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血液の流動特性は、循環の受動的因子として、特に微小循環において重 要になる。例えば、毛細血管、細小動静脈では、赤血球変形能、白血球粘 着能、血小板凝集能といった血液細胞の力学的特性が血液レオロジーを支 配する主要因子であり、それらの異常による微小循環障害は多くの疾患の 原因と病態を構成するものと推定される。 上記三因子の測定は基礎的にも臨床的にも極めて重要であるが、これま で提案されてきた多くの方法は、信頼性、再現性、定量性になお多くの課 題を残しているのが実際である。 菊池らは、半導体微細加工技術を用いて作製した微細流路のアレイ(マイ クロチャネルアレイ)を毛細血管ないし微小循環モデルとして用いる細胞マ イクロレオロジー測定装置MC-FAN(Micro Channel array Flow ANalyzer) を開発し、上記諸因子の計測において高い信頼性・再現性・定量性が得ら れることを示してきた。1〜4) しかしながら、各因子についての測定に加えて、それらの総合的な影響 を示す全血の流動性を測ることも極めて重要であると思われる。特に上記 諸因子のこれまでの研究で常に問題になってきたのは、試料調製法による 各因子の可変性が大きいことである。試料調製を行う前の全血の流れとそ の中での各血液細胞の挙動を見ておくことは、この試料調製の影響を検討 する上でも重要であろう。また、いうまでもなく、in vivoと最も対応性が 高いのは全血の流れである。 MC-FANは現在日立原町電子工業(株)とサンツリー機工の2社から受注生産 の形で市販されている。ここでは、MC-FANの使用を前提として、ヒト全血 流動性の測定の手技について述べる。 準備 【装置】 1. MC-FAN* 2. 超音波洗浄機(家庭用超音波洗浄機がMC-FANに付属) 3. テレビモニター(日立原町電子工業製MC-FANに付属) 4. ヘマトクリット遠心機(例えばKOKUSAN H-1200β) *MC-FANの購入・設置について まず、価格であるが、サンツリー機工製の機械で160万円前後、日立 原町電子工業製のいくつかのモデルで200万円から400万円前後である。 各モデルで基本機能に差はない。サンツリー機工製と日立原町電子工業製の 一番低価格のモデルではビデオカメラに家庭用のビデオカメラが使われている。 納期は1から2ケ月。設置スペースは実験台の1/4程度であるが、作業スペース を含めて実験台の1/2は必要。流しの近くにセットするのが便利。 連絡先:日立原町電子工業、Tel: 0294-55-7422、Fax: 0294-55-9645 エムシー研究所、Tel: 03-5651-0961、Fax : 03-3661-2103 【器具類】 1. 採血用ディスポシリンジ(5〜20ml)、ディスポ注射針(21Gx1.5") (もしくは真空採血管(5〜10ml)、真空採血管用採血針(21Gx1.5")) 2. 血液試料分注用マイクロピペット(500μl)、1.5mlマイクロスピッツ 3. 添加試料添加用マイクロピペット(5μl) 4. 血液試料注入用1mlディスポシリンジ、ディスポ注射針(23Gx1")、 ポリエチレンチューブ(SP45) 5. ヘマトクリツト測定用ヘマトクリツトチューブ、パテシール 6. シリコンチップ洗浄用ミニビーカー 【試薬類】 1. 血液凝固防止用ヘパリンNa溶液(1000単位/ml、例えばノボ・ヘパ リン注1000) 2. 生理食塩水 3. 消毒用エタノール(70〜80%エタノール) 4. 洗浄用エタノール、蒸留水、中性洗剤(ママレモンが良い) 操作の実際 【採血】 採血は有資格者が行わなければならない。また、被採血者からはイン フォームドコンセントを得る。アルコール綿で消毒後、肘静脈から採 血する。採血針は21Gが良い。 (抗凝固剤の選択) 流動性の測定では抗凝固剤の選択が重要である。我々はヘパリン1000 単位/ml溶液を血液に対して5%量用いている。毛細血管では、血液細胞 は壁に強く接触しながら流れる。そのため血液細胞の粘着性や凝集性が 流動性に大きく影響する。我々の毛細血管モデルでも同様である。 