農研機構 > 農業環境研究部門 > 夏季の農業気象(高温に関する指標)
2023年の世界の年平均気温は、産業革命以前の水準(1850~1900年の平均)より約1.45℃上回り、過去174年間で最も暑い年になりました13)。日本では2023年の年平均気温の基準値(1991~2020年の30年平均値)からの偏差が+1.29℃となり、過去の記録を大幅に更新しました4)。特に夏の気温は、ほぼ全国的に極めて高く、各地で農作物に大きな影響を与えました。ここでは、水稲の生育に影響を与える2023年夏季の農業気象の概況を整理しました。具体的には、猛暑日と熱帯夜、ならびに水稲の登熟期間の平均気温の地域的な特徴を示し、気象データに基づく穂温の推定結果についても紹介します。
1.1kmメッシュの気温分布6)(注1)を使用した解析によると、2023年の猛暑日(日最高気温35℃以上)の記録回数は、1978年以降の46年間で東日本が1番目、西日本が4番目の順位でした。また、熱帯夜(日最低気温25℃以上)の記録回数は、東日本、西日本とも1番目の順位となり、東日本を中心として過去に例を見ない記録的な猛暑となりました。
2.登熟前半の平均気温が26℃を超えると、品質の低下リスクが増加します。2023年は出穂日から20日間(登熟前半)の平均気温が26℃を超える地域が全国各地に分布し、北海道を除く標高が低い平坦地の広範囲で28℃以上の高温となりました。
3.穂温モデルを用いた解析から、九州など西日本の一部を除いた地域では、穂温が記録的に高く推移した可能性が示されました。7月後半~8月後半にかけての穂温は、北日本~東日本を中心に2018年8)の猛暑並み、あるいはそれ以上に高くなり、8月後半は東北、関東、北陸で、2010年の猛暑に匹敵、またはそれを超える高い穂温となったことが推定されました。
(注1) アメダス地点の日最高気温と日最低気温の定義は年代によって変化し、そのままでは長期の気候変動解析には利用できません。本解析では、時別の気温観測データを用いて各地点の日平均/日最高/日最低気温を算定し、それらのデータに基づき長期解析用の1kmメッシュの気温分布を算定しました。前年度までに公表した資料(「2013年夏季の農業気象」7)から「2022年度夏季の農業気象」10)まで)でも、同様な方法で作成した1kmメッシュの気温分布を利用しています。
2023年の猛暑日(日最高気温35℃以上)の記録回数は、1978年以降の46年間で東日本が1番目(過去最多)、西日本が4番目の順位でした(図1)。また熱帯夜(日最低気温25℃以上)の記録回数は、東日本、西日本とも1番目の順位となりました(図1)。猛暑日と熱帯夜の記録日数は過去46年間で増加傾向にあり、東日本ではいずれの回数とも、過去の記録を塗り替え、西日本でも熱帯夜の記録回数が過去最多となりました。2023年夏(6~8月)の平均気温は全国的に高く、1946年の統計開始以降、北・東日本で1位(平年差+3.0、+1.7℃)、西日本では1位タイ(平年差+0.9℃)の高温となりました3)。気候変動の監視地点(15地点)における平年値からの平均気温偏差は+1.76℃となり、これまでの最高値(2010年の+1.08℃)を大きく上回り、1898年以降で最も高くなりました3)。本年は日最高気温だけでなく、日最低気温も記録的に高くなった地点が多かったことが特徴です3)。8月10日にはフェーン現象の影響で新潟県の糸魚川で日最低気温が31.4℃となり、日最低気温の高い方からの歴代全国1位を更新しました3)。
次に猛暑日と熱帯夜の発生程度を表す日中と夜間の高温指標2)を用いて、気温分布の特徴を調べました(図2)。2023年は、埼玉県から群馬・栃木県南部にかけての関東内陸と、東海、近畿地方、北陸地方の平野部に猛暑日の発生程度が高い地域が見られました(図2)。関東内陸での猛暑日の発生頻度が高い地域の空間的な広がりは、近年の猛暑年である2018年8)に匹敵し、新潟県を中心とした北陸地方では、過去に例を見ないほど猛暑日の高発生頻度の地域が広がっていました(図2、図A1)。また熱帯夜の発生程度が高い地域は、北海道を除く全国の平野部に広く分布していました(図2)。北陸地方や東北地方の平野部での熱帯夜の発生頻度が高い地域の広がりは、これまでの猛暑年では見られなかった特徴です (図2、図A2)。
出穂日から20日間(登熟前半)の平均気温が26℃を超えると、水稲の白未熟粒の発生が増大し、品質の低下リスクが生じるとされています12)。2023年はそのような地域が全国各地に分布し、北海道を除く標高が低い平坦地の広範囲で、28℃以上の高温となりました(図3)。出穂日から 20日間の平均気温が 26℃を超える地域は、この期間の暑熱指数HD_m26が高い地域にほぼ対応し、平均気温が28℃を超える地域でのHD_m26は、概ね40℃×day 以上となっています(図3)。出穂日から20日間の平均気温と暑熱指数HD_m26が高い地域の分布は、近年で両者の指標が最も高かった2019年9)の分布パターンと類似していました(図A3、図A4)。加えてこの期間における2023年の高温やその広がりの程度は2019年9)をしのぎ、HD_m26が40℃×day以上の地域が、東北地方北部にまで広がっていました(図3)。なお、ここでの出穂日は農林水産省統計資料に基づき、作柄表示地帯別に与えています。
