g)
繭層重
 (cg)
正常卵数
   (粒)
造卵数
  (粒)
正常卵1万粒
重量 (g)
毎回減量
給 桑
 26(100)
21(81)
14(54)
適 熟

1.75(100)
1.64( 94)
1.36( 78)
38.1(100)
36.1( 95)
29.3( 77)
599(100)
576( 96)
454( 75)
613(100)
593( 97)
465( 76)
6.119(100)
6.026( 99)
5.969( 98)
緑蚕上蔟 26(100)
22(86)
17(66)
12(48)
8日目適熟上蔟
7日目上蔟
6日目 〃
5日目 〃
1.75(100)
1.63( 93)
1.38( 79)
1.06( 61)
38.1(100)
33.9( 89)
24.1( 63)
15.2( 40)
599(100)
541( 90)
445( 74)
292( 49)
613(100)
556( 91)
455( 749
297( 48)
6.119(100)
6.189(101)
5.737( 94)
5.555( 91)
日124号×支124号。対5令蚕児1,000頭。給桑量は全葉量。
給桑量の小数点下省略。括弧内は指数。              

 第27表で注目されるのは、毎回減量区においては繭重、繭層重および造卵数がほぼ平行した減少を示しているのに対し、緑蚕区においては、繭重に比べて繭層重および造、産卵数の減少の著しいことである。この場合、繭層重の減少の最も著しいことは、繭繊維が主として5令中・後期に食べた桑を材料にして作られると云うこと(U1B)から理解できるが、造卵数もまた毎回減量区よりも緑蚕区において減少の著しいことは、卵が主として5令の初・中期および4令期に食べた桑から作られると云う考えへの疑問を更に深めるようこ思われる。しかし、材料の準備はできていても、体の発育、維持および卵を造成するために必要なエネルギーの不足のために、間接に造卵数の減少することや、緑蚕上蔟においては影響が急激で調節作用の働きにくいことなども関係しているものと思われる。
 大宮(737)は、1日4回給桑とし 6時間の食桑で僅かに残桑のある程度の給桑量を標準とし、これに対し食桑時間4時間10分および3時間で桑を除去する減量区を設け、数種の原種を用いて比較試験を行なった。この時間の比は10:7:5であるが、減量区の経過がのびたため、結局、食下量の比は100:92:81になった。6時間区と3時間区との間には1蛾当りの産卵数に差があったが、6時間区と4時間10分区との間には差が認められなかった。これは、上に述べた試験の結果から考えて、減量の程度が小さかったためと思われる。

