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分光法による酵素活性の測定は簡便であり、種々の酵素に適用可能であ る。ここでは代表的な肝臓の脂肪酸合成系とβ酸化系酵素の活性測定法 について記述する。 1. 一般的な注意事項 (1) 酵素の安定性について:酵素の安定性については事前にチェックし ておくことが必要である。凍結により失活するもの、一度の凍結−融解 では活性変化がないが、再凍結-再融解により活性低下が起こるもの、 極めて安定なものと様々である。一般的に酵素源は小分けして凍結保存 し、測定の日に融解して使用し、再凍結-再融解を繰り返した酵素源は 使用しない方が安全である。 (2) 酵素源について:肝臓を細胞分画し、目的の酵素が濃縮されたフラ クションを使えばより精度の高い(ノイズが少ない)分析が可能である。 しかし、目的の酵素が特定のフラクションに100%回収されるとは限らな いので、食品の機能を調べるという観点からは問題が生ずる場合がある。 例えば、β酸化系が存在するミトコンドリアは約9,000xgの遠心分離によ り、かなり純度よく回収されるが、その回収率は高々20〜25%程度であ り、しかも回収率は栄養条件下で異なる場合がある。従って、このよう な場合には分析精度を犠牲にしても粗ホモジネートを酵素源として用い るべきである(500xg程度の低速遠心でもミトコンドリアのかなりの部分 は沈殿する)。それでも分画した酵素源でないと測定不能な場合もある。 その場合は、細胞画分の回収率について標識酵素によりチェックしてお くことが必要である。我々は標識酵素として、ミトコンドリアではグル タミン酸脱水素酵素、ミクロゾームではチトクロームC還元酵素、上清 画分では乳酸脱水素酵素を用いている。 2. 酵素源の調製(肝臓ホモジネートの調製と細胞分画) 準備 【装置・器具】 1. ポッターエルベジェム型ホモジナイーザー(モーターによる回転駆 動で使用する) 2. 冷却遠心分離機 3. 超遠心分離器 【試薬】 1. ホモジナイズ用緩衝液:0.25Mショ糖液-1mM EDTA-3mM トリス塩酸 (pH7.2) 操作の実際 1. ラットを屠殺後、肝臓を摘出し冷生理食塩水で洗浄する。 2. 濾紙により水分を吸い取り、肝臓の一部(約3g)を20mlのホモジナイ ズ用緩衝液でホモジナイズする。ホモジナイザーはクリアランスの小 さいものを使用すること。 3. ホモジネートを遠心チューブに移し、500xgで10分間(4℃)遠心する。 4. 上清を他の遠心チューブに移し、9,000xgで10分間(4℃)遠心する。 5. 沈殿はホモジナイズ用緩衝液に懸濁し、9,000xgで10分間の条件で洗 浄し(2回)、最終的に3mlのホモジナイズ用緩衝液に懸濁する (ミトコンドリア画分)。 小分けして冷凍保存(−20〜−30℃)。 6. 9,000xg上清は超遠心分離機により105,000xgで一時間遠心する。 上清画分を小分けして冷凍保存(−20〜−30℃)。 得られる沈殿がミクロゾーム画分である(ここでは測定に使用しない)。 3. 脂肪酸合成酵素活性の測定 アセチル-CoAとマロニル-CoAを基質とし、NADPHを電子供与体として飽 和脂肪酸を合成する酵素である。アセチル-CoA存在下においてのマロニル -CoA依存性のNADPHの減少速度で酵素活性を定量できる。融解-再凍結に よって活性低下が起こるので、冷凍保存した酵素源を測定当日融解使用 する。融解-再凍結を繰り返した酵素源は決して用いないこと。脂肪酸 合成酵素は105,000xgあるいは9,000xg上清画分に定量的に回収される。 超遠心上清でノイズが少なく測定できるが、OD直線性が5〜6で迷光の少 ない分光光度計を用いれば9,000xg上清画分で十分測定可能である。 準備 【反応液の最終組成:1ml】 0.1Mリン酸カリ緩衝液(pH7.0) 0.2mM EDTA 0.3mM NADPH 0.05mM アセチル-CoA 0.2mM マロニル-CoA 【試薬】 1. 0.2M リン酸カリ緩衝液(pH7.0) 2. 2.5mM アセチル-CoA 3. 10mM NADPH(測定当日調製する) 4. 10mM マロニル-CoA 注:アセチル-CoA、マロニル-CoAは微酸性溶液中(2mM塩酸に溶解、凍結 保存)で長期間安定である。 