細胞の粘着や凝集にはCaイオンが必須である。EDTA採血やクエン酸採血 ではCaイオンがキレートされて抗凝固効果を発揮するが、同時に血液細 胞の粘着性・凝集性も著しく低下し、流れが極めて良くなる。その結果、 流動性の個人差も小さくなり、毛細血管モデルを用いて測定する意義が 減少してしまうことになる。この条件のヘパリン採血でも血液細胞の粘 着性や凝集性が小さい場合は、流れ方(通過時間)はEDTA採血やクエン酸 採血の場合と同程度になる。 (ヘパリン使用上の注意) 採血用ディスポシリンジ内に予め5%量になるようにヘパリン溶液を取っ ておく(例えば10ml採血の場合0.5ml)。真空採血管を用いる場合は抗凝 固剤が入ってない採血管に1mlディスポシリンジと23Gディスポ注射針を 用いてヘパリン溶液を5%量になるように入れておく。ヘパリン入り採血 管を用いる場合も、入っているヘパリン量だけでは不足なので、同様に ヘパリン溶液を5%量入れておく。この場合、採血後にヘパリン溶液を加 えると理由不明であるが血小板凝集が進み流動性が著しく低下する。 また、針でゴム栓を刺した後徐々に真空が漏れるので、真空採血管にヘ パリン溶液を入れる操作は採血直前に行う。 【測定】 (毛細血管モデルの選択) 毛細血管モデル(マイクロチャネルアレイシリコンチップ)としてサイ ズの異なるものがいくつか日立原町電子工業から市販されている。 5)全血測定用には巾7μm、長さ30μm、深さ4.5μm、8736本並列のマイ クロチャネルアレイ(商品名Bloody 6-7)が適している。 シリコンチップは蒸留水、エタノール、ママレモンの適当量の混合液 (目安1:1:0.3)中で超音波洗浄することにより繰り返し使用が可能 である。 (生理食塩水通過時間の測定) シリコンチップのホルダーへのセット等は装置のマニュアルを参照。 ホルダーに張った水(蒸留水)の中でシリコン基板がガラス基板に圧着 されることにより形成されるマイクロチャネルアレイ内に気泡がかむ ことが防がれていることに注意したい。蒸留水を生理食塩水に置換する 操作の最後で試料用シリンダーは生理食塩水で満たされる。そのドレイ ンを兼ねて生理食塩水100μlのマイクロチャネルアレイ通過時間を20cm 水柱差で測定する。その後で測定される全血100μlの通過時間をこの直 前に測定された生理食塩水通過時間を用いて補正する。それにより洗浄 時に汚れが残った場合でも正しい全血通過時間を得ることができる。 (全血試料の注入と通過時間の測定) 生理食塩水通過時間測定後ドレインを継続し、液面が試料用シリンダの 底部まで来たときにドレインを止める。完全にドレインすると次の血液 試料注入の際に気泡をかむことになるので注意が必要である。1mlディス ポシリンジに23Gのディスポ針を付け、さらに針先にポリエチレンチュー ブを10cm程度付けたものを用意し、全血試料を200〜300μl取り、ポリエ チレンチューブの先端をシリンダーの底まで入れて、残った生理食塩水を 押し上げるように血液試料を注入する。過剰に入った試料はシリンダ ー上端開口部からポリエチレンチューブを入れて、100μlの目盛りよ り1メモリ上の所まで抜き取る。それから全血100μlのマイクロチャネ ルアレイ通過時間を20cm水柱差で測定するが、今度は10μl毎の通過時 間(ラップタイム)も測定する。 (食品成分の影響のin vitro試験) 試料を生理食塩水で20倍希釈し、遠心分離により不溶固形成分を落と した後、上清5μlを血液試料500μlに加える。この操作により添加試 料は血液中に1/2000量加わることになる。血液量は体重の約8%である ので、60sの成人で約5lになる。したがって、1/2000量は2.5mlあるい は2.5gが血中に吸収された場合に相当する。添加後どの位の時間で測 定すれぱ良いのかは物質によって異なろう。10mlの採血量で500μlの 血液試料が20本得られる。その内2本をコントロールとすれば18試験区 を試験することができる。シリコンチップとホルダーを2セット用意し、 一方を洗浄しながら他方で測定すれば3〜5分間隔で測定を実施できる。 18試験区でも90分以内に測定を終えることができる。