動物衛生研究部門

豚インフルエンザの概要

更新日: 2009年7月3日

症状

発熱、食欲廃絶、体重減少などを伴う急性の呼吸器疾患で、群内での伝播性は極めて高いが、致死率は低く、一週間程度で多くは回復する。他の呼吸器病原体の二次感染が起きると肺炎などで重症化する傾向にあるため、予防のためのワクチンが市販され、養豚場の衛生管理に用いられている。日本国内での発生報告は0~数件/年程度であるが、国内での本疾患の実態は不明な点が多い。

病原体

オルソミクソウイルス科(Orthomyxoviridae)、インフルエンザウイルスA属(Influenzavirus A)、インフルエンザAウイルス(Influenza A virus)

表面抗原亜型としては、H1N1、H1N2、H3N2亜型が世界的に主流である。また、豚は鳥や人由来のインフルエンザウイルスにも感染することが知られており、H9N2亜型、H4N6亜型、H5N2亜型の野鳥に由来するインフルエンザウイルスが豚に感染した症例が知られている。さらに高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)H5N1亜型のウイルスの豚への感染も報告されている。

遺伝子解析によって、豚インフルエンザウイルスはさらに複雑な遺伝子背景を持っていることが明らかにされている。豚の中では、1918年のスペイン風邪に前後して流行したH1N1亜型のインフルエンザウイルスがその後、半世紀にわたって古典的豚インフルエンザウイルスとして主流を占めていた。そのほか、散発的にヒトの季節性インフルエンザウイルスであるA/H1N1ソ連風邪やA/H3N2香港風邪ウイルスが豚に侵入して流行していた。日本では、1980年以降、それ以前に存在していた古典的豚インフルエンザウイルス(A/H1N1)と、A/H3N2香港風邪ウイルスの遺伝子再集合ウイルスであるH1N2亜型豚インフルエンザウイルスが出現し、わが国の主な流行ウイルスとして現在まで循環している。このウイルスは、NA遺伝子以外のすべての遺伝子分節が古典的豚インフルエンザウイルスに由来し、NA遺伝子がA/H3N2香港風邪ウイルスに由来している。ここで言う遺伝子再集合というのは、インフルエンザウイルスのような分節遺伝子を持つウイルスにおいて起こる特有の現象で、インフルエンザウイルスのゲノムが8つの分節遺伝子(PB2、PB1、PA、HA、NP、NA、M、NSの各遺伝子分節)からなっていることに起因している(図1参照)。ウイルス遺伝子が分節化していることから、二つの由来の異なるウイルスが偶然単一の細胞に感染した際に、感染細胞内で遺伝子の混合が起こり、計算上28(=256)通りのウイルスが出現する現象をいう。この現象によってそれぞれの遺伝子分節について由来の異なる新しいウイルスが出現することがある(リアソータントウイルスと呼ばれる)。

(図1)
遺伝子再集合ウイルスの発生機序

欧州では1970年代の後半に、野鳥由来のH1N1亜型ウイルスが豚に侵入した(鳥型豚インフルエンザウイルス)1)。さらに、人由来のH3N2亜型ウイルスも豚の中で循環しており、1983-85年の間にそれら2種類のウイルスの間での遺伝子再集合体が出現し、このウイルスは表面抗原遺伝子として人由来のH3亜型の赤血球凝集素(HA)、N2亜型のノイラミニダーゼ遺伝子を持ち、その他6つの遺伝子分節は鳥型豚インフルエンザウイルスに起因することが分かっている(図2右)2)

(図2)
北米・欧州におけるSIV

一方、北米大陸では同じく1990年後半まで古典的豚インフルエンザウイルスが循環していたが、1997年にはヒト型H3N2亜型ウイルスが豚に侵入した。さらに古典的豚インフルエンザウイルスとヒト型ウイルス、さらには北米大陸型の野鳥由来インフルエンザウイルスのPB2, PA遺伝子を持つH1N1亜型とH3N2亜型の2種類のいわゆるトリプルリアソータントが出現した。また1999年にはトリプルリアソータント同士のリアソータントと考えられるH1N2亜型ウイルスが出現した(図2左)3)

アジア地域では、韓国においても北米大陸同様のトリプルリアソータントが見られており4)、これらは種豚の輸入など伴うものであろうと考えられる。さらに韓国では、野鳥由来のH5N2亜型ウイルスが豚から検出されている5)

