U. 蚕糸業のあらまし −シルク産業の姿−

 カイコを飼って繭を作らせ、その繭から生糸を作って販売する産業を蚕糸業といい、主なものとして蚕種製造業・養蚕業・製糸業の3業種がある。生糸の加工や流通などの分野も含めて蚕糸業ということもあるが、図・1にも書いてあるように、生糸が生糸取引業者等に売り渡されたあとの、撚糸(ねんし)・機織(きしょく。はたおりとも読む)や染色等の分野は絹業と呼んで蚕糸業とは区別している場合が多いので、ここでは生糸製造までの3業種のあらましについて解説することとする。

1.蚕種製造業(蚕の品種と蚕種の製造)
 養蚕農家で飼育するカイコの卵(これを蚕種という)を製造して販売する業種を蚕種製造業といい、蚕糸業法によって国から許可されたものによって営業されている。
 植物や動物などの生物の世界で、形や育ち方などの性質の異なるものを掛け合わせると、その子1代に限って成長速度や強さ、生産性などが両親より優れたものができることがある。この現象を雑種強勢といい、できたものを1代雑種または交雑種(ハイブリッド)という。熱帯地方等にはその地方に古<から伝わってきた品種(これを原種という)をそのまま飼育しているところもあるが、わが国では世界に先がけて80年も前から日本種と中国種や欧州種との交雑種が使われてきている。
 人間に飼われてきた長い歴史の中でカイコにはたくさん品種ができた。現在、わが国には貴重な遺伝資源として国の研究所や大学に保存されているものを含めて、カイコの形や生産するシルクの量・性質などが異なる600種あまりの品種があるが、このような品種と蚕種の生産や流通の混乱を避けるため、試験研究用など特別な場合を除いては、国が指定した品種以外のものは蚕種をふやして販売したり、そのカイコを飼育してできた繭を販売することは禁じられている。現在、カイコが丈夫で飼い易く、良質の生糸を能率良く生産できるような繭を作る日本種と中国種の組合わせが60種あまり指定されているほか、多少生産性は劣るが、細くて長い糸を吐く品種、太い糸を吐く品種やクワ以外の安価なエサでも良く育つ品種などの特徴ある品種も用途別に幾つか指定されている。
 養蚕農家はこのような指定品種の中から飼育したいカイコの品種を選択することができるが、実際には養蚕農業協同組合が製糸業者と協議して蚕品種を決めている場合が多く、蚕種製造業者はその注文に応じて原種のカイコを飼育し、それらを交配して製造した交雑蚕種を販売している。蚕種には5〜6月の飼育に適している春蚕用蚕種、7月以降の飼育に適しいる夏秋蚕用蚕種、季節に関係ない通年蚕種などの区別があるが、いずれも蚕種20,000粒を1箱として販売されており、1箱あたり35kg程度の繭が収穫できるのが普通である。

2.養蚕業(カイコの飼育と繭の生産)
 カイコは図・2にも示すよ引こほぼ25日間エサを食べ、途中脱皮を繰り返しながら(普通は4回)成長して体内に液状のシルクをたくわえたのち、成虫(ガ)になる前のサナギの期間を安全に過ごすため自分の身体を包むように糸を吐いて繭を作る。カイコが口から吐き出した糸を繭糸といい、繭糸が累積されてできた繭の殼を繭層という。この繭層から私たちはカイコが吐糸した順番に従って繭糸を引き出して生糸を作っている。このようなカイコを飼育して繭を作らせ、それを収穫して製糸業者に販売しているのが養蚕業であり、養蚕農家は個人で、あるいは養蚕農業協同組合などを組織して共同でこの仕事を行っている。


 カイコが最初の脱皮を行うまでの期間を1齢といい、以後脱皮を重ねるごとに齢数をふやして最後は5齢という。1齢から2齢、または3齢までの期間を稚蚕といい、病気にかかり易いことと飼育環境の管理には熟練を要することから、この期間を設備と管理の行き届いた稚蚕共同飼育所で飼育し、3齢か4齢になってから個々の農家に移し、桑園から収穫してきたクワの葉を与えて飼育するのが普通である。
 成熟したカイコはまぶし(蔟:繭作りの足場となる器具)の中に移される。この作業を上蔟(じょうぞく)といい、カイコはまぶしの中で2〜3昼夜にわたって糸を吐いて繭を作ったのち、脱皮してサナギとなる。サナギとなった直後は皮膚が軟らかく傷つき易いのでさらに2〜3日経過して皮膚が硬くなってからまぶしから取り出され、足場として吐かれた綿状の糸(これを羽毛という)や糞(ふん)を取り除くとともに、汚れた繭や形のよくない繭を選除して良い繭だけが製糸業者に売り渡される。
 カイコはエサがあり、温度をある範囲内に保つことができればいつでも飼うことができるが、わが国で一般に飼育される時期は温度が20℃以上ある5〜10月で、カイコが飼育された時期によりつぎのように区別されている。なお、カイコを飼育する時期を蚕期といい、蚕期によって繭の大きさや品質は異なる。
 春蚕(しゅんさん、はるごともいう):5〜6月に飼育されるもの。気温が高過ぎず、クワの成育にも適している時期なので繭の収穫量が多く、他の長期の繭に比べて品質は最も良いが、カイコが繭を作っている時期に長雨(梅雨)に遭遇したものには糸のほぐれの悪いものがある。
 夏蚕(かさん、なつごともいう):7月から8月はじめにかけて飼育されるもの。気温が高いためカイコの成長は早いが、収穫量は少なく繭の品質も劣るものが多い。
 初秋蚕(しょしゅうさん、あきごともいう):7月下句から8月に飼育されるもの。気温が高いために繭の収穫量は夏蚕と同様に少なく、品質も良くないものが多い。
 晩秋蚕(ばんしゅうさん、あきごともいう):8月下句から9月に飼育されるもの。気温が適当で春蚕に次いで収穫量が多く、繭の品質も良いものが多い。
 晩々秋蚕(ばんばんしゅうさん):9月中句から飼育されるもの。温暖な地方で養蚕を専門に行っている農家や晩秋蚕などの養蚕をしたあとクワが余った場合などに飼育される。
 初冬蚕(しょとうさん):9月下句から10月に飼育されるもの。温暖な地方で飼育されるが、生産量は少ない。

3.製糸業(生糸の製造)
 蚕糸・絹業のほぼ中央にあって、養蚕農家から購入した繭から生糸を製造し、それを生糸取引業者等に販売しているのが製糸業である。現在は外国へ生糸を輸出することは無くなってしまい国産生糸のほとんど全てを国内で消費しているが、製糸業には上繭(品質の良い繭)を購入して良質の生糸を作っている器械製糸業、品質が多少劣る繭も使って生糸を作っている国用器械製糸業、2匹のカイコが一緒になって作った繭(玉繭)から玉糸を作っている器械玉糸製造業の3種があり、さらに器械製糸業には会社組織で経営している営業製糸と養蚕農業協同組合が経営する組合製糸などの区別があるが、器械玉糸製造業を除いてそれぞれの工場での生糸製造の手順(これを製糸工程という)はほとんど同じであり、そのあらましぱつぎの章で述べる。
 以上に述べた蚕種製造業や養蚕業・製糸業での生産品はあくまでもシルク製品になるまでの中間商品であり、一般の消費者にそれらの価値や量の多少は評価しにくいので、参考のために最終製品の一つであるきもの1反(きもの1枚分)作るのに必要なクワやカイコ、繭、生糸の量を図・3に示す。


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