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白血病細胞には分化能があり、分化誘導因子の作用により単球、顆粒球、 赤血球、リンパ球等に分化誘導されることが知られている。多様な分化誘 導因子がin vitroにおいて白血病細胞の分化を誘導し、増殖を抑制するが、 それらの中にはレチノイン酸の様にin vivoでも効果を示し、臨床における 白血病の分化誘導療法への応用例のあるものもある1,2)。 白血病細胞の分化段階は形態及び分化マーカーである細胞表面抗原の発 現により評価されるが、個々の白血病細胞の分化は分化に伴い現れる各種 機能亢進によっても評価することができる。ここでは、代表的な細胞株と して、HL60細胞3)、U-937細胞4)、K-562細胞5)を用いた分化誘導因子の検 索法を紹介する。 1. HL60細胞の分化誘導作用の測定 HL60細胞は分化誘導因子の作用の違いにより、主に、単球、顆粒球ある いはマクロファージに分化誘導されることが知られている6)。これらの細 胞の分化段階の判定は、形態学的に評価する必要があるが、ここでは、簡 便な評価法として、単球及び顆粒球への分化指標であるNBT還元能、単球へ の分化指標であるα-naphtyl butyrate esterase活性の測定法及び核型の 識別に必要なギムザ染色法を示す。 準備 【器具】 15mlディスポーザブルチューブ 6well培養プレート マイクロピペット(滅菌チップ) 血球計算盤 メンブレンフィルター(孔径0.22μm、ミリポア等) 顕微鏡 スライドグラス カバーグラス 染色用チャンバー 【細胞、培地、試薬】 l. 分化誘導能の測定法 1-1. 細胞 HL60細胞はヒューマンサイエンス研究支資源バンク(TEL: 06-945-2869, FAX:06-945-2872)及び理研ジーンバンク(TEL: 048-462-1111, FAX:048-462-4609)より入手できる。 1-2. 培地 RPMI1640培地。10%ウシ胎児血清を加えて培養する。 1-3. 血清 ウシ胎児血清。ロットチェックして異常のみられないもの。水 浴中、57℃で30分間インキュベーションし、非動化してから用いる。 l-4. PBS(-)(滅菌)、DMSO(dimethylsulfoxide)あるいはエタノール 2. NBT還元能の測定法 2-1. NBT(nitro blue tetrazolium)溶液 0.2%NBT及び20%FBSを含むPBS。NBTは溶けにくいので、メンブレ ンフィルターで濾過してから用いる。 2-2. TPA(12-o-tetradecanoyl-13-acetate)stock solution 2x10 -4MTPAになるように、DMSOに溶解する。.80℃に保存する。 (TPAを扱う際は手袋をし、チップの取り扱いにも注意すること。) 3. α-naphtyl butyrate esterase活性の測定法 3-1. α-naphtyl butyrate esterase固定液 10%ホルマリン60%アセトン。 ホルマリン(ホルムアルデヒド37%) 10 ml、 アセトン 60 ml、 及び蒸留水 30 ml を混合して、4℃に保存する。 3-2. α-naphtyl butyrate esterase stock solution α-naphtyl butyrate esterase (Sigma) 50mgをEGME(ethylene glycol monomrthyl ether, Sigma) 2.5mlに溶解して密栓し、4℃ に保存する。 3-3. α-naphtyl butyrate esterase反応液(用時調整) Fast garnet GBC salt (Sigma) 15mgを1/15mol/1 phosphate buffer (pH6.4)10mlに溶解し、α-naphtyl butyrate esterase stock solution 100μlを添加して、よく混合する。 4. ギムザ染色法 4-1. ギムザ液 ギムザ原液(Merk社)を1/15molAリン酸緩衝液(pH6.7)で5%に希釈 する。攪拌して、液面に生じる泡を充分に除去した後、使用する。 操作の実際 1. 分化誘導能の測定法 1-1) HL60細胞を6wellプレートに5x10 4cells/mlになるように播種する。 1-2) 分化誘導能を測定するサンプルはPBSに溶解し、孔径0.22μmのフ ィルターで濾過する、または少量のDMSOあるいはエタノールに溶 解する。 