高温不稔は温暖化によって増加が懸念される水稲の高温障害の一つであり、出穂・開花時の穂温が高温になると高温不稔発生のリスクが増加します15)。2023年の推定穂温は7月後半から8月後半にかけて、九州など西日本の一部を除き、全国的に平年値より高く推移しました。7月後半(7/16-31)の推定穂温は、北海道、東北、関東、東海で、記録的高温だった2018年8)に匹敵する高温となりました(図4上段)。8月前半(8/1-15)になると、北日本~東日本を中心に2018年8)を超える高温となり、特に、東北と北陸で高い穂温となったと推定されました(図4中段)。8月後半(8/16-31)も顕著な高温が続き、特に東北、関東、北陸では、2010年の猛暑(北陸などで一等米比率の低下が問題となった年)に匹敵または2010年を超える高い穂温となったことが推定されました(図4下段)。
出穂日前後7日間と前後5日間の日中(10~15時)における平均穂温の推定値の分布を見ると、関東北東部、北陸、東北地方、東海地方と近畿以西の日本海側 (九州は除く) などに、33 ℃以上の高穂温の地域が認められます (図5)。北陸や東北地方などの比較的緯度が高い地域で平均穂温が高くなった2019年9)の分布パターンと類似していました (図5、図A5、図A6)。
2023年の日本列島の夏は緯度が高い地域ほど気温が平年値を大きく上回り、6~8月の平均気温の平年値からの偏差(平年差)は、沖縄・奄美が+0.1℃、西日本が+0.9℃、東日本が+1.7℃、北日本が+3.0℃となりました3)。地点別に見ると、高知(四国地方)で+0.3℃、館野(関東地方)で+2.2℃、新潟(北陸地方)で+2.3℃、秋田(東北地方)で+2.7℃の平年差となりました3)。
2023年6~9月の気温の推移を、平年値ならびに近年の猛暑年(2010、2018、2019年)と比較しました(図6)。2023年は6月から9月までの長期にわたって、平年より高い気温が継続したことが特徴です。特に8月は北日本や北陸地方を中心に顕著な高温となり、秋田(東北地方)と新潟(北陸地方)の8月の平均気温は、平年値をそれぞれ5.0℃、4.1℃も上回りました。近年、日本では夏に高温に見舞われる頻度が高くなっていますが、これまでは猛暑年でも6~9月の期間に気温が平年値を下回る時期があり、2023年は記録的な夏であったことが気温の季節内変化にも表れています。
1) Ishigooka Y., Fukui S., Hasegawa T., Kuwagata T., Nishimori M., and Kondo M. (2017) Large-scale evaluation of the effects of adaptation to climate change by shifting transplanting date on rice production and quality in Japan, J. Agric. Meteorol., 73(4): 156-173. https://doi.org/10.2480/agrmet.D-16-00024
2) Ishigooka Y., Kuwagata T., Mishimori M., Hasegawa T., and Ohno H. (2011) Spatial characterization of recent hot summers in Japan with agro-climatic indices related to rice production, J. Agric. Meteorol., 67(4): 209-224. https://doi.org/10.2480/agrmet.67.4.5
3) 気象庁 (2023) 夏 (6~8月) の天候. http://www.jma.go.jp/jma/press/2309/01b/tenko230608.html
4) 気象庁 (2024) 日本の年平均気温.https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html
5) Kuwagata T., Yoshimoto M., Ishigooka Y., Hasegawa T., Utsumi M., Nishimori M. Masaki Y., and Saito O. (2011) MeteoCrop DB: an agro-meteorological database coupled with crop models for studying climate change impacts on rice in Japan, J. Agric. Meteorol., 67(4): 297-306. https://doi.org/10.2480/agrmet.67.4.9
6) 清野 豁 (1993) アメダスデータのメッシュ化について.農業気象,48(4): 379-383.
