生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

研究インタビュー

第1回

スマート生産システム
第1期の研究成果を拡張し、「農食連携」で豊かな食生活を実現

第1回 野口 伸 プログラムディレクター代理

インタビューの第1回は、野口プログラムディレクター代理に、SIP第2期において実現を目指す「スマートフードシステム」の全体像とSIP第1期の研究成果の関連、またご自身の担当テーマであるスマートフードチェーンとスマート生産システムの研究概要についてお話をうかがった。

Society5.0を食の世界へ

――SIPスマートバイオ・農業の第2期は、「スマートフードシステム」の実現を目標に掲げています。「スマートフードシステム」と、野口先生が担当される「スマートフードチェーン」の位置づけを教えて下さい。

野口:食料の生産、加工、流通、販売、消費という一連の流れをフードチェーンと呼びます。スマートフードチェーンというのは、フードチェーンをデータ連携によって効率的に最適化することです。一方、スマートフードシステムは、フードチェーンの終点、すなわち消費の後に残る廃棄物をリサイクルして、また生産にフィードバックする一連の循環を指します。

従って、スマートフードシステムという食品の大きな循環の中で、スマートフードチェーンによって、消費者に食料を届けるところを、データ連携によって最適化していくことが大きなミッションになります。

――SIP第1期の研究成果は、第2期の取り組みとどのようなかかわりがあるのでしょうか。

SIP第1期で整備した「農業データ連携基盤」(WAGRI)は、生産に関わるデータを集積して利活用できる仕組みです。これを消費者のところまでつなげるようにスマートフードチェーンの中で拡張していくというのが、第2期の大きな目的の1つです。

第1期では農業に着目していましたが、第2期ではさらに食産業と連携し、流通と消費者を巻き込んでの「農食連携」が第1期との大きな違いです。日本国内の農業総生産額は年間約9兆円なのですが、これが消費者のところまで行くと年間100兆円の巨大な食品・外食市場になります。スマートフードチェーンが実現することで、この大きなマーケットに生産者が直接アクセスできるようになります。

同時に、生産者は、消費者の嗜好とニーズに合わせて生産することが重要です。スマートフードチェーンで、さまざまなデータを誰でも利用できるようにし、生産情報と販売情報などから消費者の動向を双方向に伝達できる仕組みを整備します。

そのためには、生産物の鮮度を維持して消費者に届ける技術も必要です。鮮度を測定・維持する方法や、ロジスティクスの最適化についての研究もスマートフードチェーンで進めていきます。

――データの流れだけではなく、物の流れも研究の対象に入るのですね。

野口:その通りです。Society5.0を食の世界で実現するのがスマートフードチェーンであるともいえるでしょう。Society5.0はサイバースペース(情報空間)とフィジカルスペース(実空間)が融合することで人間中心の社会を実現するというもの。

生産から消費までのデータの集積と活用がサイバースペース、生産された青果物を、鮮度を維持して端境期なく通年で提供できる仕組みがフィジカルスペース。これらを融合することで、農業と食産業の活性化、フードロスの削減、農産物の輸出拡大、農業や食産業に関わる人の労働時間の削減といった価値を実現します。具体的なKPIとして、フードロス10%削減、農業従事者の労働時間30%削減を掲げています。

マーケット・イン型の生産を可能にするスマート生産システム
野口 伸 プログラムディレクター代理

――スマートフードチェーン実現のために、どのような課題があるのでしょうか。

野口:ひとつ目は、データの整備です。スマートフードチェーンで扱うデータには生産情報、流通情報、販売情報がありますが、現状ではデータ項目・内容など整理されていません。これを、事業者や業界を越えての協調領域とし、農業者だけでなく加工業者、流通業者などにも入っていただいて標準化・規格化を進め、だれでも利用できるようにします。また、データの信頼性を担保するために、ブロックチェーンのような改ざんされないための仕組みも重要です。

もうひとつは、生産した青果を、求める消費者のもとに鮮度を維持して届けることです。そのための鮮度保持や鮮度評価の技術開発も重要です。最後に、先ほどお話した通り、消費者の嗜好をきちんと生産者に届ける、双方向のコミュニケーションが可能にする仕組みも必要です。これを実現するためには、生産システムも変えなくてはいけません。

従来は「できたものを売れるところに売る」というプロダクト・アウト型の考え方だったのを反転させる必要があります。消費者のニーズに合わせて出荷タイミングを調整できるマーケット・イン型の生産管理システム、すなわち「スマート生産システム」を実現することが重要になります。

――スマート生産システムの実現には、どのような研究開発が必要なのでしょうか。

野口:ひとつは、作物の生育モデリングによる出荷の事前予測です。環境や気象の情報によって生育状況をシミュレーションできる生育モデルを作り、いつ、どれだけ出荷ができるか事前に予測します。予測には誤差が発生しますので、ドローンや衛星画像を使ったリモートセンシングで誤差を補正する、すなわち「フィードフォワード」方式の栽培技術を開発します。