  c 葉質および給桑量と次代蚕
 原蚕飼育の葉質および給桑量については、それが次代の蚕作にまで影響すると云う説と影響しないと云う考えとがあるが、古くから行なわれているこの点に関する論議は、葉質あるいは結桑量が不適当であると卵にどのような違いができるのか、これから孵化した蚕の性質は出発点においてどのように違っているのか、などの重要な過程を技きにして、ただ親の代に与えた桑の質または量と次代蚕の蚕作とを直接に結び付けようとしている場合が多く、悪かったから悪いと云うような論議になりがちであった。例えば、次代に減蚕が多いと云う結果が出た場合に、以前にはそのまま容認されたかも知れないが、減蚕の大部分が伝染性の病気によることが明かになった現在では、どうして次代蚕が病気にかかり易くなるのかの説明がなければ納得のゆく試験結果とは云われない。問題の解決にはこれらの中間過程を明かにすることが必要であるが、現在わかっていることは極めて少ない。
 飼料の質や量が不適当な場合に卵に現われる最も明かな影響は、その重量からも、わかるように、卵の小さいことである(第13、14、27表)。
 卵が小さければ、その卵殼も薄く、機械的な原因による障害があるのではないかと考えて、日122号および支124号を用い、5令食桑時間の約75%を経過したとき(5令5−6日目)に緑蚕上蔟させたものと,熟蚕になってから上蔟させたものとの卵の圧し潰し試験を行なったが、前者が特に潰れ易いと云うことはなかった(876)。 これは、卵殻は薄くなっても、同時に卵も小さいためかも知れない。
 葉質不良の場合および緑蚕上蔟の場合には卵が浸酸によって潰れ易いことが知られているが(V1A、[2Aa)、これは、一般に、卵が小さいために起こる被害と考えられている。卵殻の厚さも関係しているのではないかと考えられるが大きさと卵殻の厚さとを区別した試験は行なわれていない。
 親の栄養状態によって、完成卵の数および大きさの相違することは明かであるが、完成卵の卵黄成分に質的な変化かあるか否かについては、具体的には何もわかっていない。
 このように、親の代の不適当な栄養状態が次代におよぼす影響の第一歩として、現在確認されているのは卵の小さいことだけである。卵の小さいことが、量ばかりではなく、同時に質的な相違を伴なっているか否かは今後明かにすべき問題である。ここでは、卵の小さいことを通してどのような問題があるかを検討する。
 卵は小さくても、小さいなりに十分な栄養を貯えた卵であれば、これから孵化した蟻蚕は、体は小さくても発育においては劣らない筈である。品種による卵の大小はこの場合である。橋本(178)は、雄核発生(Y2A)を利用して、赤蚕と云う品種(赤蟻であるために孵化したときから区別がつく)の精核を卵の大きい欧18号およひ卵の小さい銀近江支の卵内で発生させ、孵化した赤蟻の体重を比較した。その結果によると、同じ赤蚕の精核だけに由来した蚕でありながら、初めのうちは、欧18号の卵内で発生させたものは体重が大きく、銀近江支の卵内で発生させたものは小さかったが、令を重ねるに連れて赤蚕本来の体重に近付き、幼虫末期には差がなくなった。この場合の銀近江支の卵は品種的に小さいだけで、栄養の質は正常と考えられるが、量が少なければ矢張り虫が小さくなるのである。鈴木・藤島(887)の調べた品種的な蚕卵の大小と壮蚕体重との関係においても同様のことが認められる。
 これに対し、山口・市川(1160)は、日115号、支17号、支114号および欧19号につき、1蛾区内の卵を1粒ずつ秤量または大きさの測定をして大、中、小に分け、これから孵化した蟻蚕を1頭または大小別の群に分けて飼育した結果、同1蛾区内の卵の大小はそれから孵化する幼虫の健否と平行し、一般に、小卵からの蚕は虚弱で、2、3令頃まてに斃死するものが多く、大卵からの蚕は強健で結繭歩合が高いが、繭質に関しては中卵区が優れ、大卵区と小卵区との間には差がなく共に中卵区に劣った、と報告している。大、中、小の区分をどのような基準で行なったのかは明かでないが、結果からみて、この場合の小卵はただ形が小さいばかりでなく、質的にも何らかの欠陥があるかのように考えられる成績である。
 池江(242)は1餓の産卵を産卵順序によって初、中、晩の3区に分け、卵の大きさ、孵化歩合、乾熱および冷蔵に対する抵抗力、蟻蚕の重量および絶食生命時数などを比較したが、これらは何れも初期産卵において最も大きく、中期がこれに次ぎ、晩期の産卵において最も小さかった。卵の減耗量はこれと反対に小形の晩期産卵において最も大きかった。飼育成績は、一般に初期産卵(大卵)が最もよく、中期がこれに次ぎ、晩期産卵(小卵)は最も悪かったと云う。永井(628)も同様な結果を報告している。
 室賀(613)は1餓の産卵につき(欧9号)、卵の長さおよび幅を測定し、その積によって大きさを表わし、蚕卵の大小と催青日数の長短との関係を調べた。卵の大きさは1.52−1.92mm2であったが、温度22.5℃、 湿度75%の催青条件の場合に、催青着手から点青までの時間は中位の大きさ(1.66mm2)の区が最も短かく(244.6±0.5時間)、これより大小ともに長かった。点青から孵化までの期間は、一般に、卵の大きいほと長く、中位の卵が特に短いと云うことはなかった。合計すると催青着手から孵化までの期間は、僅かながら卵の大きいものが長かった。
 その他一般に、小形な卵の飼育成績の悪いことが知られているから(535)、親の代の飼育条件が不適当な場合に次代蚕に悪影響のあることはこの点から一応肯定される。
 しかし、大沢(773)が、新星×竜角の1蛾区414粒、新屋×褐円斑2が区、492粒および499粒、の3蛾区全部の卵を1粒々々産付け順に区別して1頭育を行なった結果によれば、3蛾区合計で斃蚕4頭に過ぎず(不孵化卵17粒)、産付けの早晩と飼育経過の長短、繭の大小、糸長、糸量、繊度などとの間には一定の関係がなかったと云うから、卵の大小に基ずく飼育成績の差は本質的なものではなく、飼育管理によって縮めることのできるものと考えられる。
 第13、14表に示した給桑減量試験の場合には、2昼夜間産卵させた卵を初冬期に洗落し、比重選を施したので、不良卵は一応除かれている訳であるが、対照区と減量区との間に精選卵量歩合に差がなかったから、この程度の減量給桑では、特に不良卵が多くなることはないようである。また、その越年種を自然温度に保護しておき(新庄)、翌年4月中旬に胚が丙Bに発育したときに5℃に移し、30、60、90および120日間冷蔵して、各減量給桑区間に、冷蔵に耐える期間の違いがあるか否かを調べたが、日124号×支124号、その反交、2・4×5・4およびその反交の何れにおいても、給桑量の少ない区の卵ほど(卵が小さいほど)冷蔵に耐える期間が短いと云うような傾向は認められなかった。催青日数にも差がなかった。

