泌乳初期乳牛に発生する卵胞嚢腫の転帰と繁殖性への影響

[要約]

分娩後早期に発生する卵胞嚢腫では、形態的な嚢腫化卵胞の存在下で初回排卵が起こることが多く、主席卵胞退行の繰返しによる無排卵と同様に、空胎日数には大きく影響しない。また、乳量が高い牛で、嚢腫様卵胞は卵胞嚢腫に移行しやすい。

[キーワード]

家畜繁殖、乳用牛、卵胞嚢腫、多発卵胞波、乳生産性、繁殖性

[担当] 北海道農研・集約放牧研究チーム
[連絡先] 電話 011-857-9260,電子メール seikajouhou@ml.affrc.go.jp
[区分] 北海道農業・畜産草地
[分類] 技術・参考

[背景・ねらい]
分娩後の高泌乳牛では6-19%の頻度で卵胞嚢腫が発生し、分娩間隔延長の1つの原因とされる。一方で、分娩後早期の卵胞嚢腫は自然治癒することが多いとの報告や、形態的な卵胞嚢腫の存在下でも、正常な排卵とそれに続く黄体形成が起こるともいわれる。したがって、乳牛の人工授精や繁殖検診に際し、嚢腫様卵胞が確認された場合、予後を見越した上での対処が重要となる。しかし、分娩後早期に自然発生で出現する嚢腫様の卵胞が、排卵、退行あるいは卵胞嚢腫に移行する過程についての報告はきわめて少ない。そこで北農研飼養牛群において、分娩後の繁殖機能回復を調査する過程で観察される嚢腫様卵胞の消長について、受胎性との関係から明らかにする。また初回排卵遅延のもう一つの原因である、主席卵胞退行の繰返し(多発卵胞波)による無排卵の例についても同様に調べる。
[成果の内容・特徴]
  1. 排卵する嚢腫様卵胞(図1.A)の成長速度は、退行する嚢腫様卵胞に比べて速く、嚢腫化する卵胞(図1.B)ではこれらの中間の成長速度を示す(表1)。なお、嚢腫卵胞の定義は、最大径が25mmを越えて10日以上存続した場合とし、10日以上存続せず、排卵あるいは退行した場合は嚢腫様卵胞とする。
  2. 卵胞嚢腫の1例(図1.B)では、右卵巣にある3個の嚢腫化卵胞の存在下で、反対側の卵巣から初回排卵が起こる。さらにこれら嚢腫化卵胞の存在下で、正常な大きさの黄体形成を伴う2回の卵巣周期の後、初回発情(分娩後92日)を観察し、人工授精の結果受胎する。他の嚢腫化例でも治療することなく新たな卵胞が排卵し、最終的に受胎する。これらの結果は、分娩後早期の卵胞嚢腫では、治療する必要のない例が多い可能性を示し、嚢腫化卵胞の反対側での正常な卵胞発育と排卵を見逃さないよう、注意が必要である。
  3. 多発卵胞波の1例(図1.C)では、分娩後79日で初回排卵を確認し、続く短周期、正常周期の後の発情時に授精の結果受胎する。他の多発卵胞波例でも1回の授精で受胎する。これらの例では、分娩後の遅い時期に発現する発情を確実にとらえることが必要である。
  4. 卵胞嚢腫と多発卵胞波は初回排卵・発情・授精を大きく遅らせるが、受胎に必要な授精回数が比較的少ないため、初回排卵等と比べて空胎日数への影響は少ない(表2)。嚢腫様卵胞が卵胞嚢腫に移行する牛では、正常群と比較して乳量が有意に高く、高泌乳の影響が認められる。
[成果の活用面・留意点]
  1. 獣医師および人工授精師が分娩後早期に遭遇する、卵胞嚢腫および多発卵胞波による無排卵(卵巣静止)に、対応(授精適否、治療の必要性)する際の参考になる。
  2. 排卵の結果を示す黄体の有無については、形態的な嚢腫卵胞存在下の直腸検査ではわかりにくいため、超音波診断装置による診断が推奨される。
[具体的データ]

 

 

 

[その他]
研究課題名 地域条件を活かした健全な家畜飼養のための放牧技術の開発
課題ID 212-d
予算区分 基盤研究費
研究期間 2003〜2006年度
研究担当者 坂口 実、山田 豊、高橋芳幸(北大)
発表論文等 1) Sakaguchi M. et al. (2006) Veterinary Record 159: 197-201.
2) Sakaguchi M. et al. (2004) Journal of Dairy Science 87: 2114-2121.