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ラットは最もよく使われる実験動物である。ここでは我々が行っている 飼育実験のあらましについて記述する。 1. ラットの購入 ラットはSpregue-Dawley雄ラットを用いている。種々の系統のラットが 入手可能であるが、この系統のラットが世界的にみても最もポピュラーに 使われている。雌ラットは月経周期があり、代謝的に不安定なためデータ の信頼性に劣る理由から通常は使われない。我々は通常4〜5週齢で購入し ている。目的によっては成熟期、老齢期のラットを使用する必要があるが、 入手が困難であり、かなり前から実験計画を立て、前もって業者に予約発 注しておく必要がある。購入後、個別ケージに入れ、飼育室の環境に慣ら すために最低5〜7日間市販飼料(オリエンタル社製、NMFを使用している)で 予備飼育する。適宜、観察を行い異常の見られるラットは実験対象から除 外する。 2. 実験飼料の調製 飼育実験には通常由来の明らかな成分からなる純化食を用いる。実験結 果を他の実験者のデータと比較するためには標準的な飼料組成を選ぶ必要 がある。米国国立栄養研究所(American Institute of Nutrition, AIN)か ら発表された組成が世界各国で広く使われている。我々はAIN-76と呼ばれ る組成のものを若干修正して用いている。その組成についての詳細は1977年 のJournal of Nutritionに公表されている。より新しくはやはりAINによっ て1993年に公表されたAIN-93がある。これはAIN-76を改良したもので、か なりの研究室で使われ始めているが、我々は未だこれに切り換えていない。 両者でラットに与える代謝的影響がかなり異なる可能性があるため以前の データとの比較が難しくなるという理由からである。将来的にはこれに切 り換える計画で考えている。AIN-76とAIN-93の飼料組成について記述する。 AIN-93は成長期、妊娠期、授乳期のためのAIN-93G組成と成長期を過ぎた成 熟動物用のAIN-93M組成のものがある。 AIN-76組成(g/s) カゼイン 200 DL-メチオニン 3 コーンスターチ 150 ショ糖 500 セルロース 50 トウモロコシ油 50 AIN-76塩混合物 35 A[N-76ビタミン混合物 10 重酒石酸コリン 2 AIN-93G組成(g/s) AIN-93M組成(g/s) コーンスターチ 397.486 コーンスターチ 465.692 カゼイン 200.000 カゼイン 140.000 デキストリン化 132.000 デキストリン化 155.000 コーンスターチ コーンスターチ ショ糖 100.000 ショ糖 100.000 大豆油 70.000 大豆油 40.000 セルロース 50.000 セルロース 50.000 AIN-93G塩混合物 35.000 AIN-93M塩混合物 35.000 AIN-93Gビタミン混合物 10.000 AIN-93Mビタミン混合物 10.000 L-シスチン 3.000 L-シスチン 1.800 重酒石酸コリン 2.500 重酒石酸コリン 2.500 BHT 0.014 BHT 0.008 塩混合とビタミン混合はオリエンタル、日本農産工業などから入手で きる。AIN-93組成でのデキストリン化コーンスターチは日本では入手で きない。α-コーンスターチで代替している例が多いようである。 以上の組成を参考にして実験飼料を調製する。調製した飼料は冷蔵庫、 酸化されやすいような不安定なものが含まれている場合は冷凍庫に密閉 して保存する。 3. 実験飼料の投与とラットの飼育 購入、予備飼育したラットの体重を測定し、各試験群の平均体重が等 しくなるようにグループ分けし、飼料の投与を開始する。市販固形飼料 から粉末の実験食に切り替えると最初の3〜4日は個々のラットによって 摂食量が安定しない。数日から一週間など短期の飼育実験では基本粉末 飼料で予備飼育し、粉末飼料に慣れさておくことが必要である。我々は 通常2〜3週間の飼育期間を設けている。粉末飼料は安定ではないので、 2日分程度を一度に給餌している。魚油などの酸化されやすい成分を含む 飼料は毎日取り替える必要がある。摂食量を記録する。摂食量が異常に 少ないと思われる場合は、徹底的に原因を究明すること。 飼育期間終了後、ラットを屠殺する(我々はエーテル麻酔下、下部大動 脈より採血することにより屠殺している)。分析対象の臓器、血清などを 採取する。また、酵素活性測定用の細胞画分などの調製を行い、飼育を 終了する。 4. 実験計画とデータの解析 動物実験は個体差のためデータのばらつきが大きく、信頼性のある データを取得するためには各試験群の動物数をできる限り多くする必要 がある。実験の性質によっても異なるが、我々は通常一群7〜8匹を用い ている。データについては統計処理を行い、観察される変化が統計上有意 なものかを知る必要がある。詳細は成書にゆずるが一般的な流れは以下の ようなものである。 (1)観察されるデータが正規分布をしているかをまず確かめる(このた めにはBartlet's testやLevene's testなどがある)。正規分布が確認さ れれば次に進む。正規分布でないと判断された場合は数値を適当な方法 で変換し(通常対数変換が使われるがこれでだめであればさらにルート変換、 アークサイン変換などの方法がある)、このデータについて再び正規分布 であるかを確認する。 (2)ついで正規分布が確認された数値について分散分析を行う。通常 の実験計画(例えばA,B,C...の成分が配合された各飼料の効果を対照食と 比較する)の場合一元配置分散分析を用いるが、成分としてA,Bを用い、 さらにその添加量を1%と2%に変えたような場合は変化要因が二つとなり 二元配置分散分析を用いる必要があるので注意する。変化要因が3つにな るような複雑な実験(例えば2つの系統のラットを用い、A,Bの成分の効果 を、添加量を変化させて比較する)の統計処理については専門の統計書に もほとんど記載がなく、最後の統計処理のことまで頭に入れてこのような 実験計画を立てないほうが賢明である。(3)分散分析の結果、各群間に 有意な差があると判断された場合、初めて個別の群間の差が有意であるか の検定を行う。この差の検定には全体での数値のばらつきを考慮した pooled SEを用いた方法が使われる。対照群と試験群の2群しかない 実験では結果的に(2)=(3)となる。 参考文献 1) 細谷、印南、五島:小動物を用いる栄養実験、第一出版、東京(1980) 2) American Institute of Nutrition:J. Nutr., 107, 1340-1348 (1977) 3) Reeves, P. G., Nielsen, F. H., and Fahey, Jr. G. C.:J. Nutr. 123, 1939-1951 (1993) 4) Snedecor, G. W., and Cochran, W. G.:Statistical Methods, 8th Ed., Iowa State University Press, Ames, (1989) 5) 石井進:生物統計学入門、培風館、東京(1977) (井手隆)
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