開発レポート

「『機能性乳酸菌』を利用した産学官連携・普及活動」

木元 広実 (農研機構 畜産草地研究所 主任研究員)

1.研究の背景および研究成果の概要

■老化抑制作用をもつ乳酸菌

高齢社会を迎え、「健康で長生き」を目指した老化抑制食品の開発が望まれており、食品の機能性に関する研究が盛んに行われています。その一つとして生体調節機能性を持った乳酸菌の研究も進められています。 畜産草地研究所は、約2,000株の乳酸菌株を保有し、その中で、乳製品製造に適した「乳酸菌H61株」が「老化促進モデルマウス」(通常のマウスより寿命が短く、色々な老化関連の病気が発症するマウス)の老化に伴う皮膚の潰瘍や骨密度の低下を抑制することを明らかにしました。当該研究については平成15(2003)年頃から開始され、その成果を基に平成17(2005)年3月に特許を出願し、平成22(2010)年10月に特許権が登録されました。
特許化のプロセスと並行して、畜産草地研究所、茨城県工業技術センター、(株)つくば研究支援センター、筑波大学と実需者が連携して、特徴のある乳酸菌を利用した付加価値の高い商品の生産・販売に向けた研究開発を進め、平成20(2008)年11月に乳酸菌H61株を利用したドリンクタイプのヨーグルトが発売されました。また、平成25(2013)年8月からは茨城県内の別の乳業メーカーよりH61株を使ったカップタイプのヨーグルトが発売されました。

図 H61株乳酸菌の研究概要

2.産学官連携活動について

(1)出口を見据えた研究テーマの設定

■老化が始まってからの効果と “死菌体”の活用

私は、もともと老化の予防に興味がありました。就職後、研究テーマを設定するにあたり、大学時代に同じ研究室の先輩が老化促進モデルマウスを使用した試験をしていたことを思い出しました。当時、このモデルマウスに乳酸菌を与える試験についてはほとんど行われていなかったことから、老化促進モデルマウスに乳酸菌を投与する研究を始めました。得られた成果で注目すべき点は2点あります。1点目はH61株をマウスの老化開始時期から与えたにも関わらず、前述のような老化抑制作用が得られたことです。研究の中では、H61株以外の乳酸菌を老化促進モデルマウスに投与しましたが、他の乳酸菌の場合、老化が始まる前の若齢のときから長期間与えても、老化抑制効果は見られませんでした。
H61株は、老化抑制と関連がある免疫賦活作用(体の免疫を活発にする作用)を有しているだけでなく、古くから発酵食品作りに使われてきた種類の菌である上に、味の良いヨーグルトが作れると聞いていました。このことがH61株を選定した理由です。
この結果を踏まえ、人間も中年以降にH61株を食べることで老化抑制効果が期待できるかもしれないと考えており、現在人での検証を行っています。これまでの小規模なヒト試験では、中高年女性においてH61株の摂取により肌の乾燥が抑えられる効果が得られています。
2点目は、加熱処理をした菌体(死菌体)をマウスに投与した場合でも、老化抑制効果が見られたことです。このことによりH61株を利用できる製品の幅が広がります。死菌体は生菌に比べて保管や取り扱いが容易で、このような菌体をサプリメントとして利用するだけでなく、食品に添加することで、老化抑制を目指した食品の開発が期待できます。現在、H61株の加熱処理菌体を利用したサプリメントが数種類販売されているほか、H61株が入っているパンも販売されています。

 

(2)新しい製品の開発に向けての取組

■知ってもらうための発表が商品化につながる

平成22(2010)年度までは、畜産草地研究所の一般公開、サマーサイエンスキャンプ、アグリビジネス創出フェア、サイエンスカフェなどのイベントに参加・出品する際に乳酸菌H61株を利用したドリンクヨーグルトを消費者、実需者の方々に飲んでもらうとともに、意見交換やプレゼンテーションを行うなど、「乳酸菌H61株」を社会的に知ってもらうことに重点を置いて活動をしてきました。
このほかに、H61株を利用した製品の種類を増やすため、平成23(2011)年6月に開催された科学技術振興機構主催の「農研機構新技術説明会」において、「食品・サプリメント・ペットフードに老化抑制機能をプラス!」というテーマで発表しました。その結果、民間企業2社と実施許諾契約を締結し、うち1社からH61株を使ったサプリメントなどが現在販売に至っています。