7) 農業環境技術研究所 (2014) 2013年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2013.html
8) 農研機構 農業環境変動研究センター (2019) 2018年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2018.html
9) 農研機構 農業環境変動研究センター (2020) 2019年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2019.html
10) 農研機構 農業環境研究部門 (2023) 2022年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2022.html
11) 西森基貴, 石郷岡康史, 若月ひとみ, 桑形恒男, 長谷川利拡, 吉田ひろえ, 滝本貴弘, 近藤始彦 (2020) 作況基準筆データを用いた近年の日本のコメ品質に対する気候影響の統計解析. 生物と気象, 20: 1-8. https://doi.org/10.2480/cib.J-20-054
12) 森田 敏 (2008) イネの高温登熟障害の克服に向けて.日本作物学会紀事, 77(1): 1-12. https://doi.org/10.1626/jcs.77.1
13) The World Meteorological Organization(2024) WMO confirms that 2023 smashes global temperature record. https://wmo.int/news/media-centre/wmo-confirms-2023-smashes-global-temperature-record
14) Yoshimoto, M., Fukuoka M., Hasegawa T., Utsumi M., Ishigooka Y., and Kuwagata T. (2011) Integrated micrometeorology model for panicle and canopy temperature (IM2PACT) for rice heat stress studies under climate change, J. Agric. Meteorol., 67(4): 233-247. https://doi.org/10.2480/agrmet.67.4.8
15) Yoshimoto M., Sakai H., Ishigooka Y., Kuwagata T., Ishimaru T., Nakagawa H., Maruyama A., Ogiwara H., and Nagata K. (2021) Field survey on rice spikelet sterility in an extremely hot summer of 2018 in Japan, J. Agric. Meteorol., 77: 262-269. https://doi.org/10.2480/agrmet.D-21-00024
農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域
桑形恒男
石郷岡康史
吉本真由美
西森基貴
滝本貴弘
農研機構 農業環境研究部門
長谷川利拡
1978年以降の各年における夏季の高温指標に関する画像データ (PSファイル) を提供します。詳細はこちらをご覧ください。
2013年から2023年までの過去記事はこちらより参照できます
研究担当者:
農研機構 農業環境研究部門 エグゼクティブリサーチャー
長谷川利拡
thase@affrc.go.jp
広報担当者:
農研機構 農業環境研究部門 研究推進室 (兼本部広報部)
杉山 恵
niaes_kouhou@ml.affrc.go.jp
図1.日最高気温が35℃以上になった回数 (左図) と日最低気温が25℃以上になった回数 (右図) の年々変化(1978-2023年の過去46年間)
1981-2000年の20年平均値を100とした時の相対値。1kmメッシュの気温分布6)(長期の気候変動解析用(注1))に基づき算定。ここで、東日本は中部地方より東の地域に対応し、西日本は近畿地方より西の地域が対応する(ただし北海道と沖縄は含まず)。
図2.日中の高温指標 HD_x35 (℃×day) (上図) と夜間の高温指標 HD_n25 (℃×day) (下図) の分布(2023年)
2つの高温指標は次式で定義され3)、それぞれ猛暑日と熱帯夜の発生程度を表している。
HD_x35 (℃×day) = ∑[max(Tmax-35, 0)]
:日最高気温 Tmax が 35 ℃以上の日 (猛暑日) の気温超過量を毎日積算する。
HD_n25 (℃×day) = ∑[max(Tmin-25, 0)]
:日最低気温 Tmin が 25 ℃以上の日 (熱帯夜) の気温超過量を毎日積算する。
過去46年間における日中と夜間の高温指標の分布(1978~2023年)を、参考資料として図A1および図A2に示した。