なお、コントロ ールは生理食塩水のみ5μlを加えれば厳密であるが、そのままでも実 際上差はない。 (食品成分の影響のin vivo試験) 採血・測定後、食品ないし食品成分を摂取してもらい、その後再度 採血して測定し変化を見る。摂取後採血までの時間は吸収時間等を 考えて決める。 【関連する測定】 血液試料のヘマトクリット、赤血球数、白血球数、血小板数や血漿総 蛋白質、A/G比、フィブリノーゲン、コレステロール、中性脂肪など を同時に測定しておくことが望ましい。これらの測定を全て研究室で 行うことは無理なので、臨床検査センターに出すことになる。これら の測定には別の採血試料例えばEDTA採血試料を用意した方が良いであ ろう。ヘパリン採血測定試料について最低限自分で行うべきものはヘ マトクリットの測定である。血液中の赤血球はすぐ沈降するので、良 く振ってからヘマトクリットチューブに試料を取る。 データの取りまとめ (全血通過時間の補正) まず、得られた全血通過時間を直前に測定した生理食塩水通過時間で 補正することが必要である。例えば、生理食塩水通過時間の基準値を 12秒とすれば、次式 (血液通過時間)x12秒/(生理食塩水通過時間) により補正値が得られる。途中のラップタイムについても同様である。 (全血通過時間の正常範囲) 上記のヘパリン採血および生理食塩水通過時間の基準値が12秒の場合、 男性が40秒から60秒、女性が30秒から50秒位である。自宅通学でな い男子大学生などでは生活特に食生活の不規則性と質のせいと思わ れるが著しい通過時間の延長が見られることが多い。 (チャネル閉塞の評価) 正常の場合、血液の流れは極めて円滑でチャネルの閉塞は見られない。 しかし、白血球の粘着能や血小板の凝集能が亢進している場合、チャ ネルの閉塞が生じ、血液通過時間は流れた量と共に著しく延長してく る。その場合は、横軸に時間、縦軸に通過量をとって流量曲線を描き、 チャネルの閉塞率や再開通率を求めることが必要である。4)これらは 白血球粘着能や血小板凝集能の良い指標になる。 参考文献 1) Kikuchi, Y., Sato, K., Ohki H and Kaneko T.:“Opttcally accessible microchannels formed in a smgle-crystal silicon substrate for studies of blood rheology.”Microvasc. Res. 44, 226-240, (1992) 2) Kikuchi, Y., Sato, K., and Mizuguchi, Y.:“Modified cell-flow microchannels in a single-crystal silicon substrate and flow behavior of blood cells.”Microvasc. Res. 47, 126-139 (1994) 3) Kikuchi Y., Da, Q-W., and Fujino, T.:“Variation in red blood cell deformability and possible consequences for oxygen transport to tissue.:“Microvasc. Res. 47, 222-231 (1994) 4) Kikuchi, Y. :“Effect of leukocytes and platelets on blood flow through a parallel array of microchannels:Micro- and macroflow relation and rheological measures of lenkocyte and platelet activities.”Microvasc. Res. 50, 288-300 (1995) 5) 菊池佑二、門馬正人、牧野鉄也、田村政孝:“細胞マイクロレオロ ジー測定装置MC-FAN” 細胞 30(7), 281-284 (1998) (菊池佑二)
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