第28表 蚕卵重量と蟻蚕重量との関係(堀内・入戸野ら)(220)
蚕 品 種  区別   正常卵1,000粒 
重 量 指 数
 蟻蚕100頭重量指数 
初 秋
日124号×支124号


100
 99
 99
 96



100
101
 99
 98
支124号×日124号


100
 97
 95
 95



100
 98
 98
 96
2・4 × 5・4


100
 98
 97
 95
100
 98
 98
 96
100
 96
 97
 93
5・4 × 2・4


100
 99
 98
 96
100
 96
 96
 94
100
 99
 97
 94
区別1、2、3、4は前代の5令給桑量(対1,000頭正葉量)をそれぞれ21、18、
15、12kg目標とした。交雑原種は春蚕期、4元は初秋蚕期に採種。卵の重量は
12月初旬に洗落し、調製したときの秤量である。交雑原種は翌年初秋期のみ、
4元は春と初秋との2回掃立てた。蟻蚕の重量は掃立時の秤量である。初秋期
掃立て用の蚕種は複式冷蔵によって保護した。調査場所は新庄。         

 しかし、孵化した蟻蚕の体重は給桑量の少ない(卵の小さい)区ほど軽く(第28表)、その絶食生命時数も対照区に比べて幾分短かかった(第29表)。
 小形な卵は、催青卵の冷蔵抵抗力(716)も催青中の乾燥抵抗力(744)も弱いと云う。
 給桑減量区の蟻蚕の絶食生命時数の短い理由は、蟻蚕が元来弱いのか、体が小さいために消耗が比較的に大きいのかは明かでないが、第29表によって蟻蚕の死に方をみると、特別に弱いものが混っていてそれが早く死んだと云うのはなく、対照区に比べて、全体的におよそ半日ぐらい早く死んでいる。

第29表 5令給桑量と蟻蚕の絶食生命時数(累積斃死歩合)(堀内・入戸野ら)(220)
蚕期 蚕品種 区別 孵化後の経過日数 調査条件
1日 2日 3日 4日 5日 6日
T U T U T U T U T U T U
2・4×5・4


 0%
 1 
 1 
 0 
 0%
 0 
 0 
 0 
 0%
 1 
 1 
 0 
 0%
 0 
 0 
 0 
 0%
 2 
 1 
 0 
 1%
 0 
 1 
 0 
 2%
20 
15 
17 
 3%
13 
 9 
21 
48%
93 
80 
97 
47%
89 
82 
95 
100%
100 
100 
100 
100%
100 
100 
100 
蟻量   
50mg宛
25℃
78%
5・4×2・4


 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 2 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 6 
 0 
 0 
 1 
 1 
 1 
 2 
 2 
17 
 6 
 0 
 1 
 2 
13 
33 
38 
90 
57 
44 
60 
32 
47 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
初秋 2・4×5・4


 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 1 
 0 
 0 
 0 
 0 
 1 
 0 
 0 
 3 
 0 
 1 
 1 
 3 
 3 
 3 
 2 
 6 
 3 
 7 
 3 
 7 
12 
13 
 6 
94 
91 
99 
97 
92 
98 
99 
95 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100頭宛
25.8℃
87%
5・4×2・4


 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 1 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 2 
 0 
 0 
 1 
 3 
 1 
 0 
 3 
 6 
 1 
 2 
28 
75 
79 
67 
46 
80 
83 
81 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
日124号×
支124号



 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 1 
 3 
 1 
 2 
 0 
 2 
 0 
 1 
 2 
 7 
 3 
 4 
 1 
 3 
33 
32 
45 
36 
23 
31 
24 
47 
92 
98 
96 
97 
91 
97 
97 
98 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100頭宛
25.9℃
88%
支124号×
日124号



