プレスリリース
(研究成果) 気候変動により、北海道の代表的産地で 高級ワイン用ブドウ「ピノ・ノワール」が栽培可能に

- 今後も道内で栽培拡大の見込み -

情報公開日:2017年10月26日 (木曜日)

ポイント

農研機構らの研究グループは、長期的な温暖化傾向と1998年頃に起きた気候シフト1)により、北海道内の代表的なワイン用ブドウ産地の後志(しりべし)地方の余市(よいち)町や空知(そらち)地方で、高級赤ワインの代表品種のピノ・ノワール2)の栽培が可能となったことを明らかにしました。道内ではさらに栽培の拡大が期待されます。

概要

harc20171026_press07_photo00北海道はワイン用ブドウが栽培できる気候的な北限と言われています。そのため、栽培できるワイン用ブドウ品種は寒冷地に適合する、ツバイゲルト、ケルナー等に限られ、高級赤ワイン用ブドウ品種であるピノ・ノワールの栽培は困難とされていました。しかし近年、北海道内の代表的なワイン産地でピノ・ノワールの栽培、およびこれを用いた質の良いワイン造りが可能になっています。農研機構と北海道を代表する複数のワイナリーなど関係機関は共同で、後志地方の余市町や空知地方でピノ・ノワールの栽培が可能となったのは、長期的な温暖化傾向と1998年頃に起きた気候シフトによること、また、池田町におけるビンテージチャート3)の評価からも1998年以降は良質なワイン用ブドウを生産できる傾向があることを明らかにしました。これらの結果は今後、北海道においてピノ・ノワールなどの高品質のワインの生産がさらに拡大する可能性を示すものです。

関連情報

予算 : 運営費交付金

その他

本資料は、道政記者クラブ、札幌市政記者クラブ、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。


詳細情報

背景と経緯

北海道農業は寒さ、すなわち長い冬(低温)や寒い夏(冷害)と闘ってきました。ワイン用ブドウも例外ではなく、北海道はその栽培の気候的な北限と呼ばれており、栽培できる品種は寒冷な気候に適合する清見、セイベル13053、ツバイゲルト、ミュラー・トゥルガウ、ケルナー等などの品種に限られていました。フランスのブルゴーニュを原産とする高級赤ワイン用ブドウ品種であるピノ・ノワールは、国際的にブランド力の高い品種であり、かつ比較的冷涼な気象条件を好むことから、北海道でも明治時代から着目され、試行錯誤しながら導入を試みてきましたが、20世紀末までに、導入の成功例はありませんでした。ところが、21世紀に入ると道産ピノ・ノワールによる赤ワイン栽培と醸造の成功例が広がっていきました。現在では、北海道のワイン用ブドウ栽培農家の中で今後、拡大したいブドウ品種の一番人気はピノ・ノワールで栽培面積が最も拡大しており、北海道のワイン生産推進の大きな原動力となっています。また、それに応じるように、1999年までは10ヶ所以下だった道内のワイナリー数は、2000年以降急増し、2017年8月末時点では33ヶ所(ブドウ以外を原料とするワイナリーを除く)となっています。

このピノ・ノワールが近年、栽培可能となった背景には温暖化も理由として考えられますが、その詳細は十分に解明されていませんでした。一方、農研機構の研究グループは、北半球における高層大気場と海水面温度を用いた統計解析から、1998年を境に北海道を含む北日本で気候シフトが生じたことを明らかにしています。そして、この1998年の境界年は、空知地方の三笠市でのピノ・ノワールによる最初の成功事例での栽培開始時期と一致します。そこで、現在の北海道のワイン生産の推進力となっているピノ・ノワールがなぜ、北海道で栽培可能となったかについて、1998年の気候シフトに着目して、解析しました。

内容・意義

1. 1998年の気候シフト以降、4-10月の期間の平均気温は、北海道を代表するワイン用ブドウ産地である後志地方の余市町や空知地方の三笠市において、14°C以上をほぼ安定的に上回っています(図1)。これは欧米の研究で指摘されていた世界のピノ・ノワール産地と呼ばれている地帯の温度帯(4-10月の期間の平均気温で14-16°C)(以下、適温域とする)と一致していました。

2. その他にピノ・ノワールが現在栽培されている上川地方の上富良野(かみふらの)町も、4-10月の期間の平均気温が1998年以降、14°C以上の適温域に入り、さらに2010年以降は、オホーツク地方の北見市や、石狩地方の札幌市藤野も栽培の適温域に入る傾向が見られました(図2)。