■各種支援を活用した共同研究先などの開拓

さらに、平成23(2011)年11月から12月にかけて、「乳酸菌による脱毛抑制技術開発に関するマッチングセミナー」を、全国7地域の中心都市で開催しました。セミナーでは、研究概要の説明と参加企業との個別相談を行いました。各会場とも個別相談では、商品開発を進めていきたいという意向や、将来的に共同研究を進めていくという考えを念頭に、さまざまな意見交換が出来ました。最終的には民間企業との共同研究契約を3件、特許の実施許諾契約を2件締結することができ、乳酸菌H61株の老化抑制のメカニズム解明に関しての研究を具体的に進めていける目処が立ち、さらには、H61株を利用した製品の数を増やすこともできました。セミナーの実施に当たっては、農研機構本部及び畜産草地研究所から資金、人、情報発信の面での支援を得ることができました。例えば、マッチングセミナーの案内状の送付やウェブサイトへのセミナー開催のお知らせ掲載と申し込みの集約、農研機構のメールマガジンへの掲載などです。また、案内状の送付先についても、乳業界については畜産草地研究所が整備していた業界別リストを活用しました。化粧品・美容業界については自らリストアップするとともに、研究所の支援を受けました。
さらに、平成25(2013)年度には農水省の助成を受けて、「H61株の活用のための企業勉強会」を岩手県、大分県において開催し、2つの県で6次産業化に関心のある14社の企業に参加いただきました。勉強会終了後、H61株の特許使用条件などについて数社から問い合わせがあり、今後の事業化が期待されます。勉強会の開催にあたっては、岩手県、大分県にツテがなかったため、農水省のウェブサイトから、“食のオフィシエ”(地域の「食」に関する様々な活動をサポートする方)として登録されている方に勉強会開催のコーディネーターをお願いしたところ、インターネットをはじめあらゆる方策を使って勉強会への参加企業を集めていただきました。

 

3.今後の研究、技術移転の方向性について

■乳酸菌の力を広める

これまでの産学官連携活動の成果として、H61株に関心を示す企業が増えてきています。平成26(2014)年12月現在の特許の実施許諾先は5社ですが、このほかに製品の試作のための契約(オプション契約)を結んでいる会社が5社あります。6次産業化と連動した地域一体型の取組にH61株が関わる例も増えており、H61株の全国的な普及を目指しています。
今後の課題としては、これまでのH61株のヒトへの摂取試験で判明した肌の状態の改善効果について、メカニズムの解明が残されています。また、マウスにおけるH61株の摂取試験で確認された骨密度の減少抑制作用のヒトでの検証も課題です。
乳酸菌には様々な機能性・可能性があると考えています。今後もH61株を含め、乳酸菌の新たな機能性を解明していき世の中に提供していきたいと考えています。

 

4.技術、市場、社会への貢献

■“プラスα”な商品

これまで食品の機能性研究は疾病の予防に焦点があてられていました。私は、次世代の機能性には健康プラスα(例えばアンチエイジング、美肌など)の要素をもつものが求められると考えています。H61株は肌の状態の改善作用が期待できるため、特に肌の老化への関心が高い女性にとっては魅力的な素材です。
ヨーグルトは牛乳の栄養・機能に加え、乳酸菌の機能を利用できることから、H61株の普及とヨーグルトの消費拡大を目指し、平成24(2012)年度に農水省の助成を受けて、「ヨーグルトを使ったレシピ」の一般公募を行いました。応募作品は畜産草地研究所のホームページ上で公開されています(アイディア豊かなレシピが掲載されておりますのでぜひご覧ください)。また、消費者への情報発信として、食への関心が高い人が目に留めやすいと思われるレシピ募集の告知のなかにH61株の研究成果を盛り込んだ結果、この試みが新聞、情報誌などの宣伝媒体にとりあげられ、多くの人にH61株の特性を伝えることができました。
さらに、H61株の全国的な認知度の向上を目指して、公募により集まったレシピを用い、「機能性ヨーグルトを用いた料理教室&H61株の研究成果発表会」を全国3カ所(茨城県、大阪府、岩手県)で開催しました。もともとこの企画は、H61株の普及が目的でしたが、副次的に地域内のコミュニケーション度を高める効果も得られました。すなわち、料理教室ではグループごとに作業をするので、連帯感が生まれやすく、料理教室が終わる頃には参加者同士が連絡先を交換する場面も見られました。ひとつの研究成果が商品を生み、それを利用したイベントが開催され、そこに参加した人々にプラスα(この場合は“楽しい”)の効果をもたらしたことになります。商品の販売量のように目に見えない成果ではありますが、私の目指すもののひとつです。

 

【平成27年1月20日掲載】