図3.水稲の出穂日から20日間の平均気温 (上図) と暑熱指数 HD_m26 (℃×day) (下図) の分布(2023年)
1kmメッシュの気温分布6)(注1)に基づき算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
水稲の出穂日から20日間の暑熱指数 HD_m26 は次式で定義され1) 2)、この値がおよそ20(℃×day)を越えると、品質低下のリスクが増すことが示されている11)。
HD_m26 (℃×day) = ∑[max(T-26, 0)]
(出穂日から20日間の期間で、日平均気温Tが26℃以上の日の気温超過量を積算)
過去46年間における水稲の出穂日から20日間の平均気温と暑熱指数 HD_m26 の分布(1978~2023年)を、参考資料として図A3および図A4に示した。
図4.7月後半(7/16-31)、8月前半(8/1-15)ならびに 8月後半(8/16-31)における、全国各地の開花時刻(10~12時)の平均穂温の推定値の分布
出穂・開花期においては、10~12時は開花時刻にほぼ対応する。エラーバーは日々の標準偏差を示す。
2023年と2010、2018年の結果、ならびに1991-2020年の30年間の平均値。「モデル結合型作物気象データベース」 (MeteoCropDB)5)で提供される全国の気象台48地点の気象データと穂温モデル14)より算定。
図5.水稲の出穂日前後7日間(上図)ならびに出穂日前後5日間(下図)の日中(10~15時)における平均穂温 (℃) の推定値の分布(2023年)。
1kmメッシュの気象分布のデータと穂温モデル14)により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得。穂温の計算には1kmメッシュの気温分布6)(注1)以外にも、風速、日射量、相対湿度などの1kmメッシュの気象分布のデータが必要となる。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
これまでの現地調査によって、出穂日前後5日間の日中 (10~15時) の推定穂温は、高温不稔の発生率との関係性が高いことが確認されている15)。ここでは出穂日の地域的なばらつきを考慮して、出穂日前後7日間の日中(10~15時)の推定穂温の分布も掲載している。
過去45年間における水稲の出穂日前後7日間と出穂日前後5日間の日中(10~15時)における平均穂温 (℃) の推定値の分布(1978~2023年)を、参考資料として図A5および図A6に示した。
図6a.秋田(東北地方)における日平均/日最高/日最低気温(7日間移動平均)の季節内変化(6~9月)。
2023年に加えて、近年の猛暑年2010、2018、2019年ならびに日別平年値(1991~2020年)のデータも表示した。各地点のデータは、「モデル結合型作物気象データベース」(MeteoCropDB)5)より入手。日別平年値は気象庁ホームページ(https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/index.php、過去の気象データ検索)より入手。
図6b.新潟(北陸地方)における日平均/日最高/日最低気温(7日間移動平均)の季節内変化(6~9月)。
詳細は図6aと同様。
図6c.館野(関東地方)における日平均/日最高/日最低気温(7日間移動平均)の季節内変化(6~9月)。
詳細は図6aと同様。
図6d.高知(四国地方)における日平均/日最高/日最低気温(7日間移動平均)の季節内変化(6~9月)。
詳細は図6aと同様。
図A1.過去46年間における日中の高温指標 HD_x35 (℃×day) の分布(1978~2023年)
図A2.過去46年間における夜間の高温指標 HD_n25 (℃×day) の分布(1978~2023年)
図A3.過去46年間における水稲の出穂日から20日間の平均気温分布(1978~2023年)
出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
図A4.過去46年間における水稲の出穂日から20日間の暑熱指数 HD_m26 (℃×day) の分布(1978~2023年)
出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
図A5.過去46年間における水稲の出穂日前後7日間の日中(10~15時)における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (1978~2023年)
穂温モデル14)により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
図A6.過去46年間における水稲の出穂日前後5日間の日中(10~15時)における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (1978~2023年)
穂温モデル14)により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。