 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 0 
 1 
 0 
 2 
 0 
 3 
 0 
 0 
 0 
 4 
 4 
 6 
 2 
10 
 2 
29 
18 
34 
39 
35 
33 
36 
60 
100 
96 
98 
100 
100 
100 
99 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
100 
第28表の脚註参照。各区2連制。新庄調査。

 この程度の違いならば、試験場のように、孵化当日に掃立て、その後の試育に注意すれば蚕作に影響することはない。
 実際に給桑減量区の蟻蚕を掃立てた結果によると、最初に認められた蟻蚕休重の相違は3令起蚕においては殆ど解消しており、糸繭としての成績は、減蚕歩合(1−3令、4令−結繭とも)、収繭量、上繭歩合、上繭1g粒数、繭重、繭層重、繭層歩合などの総べての調査項目について対照区に劣らず、種繭としても種繭蚕数歩合、発蛾歩合、正常産卵蛾歩合、1蛾平均産卵数、精選卵量、精選卵歩合、正常卵1g粒数など、蚕種製造上関心のある項目について、親の代の給桑減量の悪形響は認められなかった。
 大宮(741)は前項で述べた食桑時間の制限による5令期の減量給桑を6世代に亘って繰返えし、7代目を普通に飼育して比較したが、各区間に一定傾向の差を認め得なかったと云う。
 しかし、農家の掃立てる蟻蚕のように2夜包み、3夜包み、ときには4夜包みも混じる場合には、上記の程度の絶食生命時数の違いも減蚕や遅れ蚕の原因となり、蚕作に影響するおそれは十分に考えられる。
 この適例は小沢(721,722)の報告である。5令起蚕から、1日の食桑時間が16時間、12時間および6時間になるように、時間で食桑を制限した原蚕を用い、16時間区♀×12時間区♂、6時間区♀×12時間区♂の交雑によって次代蚕を作った。発蛾当日に掃立てたものでは区間に差がなかったが、蟻蚕を25℃に48時間おいた後に掃立てたものでは、減食区の次代蚕の飼育経過がのび、稚蚕期の減蚕歩合が多く、1−4眠期の体重も軽かった。5令以後の成績には差がなかった。また、減食区と緑蚕上蔟区との次代蚕を比較すると、ウイルスを添食しない場合には、当日掃きでは差がなく、緑蚕上蔟区の蟻蚕を25℃に24時間おいてから掃立てたものの成績が劣っていただけであったが、蟻蚕に4角形中腸型ウイルスを添食すると、当日掃きにおいても、緑蚕上蔟区は感染抵抗力が弱かった。25℃に24時間おいてから掃立てると、各区とも高い感染率を示した。
 このように、親の代の不適当な給桑条件が次代蚕に影響する根拠として、現在確実なのは卵の小さくなることだけで、その卵の本質的な違いは明かでないが、これが他の各種の条件と組合わさって、二次的、三次的に蚕作に影響する機会を作ることは確かである。親の栄養が次代蚕に影響することは、この意味では十分に根拠がある。ただ、卵の本質的な違いよりも、二次的、三次的な影響による部分が大きいため、蚕種の保護、取扱い、催青、飼育などの条件によって、その現われ方が相違する。従来まちまちな結果の出ているのはこのためと思われる。実際問題としては、親の栄養に関心を持つと共に、1蛾の産卵の中にも、卵の大小など、これと同じ影響をおよぼす素因を持った卵が常に混っていることを考え、蚕種の保護取扱いに注意する必要がある。種繭の保護温度も卵の大小を通して蟻蚕の絶食生命時数に影響する(V3Bb)。

 B 飼育環境
  a 温湿度

 原蚕の飼育温度に関する試験結果は数多く発表されており、その細目においては必らずしも一致した結果ではないが、造卵または産卵に限って云えば、蛹の大きさとか健康とかをはなれて、造卵または産卵だけを特別に多くする飼育温度のないことは明かである。
 例えば、大櫛ら(733)が恒温恒湿器を用いて、稚蚕から蔟中および種繭保護を通して一定の温湿度に保護した場合の成績(第30表)をみても、大体において、繭重の重いものは卵が大きく、産卵数も多いのであって、生理的温度の範囲内においては、飼育温度は体を作ることを通して産卵量に影響していることがわかる(大櫛らには、飼育中だけの温湿度を変化させた成績もあるが、僅かに30頭ぐらいの蛾について調査しているので、これをとらなかった)。