操作の実際 1. 測定用のキュウベツトに0.2Mリン酸カリ緩衝液(0.5ml)、アセチル -CoA(0.02ml)、NADPH(0.03ml)、酵素源(0.02〜0.1ml)を入れ、水を加 えて最終容量を0.98mlとする。 よく混ぜ、30℃に保温した恒温セルホ ルダーに装着する。 2. 340nmの波長でブランク反応をチェースする(ODは減少する)。記録計 のフルスケールはOD0.1〜0.2にセットする。 3. ブランク反応は内因性に含まれる基質のため、最初は速いが徐々に 減少し一定の値を示すようになる。 4. この時点でマロニル-CoA(0.02ml)を加え反応を開始する。反応は適 当時間(2〜3分間)チェースする。反応の直線部分を計算に用いる (ブランク反応を差し引いて最終値を算出)。分子吸光計数は 6,220M-lcm-1である。 4. グルコース-6リン酸脱水素酵素活性の測定 グルコース-6リン酸を基質とし、NADPをNADPHに還元するペントースリ ン酸経路に位置する酵素である。グルコース-6リン酸はグルコノ-δ- ラクトンリン酸に変換される。脂肪酸合成に必要なNADPHを供給する酵 素として、脂肪酸合成の制御酵素の一つである。グルコース-6リン酸依 存性のNADPHの産生速度として酵素活性を定量できる。実際の測定では 6-フォスフォグルコン酸脱水素酵素反応とカップリングさせるので 1モルのグルコース-6リン酸の消費により2モルのNADPHが生成する。融 解−再凍結に対して活性は比較的安定である。105,000xgあるいは 9,000xg上清画分を酵素源として活性を測定する。 準備 【反応液の最終組成:lml】 0.lM トリス-塩酸緩衝液(pH7.6) 30mM MgCl2 3.3mM グルコース-6リン酸 1.2mM NADP 0.5unit 6-フォスフォグルコン酸脱水素酵素 【試薬】 1. 0.32M トリス-塩酸緩衝液(pH7.6) 2. 66mMグルコース-6リン酸 3. 24mM NADP 4.20unit/ml6-フォスフォグルコン酸脱水素酵素 (市販の硫安懸濁液を水で希釈し調製する) 操作の実際 1. 測定用のキュウベットに0.32Mトリス-塩酸緩衝液(0.5ml)、 NADP(0.05ml)、6-フォスフォグルコン酸脱水素酵素(0.02ml)、 酵素源(0.01〜0.05ml)を入れ、水を加えて最終容量を0.95mlとする。 よく混ぜ、30℃に保温した恒温セルホルダーに装着する。 2. グルコース-6リン酸(0.05ml)を加え反応を開始する。 3. 340nmの波長で反応をチェースする(ODは増加する)。記録計のフルス ケールはOD1.0〜1.5にセットする。 4. 反応の直線部分を計算に用いる。分子吸光計数は6,220M-1cm-1であ る。得られた値は反応系に加えた6-フォスフォグルコン酸脱水素酵 素の活性を含んでいるので2で割り活性値を算出する。 5. カルニチンパルミトイル転移酵素活性の測定 ミトコンドリアのβ酸化系の代表的酵素である。ミトコンドリアには カルニチンパルミトイル転移酵素Iとカルニチンパルミトイル転移酵素 IIという2種類の酵素が存在する。転移酵素Iはミトコンドリア外膜に存 在しアシル-CoAをアシルカルニチンに転換する。転移酵素Iはミトコン ドリアを凍結することにより失活するのでラットを屠殺した当日新鮮な 酵素源を用い測定する必要がある(放射性同位元素を用いる測定法が必 要である)。転移酵素IIはミトコンドリア内膜に存在し、アシルカルニ チンをアシル-CoAに再転換する。転移酵素IIは比較的安定であり凍結- 融解した酵素源でも測定可能である。ここではカルニチンパルミトイル 転移酵素IIの測定法について述べる。カルニチン依存性にアシル-CoAか ら遊離するCoAをジチオニトロ安息香酸(DTNB)と反応させ、生じる黄色の 色素の生成を経時的に測定する逆反応により活性値を求める。ミトコン ドリア画分を用いると精度よく測定できるが、前述のようにミトコンドリ アの回収率に対する配慮が必要である。精度は落ちるが総ホモジネートで 活性を測定するとこのような問題を考える必要がない。 準備 【反応液の最終組成:1ml】 58mM トリス-塩酸緩衝液(pH8.0) 1.25mM EDTA 0.25mM DTNB 0.04mM パルミトイルーCoA 0.1% トリトンX-100 1.25mM l-カルニチン 【試薬】 1. 