中国においては、古典的豚インフルエンザウイルスとヒト型ウイルスとの間のH3N2亜型6)、H1N2亜型7)のリアソータント、1990年代にはヨーロッパとは異なるタイプの鳥型H1N1亜型、2005年から2006年のサーベイランスにおいて、ヒト型のH1N1亜型やH3N2亜型の存在が知られている。また、鳥型H9N2ウイルスの浸潤も知られており、ヒト型(HA とNA)と鳥型(PB2、PB1、PA、NP、MとNS)、ヒト型(HAとNA)、古典的豚型(NP)および鳥型(PB2、PB1、PA、MとNS)のリアソータントや8)、H5N1、H9N2との間のリアソータントウイルスなど多彩な亜型のリアソータントの存在が報告されている9)

タイにおいては、動物衛生研究所とタイ家畜衛生研究所との共同研究プロジェクトである人獣共通感染症共同研究センター(ZDCC)の研究活動により2000-2005年の間にタイで分離された豚インフルエンザウイルスが、実に9つもの遺伝子型に区別できることが明らかになった10)

タイで分離された豚インフルエンザウイルスの各遺伝子文節の遺伝系統

インフルエンザウイルスと種間伝播

遺伝子解析の結果からも明らかなように、豚からは豚の間で長年維持されている豚インフルエンザウイルスのほかに人、トリ由来のインフルエンザウイルス双方が分離される。これは、豚の気管上皮細胞に鳥型ウイルス、ヒト型ウイルス双方に対するレセプターが存在することによる11)。ヒト型ウイルスは、糖タンパクや糖脂質上の糖鎖末端に存在するシアル酸のα2-6結合を認識して結合するのに対して、鳥型ウイルスはα2-3結合を認識する12)。このようなレセプターの存在から、豚は人型、鳥型インフルエンザウイルスの両方に感受性があり、2種類さらにはもともと豚に存在していたウイルスの混合感染の場となりうる。このような性質から、過去のパンデミック(1957年アジア風邪、1968年香港風邪)では、それまでに人に存在していた季節性インフルエンザウイルスとトリ由来のインフルエンザウイルスが、豚の中でリアソータントを起こしたと考えられている。さらに、鳥型ウイルスが豚に感染し馴化する過程で、ヒト型のレセプターを認識するようになる可能性も示唆されている。カナダでは、H3N3亜型、H1N1亜型13)、H4N6亜型14)などの野鳥由来のウイルスの分離が報告されている。

豚インフルエンザウイルスの人感染事例

文献に報告されている症例だけを取り上げても豚由来のインフルエンザウイルスの人感染事例は少なくない15)。しかし、多くの場合限局的な感染であり、健常人が感染した際に致死的感染となった例は少なく、妊娠や慢性疾患による免疫力の低下などが、重篤化に寄与していると考えられている。また、感染要因としては、養豚産業従事や15)、畜産フェアー訪問など、豚との接触が多くの場合の感染要因となっている。

新型インフルエンザA(H1N1)

2009年4月にメキシコで最初に確認された新型インフルエンザウイルスA(H1N1)は、CDCによる遺伝子解析の結果から北米の豚の間で循環していたH1N1またはH1N2亜型のトリプルリアソータントと欧州の豚の間で循環していた鳥型豚インフルエンザウイルスのH1N1亜型とのリアソータントウイルス(図2)であると考えられる。このウイルスの出現に関わるリアソータントが豚の中で起こってから、人に伝播したのか、両方のウイルスに感染する機会のあった人間の中で起こったのかは、不明である。また、すでに人から豚への同ウイルスの伝播が確認されていることから、リアソータントが豚で起こったか、人で起こったかは今後とも明らかにすることは難しいであろう。これまでの調査の結果、同ウイルスは抗インフルエンザ薬であるノイラミニダーゼ阻害剤に感受性であることから、同薬剤が治療に有効である。一方で、もう一種類の抗インフルエンザ薬であるアマンタジンは無効である。また、このウイルスはその他のインフルエンザウイルス同様、脂質二重膜からなるウイルス膜を持っていることから、中等度の消毒薬に対する感受性が強く、次亜塩素酸ソーダや消毒アルコールをベースとした消毒薬が有効である。

人から豚への感染事例において、当該群のおよそ10%の豚が感染したと考えられているが、特段高い病原性は示していない。現時点では、新型ウイルスの豚からヒトへの感染リスクより、人から豚への新型ウイルスを含めたインフルエンザウイルスの感染のリスクの方が高いと考えられる。人から豚への感染があったカナダ政府は、こうした感染防止のため豚に接触する獣医師向けに農場のバイオセキュリティーの確保に加え、作業時の個人防護用具(マスク等)の着用をすすめている。(http://www.inspection.gc.ca/english/anima/disemala/swigri/swigrifse.shtml)このような対策を取ることによって、豚からの感染のリスクも低減することが可能である。

(文責:ウイルス・疫学領域長補佐(インフルエンザ) 西藤岳彦)

参考文献

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参考情報