3. 現存する道内ワイナリーの中で最も歴史のある十勝地方の池田町は、現時点では4-10月の平均気温がピノ・ノワールの適温域である14°C以上に達していません。一方、新たにピノ・ノワールを含めワイン用ブドウ栽培に取り組み始めた同じ十勝地方の芽室町は、近年、4-10月の平均気温が14°C以上の年も現れはじめています(図2)。

4. また、十勝地方の池田町におけるビンテージチャートの評価から、1998年以降は良質なワイン用ブドウを生産できる傾向にあることも明らかになりました(図3)。北海道各地域における気象の違いは当然あるものの、各地域と北海道全体の気温の年々変動の傾向は同じとみなせるため、ここで示す結果は、北海道のブドウ産地では質の良いワイン生産ができる傾向が高くなっていることを示します。

今後の予定・期待

日本国内で生産されたブドウで醸造する「日本ワイン4)」の需要が国内外で高まっており、また酒類の地理的表示制度や産地表示の厳格化が進む中、ブドウ生産地では、質の高いワイン造りができる品質の良いブドウの生産を増やし、生産地のブランドイメージを向上させることがこれまで以上に重要となります。その一環として、後志地方や空知地方を中心とした北海道内の先進的な生産現場では、ピノ・ノワールよりもさらに栽培適温が高い、欧州系のブランド品種であるシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、メルロー等の栽培も図られています。

本成果で得られた結果から、道内においてピノ・ノワールの栽培可能地が今後も拡大し、さらに、生産できる品種の選択肢が増え、品種構成が多様化することで、作業適期を分散させることが可能となることも予想されます。その結果、道産ブドウによる高品質のワイン造りの拡大ばかりでなく、大規模化や気象リスクの回避に取り組むことも可能となり、道内のワイン用ブドウ農家の生産意欲をさらに高めると期待されます。

用語の解説

1) 気候シフト
気温や風などの気候要素が10年規模~数十年間隔で不連続的に変化すること。

2) ピノ・ノワール(右写真 山﨑ワイナリー産)
harc20171026_press07_photo01フランスのブルゴーニュを原産地とする赤ワインを造る代表的な品種の一つ。極上ワインを産み出すことから世界中で高級ワインを指向するワイナリーが挑戦しているが、冷涼で十分な日射量の気象条件と水はけの良い土壌条件を必要とし、また、病気になりやすく高温多湿条件は不適で、栽培が難しい品種とされている。国内のワイン産地として北海道を差別化する上でも重要な役割を果たしている。

3) ビンテージチャート
各年の気象条件やブドウの収穫状況、作柄の良し悪しなどからワインの品質評価を5段階で行ったもの。最も評価が高いグレートビンテージと言われる年を★★★★★(評価5)とし、最も評価が低いオフビンテージと言われる年を★(評価1)としている。

4) 日本ワイン
日本国内で生産されたブドウを100%使用して国内製造されたワインを「日本ワイン」と呼ぶ。一方、海外から輸入したブドウや濃縮果汁を使用して国内で製造されたワインを「国産ワイン」と呼んでおり、両者は明確に区別される。

発表論文

気候変動による北海道におけるワイン産地の確立―1998年以降のピノ・ノワールへの正の影響―農業気象学会誌「生物と気象」, 2017, 17, 34-45

著者 : 廣田知良1・山﨑太地2・安井美裕3・古川準三4・丹羽勝久5・根本学1・濱嵜孝弘1・下田星児1・菅野洋光6・西尾善太7
1
農研機構北海道農業研究センター、 2山﨑ワイナリー、 3池田町ブドウ・ブドウ酒研究所(十勝ワイン)、 4北海道ワイン株式会社、 5ズコーシャ総合科学研究所、 6農研機構農業環境変動研究センター、 7東京農業大学

参考図

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図1 北海道の後志地方余市町と空知地方三笠市のワイン用ブドウ畑の4-10月の平均気温の推移

気温は農研機構メッシュ農業気象データを利用 水色の縦線は1998年、赤色の2本の横線の間はピノ・ノワールの栽培適温域を示します。

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図2 北海道の上川地方上富良野町、オホーツク地方北見市、石狩地方札幌市藤野、十勝地方芽室町、十勝地方池田町の4-10月の平均気温の推移

水色の縦線は1998年および2010年、赤色の横線より上はピノ・ノワールの栽培適温域の下限値を示します。

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図3 北海道の夏季気温平年偏差(6-8月)と十勝地方池田町のワインビンテージ評価

水色の縦線は1998年、赤点線は平年差+1°Cを示します。