緩衝液:116mMトリス-塩酸緩衝液、2.5mM EDTA、0.2%トリトン X-100(pH8.0) 2. 1.25mM l-カルニチン 3. 2mM パルミトイル-CoA 4. 測定用緩衝液:測定当日に5μmolのDTNBを緩衝液(1)10mlにとかす。 操作の実際 1. 測定用のキュウベットに測定用緩衝液(0.5ml)、酵素源(0.005〜 0.01ml)を入れ、水を加えて最終容量を0.97mlとする。よく混ぜ、30℃ に保温した恒温セルホルダーに装着する。 2. 412nm波長でOD変化をチェースする。記録計のフルスケールは OD0.1〜0.2とする。酵素源に含まれるチオール化合物のためODは上昇する。 3. OD上昇が認められなくなった時点でパルミトイル-CoA溶液0.02mlを 添加する。再びODは上昇する。これはアシル-CoA水解酵素反応による ものである。このブランク反応の直線性を確認した後、カルニチン溶液 0.01mlを添加し反応を開始する。 4. 反応の直線部分を計算に用いる(ブランク反応を差し引いて最終値を 算出)。分子吸光計数は13600M-1cm-1である。 6. アシル-CoA酸化酵素活性の測定 ペルオキシゾームβ酸化系の初発酵素であり、アシル-CoAを酸化し、 二重結合を導入する。 酵素反応によって過酸化水素が生成するがこれをフェノール、4-アミノ アンチピリンとペルオキシダーゼによって紅色色素に導き反応を測定する。 比較的安定な酵素である。500xg上清画分に活性は定量的に回収されるの でこの画分を酵素源として用いる。高純度なべルオキシゾームを収率よく 分離するのはかなり困難である。 準備 【反応液の最終組成:1ml】 58mM リン酸カリ緩衝液(pH7.4) 10.6mM フェノール 0.82mM 4-アミノアンチピリン 10μM フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD) 4unit ペルオキシダーゼ(ホースラディシュ) 0.lmM パルミトイル-CoA 0.2mg 牛アルブミン(フラクションV、脂肪酸フリー) 【試薬】 1. 緩衝液:100mMリン酸カリ緩衝液、1.64mM 4-アミノアンチピリン、 21.2mMフェノール(pH7.4) 2. 1mM FAD(測定当日に調製、光によって分解するので遮光する) 3. 2mM パルミトイル-CoA 4. 測定用緩衝液:測定当日に4mgのアルブミンと80unitのペルオキ シダーゼ(凍結乾燥品)を緩衝液(1) 10mlにとかし、さらにFAD溶液を 0.1ml添加する。溶液は遮光するために褐色瓶中に調製する。 操作の実際 1. 測定用のキュウベットに測定用緩衝液(0.5ml)、酵素源(0.005〜 0.01ml)を入れ、水を加えて最終容量を0.95mlとする。よく混ぜ、 30℃に保温した恒温セルホルダーに装着する。 2. パルミトイル-CoA溶液0.05mlを添加し、反応を開始する。500nmの波 長でOD変化をチェースする。記録計のフルスケールはOD0.05〜0.1と する。 3. 最初ODは減少するが、徐々に増加に転じ直線的な上昇が観察される ようになる。ODが直線的に増加するのを確認し、3〜5分間反応を記 録する。 4. 反応の直線部分を計算に用いる。分子吸光計数は6,390M-1cm-1である。 参考文献 l) Kelly, D. S., Nelson, G. J., and Hunt, J. E.:Biochem. J., 235, 87-90 (1980) 2) Kelly, D. S. and Kletezein, R. F. :Biochem. J., 217, 543-549 (1984) 3) Markwell, M. A. K., McGroatry, E. J., Bieber, L. L., and Tolber, N. E.:J. Biol. Chem., 248, 3426-3432, (1973) 4) Hahimoto, T., Miyazawa, S., Gunarso, D., and Furuta, S.: J. Biochem., 90, 415-421 (1981) (井手隆)
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