1-3) 各wellにサンプルを添加し、C02インキュベーター内、95%湿度、 37℃の条件下で4〜5日間培養する。 1-4) 各wellの細胞浮遊液を15mlのチューブに入れ、約1200〜1500rpm で遠心して、細胞を回収する。 1-5) 回収した細胞について、細胞数、NBT還元能およびα-naphtyl butyrate esterase 活性の測定を行う。また、ギムザ染色して核 型の変化を観察する。 2. NBT還元能の測定法7) 2-1) 細胞を約1x10 6cells/mlになるようにRPMI1640培地に懸濁する。 2-2) 等量のNBT溶液を加える。 2-3) TPA(終濃度2x10-6M)を添加する。 2-4) 37℃で30分間インキュベーションする。 2-5) 1200rpmで5分間遠心し、NBTを含む上清を除去する。 2-6) 細胞をPBSに再懸濁し、青色のホルマザンを形成した細胞の割合 (%)を、血球計算盤を用いて顕微鏡下で測定する。 3. α-naphtyl butyrate esterase活性の測定法8) 3-1) 回収したHL60細胞に少量のPBSを加え、カバーグラス上に薄く広 げる。 3-2) 乾いたら固定液を滴下して、固定し、水洗して固定液を除く。 3-3) 6wellプレートの各wellに細胞を固定したカバーグラスを入れ、 反応液を加えて、室温で40分間反応させる。 3-4) 反応液を除き、カバーグラスを水洗して、顕微鏡下で観察する。 α-naphtyl butyrate esterase活性を示す細胞は茶褐色に染色さ れるので、染色された細胞の割合(%)を測定する。 4. ギムザ染色法9) 4-1) 細胞は少量のPBSに再懸濁し、スライドグラス上に薄く広げで乾 燥させる。 4-2) メタノールを滴下して固定し、水洗して固定液を除去する。 4-3) スライドグラスは染色用のチャンバーに入れ、ギムザ液で20-30 分間染色する。 4-4) ギムザ液は、流水で徐々に除去し、スライドグラスを充分に洗浄 する。 4-5) カバーグラスをして、顕微鏡下で核型を観察する。HL60細胞が顆 粒球に分化誘導された場合には、顆粒球に特徴的な核の分葉が観 察される。 2. U-937細胞のマクロファージヘの分化誘導作用の測定 U-937細胞はTPA、vitamin D3誘導体、レチノイン酸等の作用によりマ クロファージに分化誘導される。このとき、分化に伴い、細胞が接着・ 伸展してマクロファージ様に形態変化する他、細胞接着に関わる細胞表 面抗原CDllb及びCD36の発現量の増加、NBT還元能の上昇、貧食能の亢進 等が認められる。以下に細胞表面マーカーによる分化の評価法を示す。 準備 【器具】 15mlディスポーザブルチューブ 6well培養プレート 12x75mmディスポーザブルチューブ(フローサイトメーターで測定可能 なもの) マイクロピペット(滅菌チップ) 血球計算盤 メンブレンフィルター(孔径0.22μm、ミリポア等) 顕微鏡 スライドグラス カバーグラス 試験管ミキサー 保冷容器 【細胞(入手方法)、培地】 1(HL60細胞)と同じ。 【試薬】 3. 細胞表面抗原の測定法 3-1. 抗体 一次抗体(マウス抗ヒトCD11b(bear-1)抗体、マウス抗ヒトCD36 (SMO))。ニチレイ、Serotec等各種メーカーより入手できる。 二次抗体(Fluorescein isothiocyanate(FITC)結合ヤギ抗マウス IgG及びIgMF(ab')2フラグメント(Jackson Immunoresearch Laboratorice)等) 3-2. Buffer A 0.1%アジ化ナトリウム及び0.05%ヒトγグロブリン(あるいは 0.1%BSA、1%ブロックエース(大日本製薬)等のブロッキング剤。) を含むPBS(-)。 操作の実際 1. 分化誘導能の測定法 1(HL60細胞)と同じ。 2. NBT還元能の測定法 1(HL60細胞)と同じ。 3. 細胞表面抗原の測定法 3-1) 約2x10 5個の細胞を12x75mmディスポーザブルチューブに回収する。 3-2) Buffer Aを加えて、約1200rpmで5分間遠心して、細胞を洗浄する。 3-3) 上清を除去し、試験管ミキサーを用いて細胞を懸濁した後、50μl のBuffer Aを加える。 3-4) 一次抗体(マウス抗ヒトCD11bあるいはマウス抗ヒトCD36)を加える。 (各メーカーの推奨する濃度に基づき濃度を決める。) 