第30表 原蚕の飼育温湿度と蚕卵(大櫛・地引ら)(733)
蚕品種 飼育温度 飼育湿度 蛹 重* 1蛾当り普通卵数 普通卵1,000粒重量
支101号 23℃
25 
27 
29.5
75%
70 
80 
72 
0.93g
0.97 
1.21 
1.18 
419粒
462 
565 
516 
0.471g
0.469 
0.503 
0.498 
支4号 23℃
25 
27 
29.5
75%
70 
80 
72 
1.21 
1.22 
1.45 
1.32 
495 
503 
543 
502 
0.526 
0.553 
0.562 
0.510 
日1号 23℃
25 
27 
29.5
75%
70 
80 
72 
1.31 
1.27 
1.50 
1.41 
486 
528 
597 
485 
0.575 
0.596 
0.591 
0.600 
欧7号 23℃
25 
27 
29.5
75%
70 
80 
72 
1.59 
1.51 
1.75 
1.65 
533 
463 
496 
486 
0.731 
0.710 
0.736 
0.727 
*大櫛・地引ら(731)による。                            

 飼育温度の影響が間接的なものであるとすると、たとえ温度は違っても、食べた桑を同じように消化し、体を作ることのできる条件がととのえば、卵の生産は違わない筈である。この点に関して興味のあるのは清水ら(861)の成績である(第31表)。これは屋外条桑育などのために壮蚕期の温度の下がるのを想定して、その場合の食下量、消化量を調べた試験である。原種を用いての試験でありながら産卵に関する調査を欠いているのは残念であるが、17.5℃で飼育しても消化量が等しければ、繭生産も繭層生産も25℃飼育に劣らないのをみると、それとの相関から考えて(U1A)、卵の生産も劣らなかったものと思われる。

第31表 4−5令期における飼育温度と食下量および消化量(清水・坂手ら)(861)
蚕期 蚕品種 飼育温度 給桑量
(乾物)
食 下
乾物量
消 化
乾物量
消化率 繭重 繭層重 健繭
歩合
4令 5令
日124号 25℃
25 
17.5 
25℃
17.5 
17.5 
532g
617 
566 
327g
323 
299 
117g
111 
 88 
 35%
 34 
 29 
1.63g
1.62 
1.51 
39.3cg
37.1 
31.1 
 94%
 83 
 56 
支124号 25 
25 
17.5 
25 
17.5 
17.5 
403 
569 
476 
253 
312 
290 
 92 
115 
 95 
 36 
 36 
 32 
1.68 
1.68 
1.44 
34.9 
40.9 
28.7 
 94 
 95 
 95 
日124号 23−25 25 
17.5 
25⇔17.5*
622 
680 
611 
315 
293 
309 
 76 
 73 
 85 
 24 
 24 
 27 
1.22 
1.21 
1.22 
25.0 
25.4 
25.9 
 93 
 87 
 85 
支124号 23−25 25 
17.5 
25⇔17.5*
549 
566 
547 
313 
323 
318 
 82 
 85 
 86 
 26 
 26 
 27 
1.19 
1.09 
1.28 
25.3 
25.3 
24.9 
 94 
 90 
 92 
晩秋 日124号 23−25 25 
17.5 
680 
757 
327 
337 
113 
114 
 34 
 34 
1.46 
1.59 
31.0 
33.5 
 89 
 72 
支124号 23−25 25 
17.5 
581 
663 
303 
293 
 97 
 98 
 32 
 33 
1.35 
1.48 
28.2 
29.3 
 83 
 75 
大 造 23−25 25 
17.5 
406 
458 
172 
150 
 51 
 39 
 29 
 26 
0.91 
0.90 
11.9 
10.0 
 98 
 83 
*8時から20時までは25℃、20時から翌日8時までは17.5℃。       
食桑量(対100頭)は5令期に調査した。乾物量、消化率の小数点下省略。