どの作物が、いつ頃、どれだけ出荷できるか事前に分かれば、それに基づいて、どの地域に出荷するか考えることができます。日本列島は南北に長いですから、地域によって出荷のタイミングが異なります。そこで、異なる地域がうまく連携することで、通年で作物を市場に安定供給できます。SIP第2期では、その一例としてキャベツやレタスなどの葉物野菜を中心に、生育モデルの開発に取り組んでいきます。

もうひとつが、無人機やAIを使った自動化です。第1期は水田農業の自動化が中心だったのが、第2期は果樹やカボチャなどにもチャレンジします。

さらに、第1期は圃場の中の作業、例えばトラクターやコンバインの無人化だったのを、第2期は作物を畑の外での運搬まで視野にいれている他、平地の広い場所だけでなく中山間地域で動ける無人機の開発に取り組みます。

日本の農地の中で人手不足が深刻なのは、中山間地域ですから、日本の農業が抱える問題を解決するためには、中山間地域で使える無人機の開発が非常に重要なのです。

2021年には3つの産地が連携した実証実験をスタート
野口 伸 プログラムディレクター代理

――スマートフードチェーンとスマート生産システムの具体的なユースケースは、どのようなものになるでしょうか。

野口:2021年から、北海道と静岡と宮崎が連携してキャベツの生産・出荷の実証実験を行う予定です。スマート生産システムによる出荷タイミングの予測と、スマートフードチェーンによる需要推定を組み合わせて、生産計画を調整します。産地から需要地まで鮮度を保って運搬するための鮮度評価技術、鮮度保持技術も利用して、日本全国に端境期なく新鮮でおいしいキャベツを供給することを目指します。

――先ほどの「フードロス10%削減、労働力30%削減」というKPIはどのように達成されるのでしょうか。

野口:ひとつは、スマートフードチェーンによる需要と供給のマッチング。もうひとつは、栽培技術を高めて作物の品質を均質化することで、機械による一斉収穫でも廃棄を発生させないこと。今は、需給の不一致や規格外品などによっておよそ14%の廃棄が発生していますので、このふたつによって達成を目指します。

2年間の実証実験で、KPIの達成を確認した後、2023年以降の社会実装を想定しています。ロボットによる収穫と運搬、具体的にはかぼちゃの選択収穫と運搬もそこに合わせて実用化していきます。

農業で地域を元気に、世界の飢餓解消と持続可能な生産供給にも寄与
野口 伸 プログラムディレクター代理

――野口先生は、スマート生産システムで、どのような未来が実現されるとお考えですか。

野口:スマート生産システムを含む「スマート農業」は、日本の農業活性化の切り札として期待されています。しかし、現状で揃ってきている技術のほとんどは水田を対象としており、畑作、野菜、果樹はまだまだ技術開発が必要です。

SIP第2期ではキャベツとレタスがメインになりますが、他の作物についても、地域ごとに「生育モデルを使って、フィードフォワード方式でシミュレーションしながら、実空間で生産する」という地域スマート農業の体系を確立する必要があります。

こうしたスマート農業によって効率化が進み、農業で儲けるためのハードルが下がることで、若い人が農業に魅力を感じて参入してくれれば、地域が活性化します。農業従事者の労働時間が削減されることで、時間に余裕ができれば6次産業化も進むでしょう。そして地域が元気になるのが、スマート農業の発展形であり、次の社会の姿です。

世界に目を向けると、スマート生産システムは「持続的な開発目標(SDGs)」のうち、目標2「飢餓をなくす」ことと目標12「持続可能な生産と供給」を実現することに寄与すると考えます。現在も多くの国で飢餓は発生していますが、世界全体で見れば食料生産が不足しているわけではありません。食料の偏在を解消するためには、各国が食料を自給できる仕組みが大切です。農産物ではなく生産技術を輸出し、それぞれの地域での農業が発展することをゴールにすることで、SDGsにも大きな貢献ができるでしょう。

――最後に、野口先生ご自身の、SIP第2期に対する期待をお聞かせください。

野口:私自身はSIP第1期にプログラムディレクターという立場でかかわっていましたが、SIP第2期は第1期を拡充するものになって欲しいです。スマート生産システムの分野でいえば、第1期は良い成果を挙げましたが、水田やトマトに限られていました。この分野を畑作、野菜などに拡充していきたいです。

6月に閣議決定された統合イノベーション戦略2019において、農業は重点課題として明記され、政策目標として「2020 年度までに6次産業化の市場規模を10兆円に拡大」「2025年までにスマート農業技術の国内外への展開による1,000億円以上の市場獲得」といった具体的な数値が挙げられています。目標達成にはスマートフードチェーン、スマート生産システムが重要なことは間違いなく、そのために資する成果を着実に積み上げていくことを期待しています。

野口 伸(のぐち・のぼる)

北海道大学大学院農学研究院副研究院長・教授。農作業ロボット、リモートセンシング、農業情報のデータ化を通して、スマート農業の実現に取り組む。内閣府戦略的イノベーション創造プログラム「次世代農林水産業創造技術」(SIP第1期)プログラムディレクター。