豚テシオウイルス性脳脊髄炎(porcine teschovirus encephalomyelitis)
1.原因
豚テシオウイルス(Picornaviridae, Teschovirus)、豚サペロウイルス(Picornaviridae, Sapelovirus)および豚エンテロウイルスB(Picornaviridae, Enterovirus)。各々プラス1本鎖のRNAウイルスでエンベロープを持たない。以前、本病の病原体は一括して豚エンテロウイルス血清型1-13として分類されていたが、近年の遺伝子解析の結果、血清型1-7および11-13はピコルナウイルス科テシオウイルス属の豚テシオウイルス A(PTV-A:血清型PTV-1〜PTV-11、現在はPTV-13まで)、血清型8は新たにピコルナウイルス科サペロウイルス属の豚サペロウイルスA(PSV-A)(前豚エンテロウイルスA, porcine enterovirus A)、血清型9および10はピコルナウイルス科エンテロウイルス属の豚エンテロウイルスG(PEV-G1、PEV-G2)として再分類された。本病は、かつてPTV血清型1の高病原性株が原因と考えられていたが、神経症状を示す豚の脳神経材料からPTVの他の血清型や、PSV-A、PEV-Gも分離されることから、本病の病原と診断に関する見解は国際的にも統一されていない。しかしながら旧豚エンテロウイルスの中で高病原性を示すもののほとんどがPTVへと再分類されたことをうけて、現在本症は国際的には豚テシオウイルス性脳脊髄炎(Porcine teschovirus encephalomyelitis)と呼ばれている。
2.疫学
PTVによる豚の脳脊髄炎は、テッシェン病として初めて報告された1928年以来、現在まで発生が続いており、ヨーロッパや北米の養豚界に多大な経済的損失を引き起こしている。PTV-A、PSV-A、PEV-Gは国内外に広く分布しており、健康な豚の扁桃や糞便から高率に分離される。豚以外の動物には病原性が認められていない。一般に病原性は弱く、一部の強毒株のみが、かつてヨーロッパでみられたようなテッシェン病やタルファン病などの神経疾患を起こすとされている。このような病気は最近ではほとんど発生しておらず、より穏やかな神経疾患が世界各地で報告されているのみで、総称して豚テシオウイルス性脳脊髄炎(豚テシオウイルス性脳脊髄炎)と呼ばれている。ウイルスは糞便とともに排出され、糞便とそれによる汚染器具、餌、資材などを介して同居豚へ経口・経鼻感染により伝播する。脳脊髄炎を呈する豚のみならず、腸炎や肺炎を呈する豚や、無症状豚からも多くのウイルスが分離されるため、発病期の豚の他、不顕性感染豚も感染源となりうる。ある血清型の株に感染しても、血清型の異なる株の感染を容易に受けるため、感染は持続しやすい。生後2〜3週間は、子豚は母豚から受け継いだ受動免疫によって各型のウイルスによる感染から守られている。大多数の豚は、移行抗体が完全に消失する以前に初感染を受けるために不顕性感染に終わり、発症する豚はきわめて稀な場合に限られる。野外で発症が認められるのは3〜4週齢の子豚で、ちょうど移行抗体の消失する時期と一致している。
3.臨床症状
運動失調や四肢の麻痺・硬直等の神経症状を主徴とする。2002年の富山県での発生例では、後躯麻痺を特徴とした。国内での発生においてはほとんどの場合、罹患率・致死率は低い。高い致死率を示した発生は、近年では2009年にハイチで報告されている。
4.病理学的変化
脳脊髄に肉眼病変は認められない。組織学的に、脊髄・脳幹部を中心とした非化膿性脳脊髄炎を特徴とする。病変は主に灰白質に主座し、重篤例では壊死性変化も伴う。脊髄神経節や脊髄神経根においても非化膿性炎がみられる。強毒株以外では大脳半球にほとんど病変が認められないか、あっても非常に軽度という特徴的な病変分布を示す。
5.病原学的検査
診断には神経症状を呈する豚の脳脊髄病変部位材料からのウイルス分離が不可欠となる。脳幹部・小脳・脊髄材料を用いたウイルス検査が推奨される。脳脊髄材料以外の扁桃、腸管などから分離されるウイルスは診断的に意味がない。臓器乳剤をCPK細胞およびHmLu-1細胞に接種後、5%炭酸ガス存在下で37℃7日間培養して細胞変性効果(CPE)の出現の有無を観察する。CPEが認められない場合、7日間間隔での盲継代を5回実施する。RT-PCRによる特異遺伝子の検出が簡便で、PTV-A、PSV-A、PEV-Gの鑑別も可能である。しかしながら、無症状豚からも遺伝子断片が検出される可能性が高く、PCR検査のみでの診断は避けるべきである。
6.抗体検査
ペア血清の有意な上昇(4倍以上)も補助診断として有効であるが、すでに豚が持続的に感染している場合には抗体価が上昇するとは限らない。
7.予防・治療
わが国にワクチンはなく、特別な治療法もない。時に耐化して自然治癒する豚もいる。
8.発生情報
9.参考情報
獣医感染症カラーアトラス第2版(文永堂)、動物の感染症第4版(近代出版)、家畜伝染病ハンドブック(朝倉書店)
編集:動物衛生研究部門
(令和3年12月 更新)