 温度と消化量との関係は蚕の品種によって相違し、5令期の最適湿度が20℃付近のものも、25−26℃付近のものもある(515,1036)。稚蚕期にはこれよりも最適温度が高い。
 しかし、温度は蚕の生理全体に影響し、各種器官の機能の均衡をも変化させるので、消化量以外のことにも十分注意しなければならない。正常に脱皮を重ね、変態し、化蛾するためには前胸腺ホルモンとアラタ体ホルモンとの働きが均衡を保っている必要がある。四眠蚕品種に縷々発生する三眠蚕は、不越年性になり易い催青をし、軟葉を給与し(186,803-808)、飼育温度が高いと(409)発生し易いことが知られていたが、福田はこれを前胸腺ホルモンとアラタ体ホルモンとの均衡の変化によるものとし、また中部糸腺が糸状に縊れる不吐糸蚕は、三眠蚕の出易い条件で飼育し、1−2令を高温(28℃)に遭わせると発生するが、3令あるいは4令後期の高温になって一層多発するのはホルモンの均衡の破れるためであると説明している(115,130)。ただし、別の不吐糸蚕においては、1−3令の高温(28−30℃)、4−5令の低温(20−22℃)が発生を多くすると云われている(660,907,909)。日124号に多発することのある半蛹(半化蛹蚕)は稚蚕期高温(28℃)、壮蚕期低温(22℃)で軟葉を給与した場合に多いと云う(827)
 大宮(739)によれば、日124号の造卵数は椎蚕期(1−2令)22℃ 、 壮蚕期(4−5令)28℃ の場合と稚蚕期28℃、壮蚕期22℃の場合とを比較すると後者に多いが、第1日目の産卵がやや少なく、残留卵歩合がやや高いと云う。この後者の条件は同じ場所で調査した上記の半蛹多発環境と一致するが、化蛹したものだけについての調査であるか否かについては記載されていない。
 木暮(407)は、虫質その他をも考慮し、原蚕の飼育温度は、稚蚕期25−26℃、壮蚕期23−25℃が標準で、品種によって、例えば支那種はやや高めに、欧州種はやや低目にするのがよいと云っている。
 1蛾当りの産卵の多いことは望ましいが、原蚕飼育にとっては、蚕の強健に育つことがそれ以上に大切で、原蚕飼育の省力化が問題になってきた今日では、蚕を丈夫に育てることが最も確実な産卵増加の方法と考えられる。
 飼育温度の次代蚕への影響についても、二次的な条件が複雑に関与していることは葉質および給桑量の場合と同様である。第30表の成績は原蚕飼育温度の次代蚕への影響をみるために行なわれた大正13年の試験結果であり、大正12年にも同様(飼育中の温湿度だけを変化させた)の試験が行なわれているが、次代蚕に対する一定傾向の影響はみられなかった。
 飼育湿度が蚕の生理に影響をおよぼすことは明かであるが(514,516)、温度と相関的に働くことが多く、産卵におよぼす飼育湿度単独の影響についての研究は極めて少ない。木暮(407)は70%ぐらいの湿度が産卵に最もよいと云っている。
 湿度が高いと次代蚕に悪影響があると云われているのも、当代の不良条件を通しての二次的な影響と考えられる。

  b 光線その他
 蚕は明暗によって食下量および消化量が幾分相違し(第32表)、明飼育において多い。従って、蛹重、繭重なども明飼育において重い(第33表)。

第32表 明暗別各令食下乾物量および消化乾物量(松村・田中ら)(519)
 食下乾物量(g)  消化乾物量(g)
 1  
 2  
 3  
 4  
 5♀ 
 〃♂  
       4   
      22   
      97   
     559   
   4,674   
   3,921   
      3   
      19   
      88   
     519   
   4,324   
   3,763   
       2   
      11   
      38   
     205   
   1,938   
   1,610   
       1   
       9   
      34   
     195   
   1,802   
   1,547   
原著の第5、6表による。明区は1日16時間明(照度40−50lux)、8時間暗。暗区は、給桑
時の30分間内外は明、その他は暗。日122号×支115号。対1,000頭。小数点下省略。
第33表 明暗別5令食下量、消化量と繭質(松村・田中ら)(519)
明 暗  性  食下乾物量
(g)
消化乾物量
(g)
対100粒(生物量)
蛹 重(g) 繭 重(g) 繭層重(g)