3-5) 氷上30分インキュベーションする。 3-6) Buffer Aを加えて、約1200rpmで5分間遠心して、細胞を洗浄する。 3-7) 上清を除去し、細胞を懸濁した後、50μlのBuffer Aを加える。 3-8) 二次抗体(FITC結合ヤギ抗マウスIgG及びIgMF(ab')2フラグメント) を加える。 3-9) 氷上30分インキュベーションする。 3-10)Buffer Aを加えて、約1200rpmで5分間遠心して、細胞を洗浄する。 3-11)上清を除去し、細胞を懸濁した後、300μlのBuffer Aを加える。 3-12)フローサイトメーターで測定し、ヒストグラムにより分化に伴う 細胞表面抗原の発現量の変化を測定する。 3. K-562細胞の赤血球への分化誘導作用の測定 K-562細胞はヘミンやsodium butyrateの作用により赤血球への分化誘 導能を示し、ヘモグロビンの産生が認められるようになる10,11)。ここ では、ヘモグロビン産生細胞を染色するBenzidine染色法を示す。 準備 【器具】 15mlディスポーザブルチューブ 6well培養プレート マイクロピペット(滅菌チップ) 血球計算盤 メンブレンフィルター(孔径0.22μm、ミリポア等) 顕微鏡 スライドグラス カバーグラス 【細胞(入手方法)、培地】 1(HL60細胞)と同じ。 【試薬】 2. Benzidine染色法 2-1. ο-Dianisidine溶液 ο-Dianisidine lgを3.9% acetic acid 38mlに懸濁し、スター ラーで数時間攪拌して溶解した後、5,000gで10分間遠心して不溶 残査を除き、stock solutionとする。使用直前にこの溶液に30% hydorogenperoxideを1/10(v/v)になるように混合し、ο-Dianisidine 溶液とする。 操作の実際 1. 分化誘導能の測定法 1(HL60細胞)と同じ。 2. Benzidine染色法12) 2-1)K-562細胞の細胞懸濁液に、1/10(v/v)のo-dianisidine溶液を加え て、室温で30分間インキュベーションする。 2-2)顕微鏡下でο-dianisidineにより赤褐色に染色された細胞の割合 (%)を測定する。 参考文献 1) 白血病細胞の分化誘導療法−基礎から臨床へ、穂積本男、斉藤政樹、 永田和宏編著(中外医学社) (1990) 2) Castaigne,S., Chomienne,C., Daniel,MT., Ballerini,P., Berger, R, Fenaux,P. and Degos,L.:Blood, 76, 1704-1709 (1990) 3) Collins,S.J., Gallo,R.C. and Gallagher,RE.:Nature, 270, 347 -349 (1977) 4) Sundstrom,C. and Nillson,K:Int.J.Cancer, 17, 565-577 (1976) 5) Anderson,L.C., Jokinen, M. and Gahmberg,C.G.:Nature, 278, 364-665 (1979) 6) 木口薫:バイオマニュアルUPシリーズ 分子生物学研究のための培 養細胞実験法、黒木登志夫、許南浩、千田和宏編(羊土社)、201-209 (1995) 7) Collins,S.J., Ruscetti,F.W., Gallagher,RE. and Gallo,R.C.: J.Expt.Med, 149, 969-974 (1979) 8) 斉藤準一、高久定男、清水宏:月刊Medical Technology別冊 染色法 のすべて(医歯薬出版)、209-213 (1988) 9) 丹羽欣正:月刊Medical Technology別冊 染色法のすべて(医歯薬出 版)、200-202 (1988) 10) Hozumi,M.:Cancer Biol.Rev., 3, 153-211 (1982) 11) Rowley,P.T., O-Wilhrlm,B.M., Farley,B.A. and LaBella,S.:Expt. Hematol., 9, 32-37 (1981) 12) 江藤譲:新生化学実験講座7巻 増殖分化因子とその受容体、日本生 化学会編(東京化学同人)、30-36 (1991) (小堀真珠子)
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