ショ糖トランスポーターはイネの花粉機能に必須である


[要約]
イネのショ糖トランスポーター遺伝子OsSUT1 破壊系統の花粉は、発芽能力が著しく低下し受精能を失う。このことはイネの花粉が正常に機能するために、ショ糖トランスポーターOsSUT1 による外液のショ糖取り込みが必須であることを示している。

[キーワード]イネ、遺伝子破壊系統、ショ糖トランスポーター、花粉

[担当]中央農研・稲収量性研究北陸サブチーム
[代表連絡先]電話:025-526-8300
[区分]関東東海北陸農業・北陸・水田作畑作
[分類]研究・参考

[背景・ねらい]
イネの花粉機能は低温や高温などの環境ストレスの影響を受けやすく、受精障害を通じて収量に大きく影響する。花粉はそれを包含する葯組織との間に原形質のつながりがなく、花粉形成や機能発現に必要な光合成産物は、花粉原形質膜上の何らかの糖輸送体によって取り込まれると考えられる。そこで代表的な糖輸送体であるショ糖トランスポーター遺伝子OsSUT1 のイネ花粉における発現と、花粉機能における重要性を明らかにする。

[成果の内容・特徴]
1. OsSUT1 遺伝子は成熟過程の花粉および葯で発現し、特に開花日に近い穎花で顕著に発現する(図1)。
2. OsSUT1 の遺伝子破壊ヘテロ個体の後代には遺伝子破壊ホモ個体は存在せず、野生型ホモ個体と遺伝子破壊ヘテロ個体とが1:1の比で遺伝分離し、通常のメンデル遺伝で予想される分離比1:2には合致しない(表1)。これは、配偶体(花粉もしくは胚嚢)の機能に異常があることを示唆する。
3. ヘテロ個体を花粉親として野生型個体と交配すると、F1個体は全て野生型ホモ個体となる(表2)。これは、OsSUT1 遺伝子が破壊されると花粉が受精能を失い、破壊されたOsSUT1 遺伝子は後代に遺伝しないことを示す。
4. OsSUT1 遺伝子破壊ヘテロ個体の穎花に含まれる花粉の総数や、ヨード染色で判定した成熟花粉割合は野生型個体のそれらと変わらないが、人工培地上での花粉発芽率はほぼ半減する(図2)。これは、OsSUT1 遺伝子が破壊されても花粉の形成や成熟には影響しないが、発芽機能が著しく低下することを示している。
5. OsSUT1 は外液からのショ糖取り込みを行うことから(Hirose T. et al. 1997, Plant Cell Physiol. 38: 1389-1396)、OsSUT1 遺伝子が破壊されると花粉発芽に必要なショ糖が得られず、その花粉は受精不可能になると考えられる。

[成果の活用面・留意点]
1. この成果は、ショ糖輸送体による外液のショ糖取り込みが花粉発芽において必須であることを明らかにしたものであり、受精障害など花粉機能が問題となる生産性阻害要因の解明に貢献できる可能性がある。
2. OsSUT1 遺伝子が破壊されても、花粉のデンプン蓄積には野生型花粉と比較して変化は見られない。したがって、花粉デンプンの合成に使われる糖はOsSUT1 以外の糖輸送体によって花粉内に供給されている可能性が高く、今後その特定を進める必要がある。
3. ショ糖トランスポーターOsSUT1 は花粉だけではなく、登熟時の穎果でも重要な役割を果たすことがわかっており、本遺伝子の利用に際しては留意する必要がある(平成14年度関東東海北陸農業研究成果情報)。

[具体的データ]
図1 GUSレポーターアッセイによるOsSUT1遺伝子の発現特性の解析 図2 OsSUT1遺伝子破壊ヘテロ系統および野生型系統における葯内花粉数、成熟花粉率ならびに花粉発芽率の比較
表1 OsSUT1遺伝子破壊ヘテロ個体の後代分離
表2 OsSUT1遺伝子破壊系統と野生型系統との交配によるF1個体の遺伝子型

(廣瀬竜郎)

[その他]
研究課題名:イネの糖転流および糖・デンプン代謝の分子機構の解明
中課題整理番号:221c
予算区分:基盤
研究期間:2003〜2010年度
研究担当者:廣瀬竜郎、張 祖健(東大農)、宮尾安藝雄(生物研)、廣近洋彦(生物研)、 大杉 立(東大農)、寺尾富夫
発表論文等:Hirose T. et al. (2010) J. Exp. Bot. 61(13): 3639-3646

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