467
392
193
161
228
169
279
217
49
46

432
376
180
154
217
160
265
204
46
43
日122号×支115号。対100頭。小数点下省略。

 宮川(564)も明区の蚕は行動範囲が広く、食桑継続時間が長く、食下量の多いことを報告している。
 これらの試験においては産卵調査が行なわれていないが、木暮(407)が、1−3令を1日18時聞以上照明した区は明かに産卵数が多かったと云っているのは、この食下量、消下量の増加によって説明することができよう。
 給桑量を減らすと三眼蚕の発生が少なくなると云われている(808)ことと明るいと食下量の増加することとを考え合わせると、三眠蚕が高温、明飼育で多発する(409)理由の一部が理解される。福田・酒井(131)は、前項で述べた中部糸腺の異常による不吐糸蚕の発生が明暗によって異なり、4令期を明にしたときに異常が最も多く、3令期の影響がこれに次ぐと報告した。
 明飼育では暗飼育に比べて有核精子/無核精子の比率が大きい(有核精子の割合が多い)と云うのも(T3Ab)、あるいは蚕の食下量が多く、栄養がよくなるためかも知れない。
 特定な時期に飼育するとか、特定な桑品種または多肥料桑、無肥料桑を給与すると云うような飼育環境を数代繰返えして、その影響を調べたり(740)、生産地、生産時期の異なる同一品種の卵を集めて、原蚕飼育環境の次代蚕への影響を比較する(718)などの試験も行なわれているが、これらの“環境”が単純でない上に、淘汰、選択、保護法などの問題が関係しているので、結果の分析はむずかしい。例えば、蚕種の孵化歩合一つをとっても、春採りと晩秋採りを違った産地から集めて比較する場合には、余程注意しなければ、原蚕飼育環境の影響ではなく、産卵後の保護法の違いや活性化の違いなどの影響をみていることになるおそれがある。

 C 条桑育および屋外育
 原蚕の飼育形式は、地方により、季節により、また飼育者によって、従来のままの蚕箔育で通している所から、雌雄鑑別の後、雄だけを条桑で飼う、雌雄ともに条桑で飼う、あるいは完全な露天育を行なうなど極めて種々であり、分場の事情の変化によって、条桑育に踏み切らなければならないとは考えながら、なお不安を残している蚕種業者も少なくないが、この点についての試験成績は不安を解消させるまでに至っていない。
 この聞の事情は、緑川ら(527)の述べている次ぎの見解によっても窺われる。
1)蚕児の発育が斉一を欠く場合が多く、経過も延長する; 2)減蚕歩合、下繭歩合が多く、繭重軽く、対1万頭上繭収量が少ない; 3)特に日本種は環境条件に鋭敏で、下繭蚕が多く、繭中斃蚕も多い; 4)発蛾、交尾、産卵歩合は変らないが、不良蚕卵蛾歩合が高く、対1蛾の造卵数、産卵数が少なく、不良卵が多い; 5)雄に原因する不良産卵蛾歩合および不良卵混産歩合が高いが、これは温度に原因があると思われる; 6)卵の冷蔵に耐える期聞が短縮するが、これは雌に原因する処が大きい、などである。
 これらの項目の中には、条桑育そのものが直接の原因であるとは考えにくいものも合まれているが、このようなことが直接にせよ間接にせよ起こるのは、桑を条桑で給与する方法そのものにあるのか、それとも温度その他の環境条件によるものかをまず明かにする必要がある。
 谷口(1039)は、豊光および新玉を用い、5令2日目から次ぎの3区に分けて飼育を行なった。
 対照(普通蚕室、補温)区       飼育温度  最高25.5℃ 最低21.5℃ 平均23.2℃
 屋内条桑(蚕室2階)区            〃      27.0      18.0      22.2℃
 屋外条桑(簡易ビニールハウス)区     〃      34.0      11.0      19.0
 この場合、屋外条桑区は5令の3、4、5日目に降雨があり、雨漏りがして蚕体が濡れるような状況であった。結果は次ぎの通りである。
 5 令 経 過  対照区に比べて屋内区は約1日、屋外区は2−2.5日長かった。
 蚕  体  重  各区間に犬差なし。               、ヽ
 5令減蚕歩合  豊光: 対照区2.0%、屋内区2.8%、屋外区10.7%
            新玉:  〃  2.0%、 〃  1.5%、 〃  5.4%
 繭     重  条桑の両区が対照区に比べてやや軽かった。
 繭 層 歩 合 各区間に差なし。
 対1蛾造卵数および産卵数  条桑の両区がやや少なかった。
 不受精卵歩合  各区間に差なし。
 対繭重造卵指数   ┐
 対繭重産卵指数
   ├対照区と屋内区との間には差がなく、屋外区は10−15%低かった。
 対繭重正常卵数指数
 1蛾の産卵数はやや少なくても、繭重がやや軽ければ対繭重当りの産卵数は対照区に劣らない筈のように考えられるが(U1A)、屋外区の産卵指数が10−15%も低かったと云うことは、発蛾、交尾、あるいは正常産卵蛾歩合などに問題があったのではないかと思われる。この点の記載はない。
 松田・石井(509)が日124号および支124号を5令2日目から雌雄別に飼育した結果によれば、数字は示されていないが、屋外条桑育は屋内普通育に比べて次ぎのような成績であった。
 経 過 日 数  日124号が2日、支124号が1日おくれ,た。
 健 蛹 歩 合  日124号は雌雄共に劣り、支124号は雌雄共に差がなかった。
 繭重、繭層歩合 日124号は雌雄共に軽く、支124号は雌雄共に重かった。
 発蛾歩合    ┐
 対1蛾産卵数 │
 受精卵歩合  ├日支共に差がなかった。
 孵化歩合    │
 次代蚕の性状
 十万(297)が、瑞光と銀白とについて、全令普通育と全令条桑育とを屋内で比較した結果は次ぎの通りである。
                       瑞光            銀白
 経 過 日 数         差なし          差なし
 作      柄         差なし          条桑がやや勝る
 対1蛾産卵数         殆ど差なし        条桑が勝る
 掃立蟻量1g当り産卵数   条桑が繭かに劣る   条桑がやや勝る
 但し、普通育は全令1日5回給桑、条桑育は1日2回(1−4令蚕箔条桑育)給桑であった。
 5令だけの屋内条桑育と屋外茶桑育との結果の比較は次ぎの通りである。
                       瑞 光              銀白
 経 過 日 数          屋外が2日おくれる  屋外が1日半おくれる
 作      柄          屋外がやや劣る    差殆どなし
 対1蛾産卵数          屋外が僅かに少ない  屋外が僅かに少ない
 掃立蟻量1g当り産卵数    差少ない         差少ない
中島(650)は日122号および支122号(太)について試験し、普通育と条桑育とにおける造卵数の差は、厚飼いによって繭重に差が生じたために条桑育の造卵数が少なくなったものと考えている。種繭1kg当りの産卵量には普通育との間に差がなかった。
 加納ら(308)は、原蚕飼育を屋外育に切りかえるための基礎資料を得る目的で、壮蚕の飼育温度28、23、18℃および屋外育(ビニールハウス、周囲を被覆せず)の比較試験を行なったが、28℃および18℃での飼育には減蚕が多く、健蛹歩合および産卵蛾歩合が低く、屋外育の方がこれらよりも良かった。また品種による差異も顕著であった。
 これらの結果を通覧すると、最初に挙げた条桑育の問題点の多くは、条桑育に本質的なものと云うよりも気象その他の環境条件に基ずくことがわかる。従って、条桑育を取り入れる場合に大切なことは、環境整備と条桑育の取り入れとが経営の中でどのように調合されるかと云う点の検討にあると思われる。屋内条桑育ならば心配はない、と云う成績をあげている飼育者もある。
 しかし、一面には、中島ら(651)が、日124号および支122号(太)の5令条桑育を23−24℃で行なった処、原因の不明な区間の成績変動や発蛾歩合の低下が認められたと云うから、ただ結果が良かったとか悪かったとかの比較だけではなく、問題点の原因を一つ一つ明かにして行く試験が必要である。
 卵の冷蔵抵抗力と云うような問題は別の角度からの検討が必要である。
 十万(238)は、日124号および支124号につき、1−2令を箱飼い、または蚕箔湿布育とする条桑、3−4令を蚕箔条桑、5令を屋外条桑で飼育した場合の掃立蟻量1g当りの卵量は普通育に比べて殆ど差がなかった(条桑区が僅かに多い)と云い、佐藤ら(825)は、これと同じ品種を、1−2令は1日1回給桑の包み育、3令を1日2回給桑の包み育、4−5令は室内条桑育とした場合、春蚕、初秋蚕ともに、蛹重、発蛾歩合、種繭1kg当り産卵量などの総べての点において、普通育に劣る成績であったと報告している。これは原蚕飼育の省力法として、稚蚕期の簡易育を試験したものであるが、条桑育そのものに不安の残っている現在ではこれを更に省力化することは無理な点があるように思われる。
 先きに原蚕飼有用桑の質および量と次代蚕との関係について述べたのと同様に、最終結果だけについて論議していると、良かったと云う結果と悪かったと云う結果とは何時までも平行線を辿って、正しい比較検討の余地がない。良かった原因と悪かった原因とを明確にするための試験が現在の原蚕条桑育の問題についても最も望まれる処である。


 目次に戻る