プレスリリース
(研究成果) 放射性セシウムを吸収しにくい水稲の開発に成功

- コメの放射性セシウム低減対策の新戦力 -

情報公開日:2017年5月31日 (水曜日)

農研機構
岩手生物工学研究センター

ポイント

  • イオンビーム照射による突然変異法1)により、放射性セシウム2)を吸収しにくいコシヒカリ(Cs低吸収コシヒカリ)の開発に成功しました。
  • Cs低吸収コシヒカリは、イネの耐塩性に関わるタンパク質リン酸化酵素遺伝子(OsSOS2)3)に変異が生じたことで、根のセシウム吸収が抑制されました。
  • この結果、Cs低吸収コシヒカリでは、コメの放射性セシウム濃度が半減しました。
  • Cs低吸収コシヒカリの利用は、コメの放射性セシウム濃度を長期にわたり低減させる技術として期待されます。

概要

  1. 農地土壌から作物への放射性セシウムの移行を低減するために、水稲では、カリ肥料の増肥(カリ増肥4))が効果的な対策として実施されています。一方、長期にわたって、省力的かつ低コストで行える新たな低減対策も生産現場から求められています。
  2. そこで農研機構は、イオンビーム照射による突然変異法により、放射性セシウムを吸収しにくいコシヒカリ(Cs低吸収コシヒカリ)を開発しました。Cs低吸収コシヒカリを、放射性セシウムを含む水田で栽培した場合、コメの放射性セシウム濃度はコシヒカリの半分に減少しました。
  3. Cs低吸収コシヒカリにおいて、コメの放射性セシウム濃度が低下したキー(鍵)となる遺伝子を岩手生物工学研究センターとの共同研究で特定しました。この遺伝子は、イネ根のナトリウム排出に関与するタンパク質リン酸化酵素遺伝子(OsSOS2;オーエスエスオーエスツー)が変異したものです。この変異が原因で、Cs低吸収コシヒカリは根のセシウム吸収がコシヒカリに比べて、抑制されていました。
  4. Cs低吸収コシヒカリの生育特性や収量はコシヒカリとほぼ同等で、コシヒカリと同じ方法で栽培できます。また食味もコシヒカリとほぼ同等です。
  5. セシウム吸収を抑制する遺伝子(OsSOS2の変異)を簡易に検出できるDNAマーカー5)を開発しました。このDNAマーカーの活用により、コシヒカリ以外の品種にも放射性セシウムを吸収しにくい性質を効率良く付与することができます。
  6. 本成果は英国科学雑誌「Scientific Reports」(2017年5月25日発行)のオンライン版に掲載されました。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト「農地等の放射性物質の除去・低減技術の開発-牧草・飼料作物における放射性物質移行低減対策技術の開発」(2012-2014)
運営費交付金(2015-2016)

開発の社会的背景と経緯

2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により、放射性セシウムによる農地土壌の汚染が発生しました。その後、農地土壌から作物への放射性セシウムの移行を抑制するために、除染作業による土壌の復元工事や、放射性セシウムの吸収抑制に効果の高いカリ肥料の施用(カリ増肥)などの対策が行われてきました。
特に、もともとカリウムの施肥量が少ない水田では、カリ増肥による放射性セシウムの吸収抑制効果が大きく、平成27年度以降、基準値(玄米の放射性セシウム濃度100Bq/kg)を超えないコメの生産が可能となりました。一方、長期にわたって、省力的かつ低コストで行える新たな放射性セシウムの低減技術も生産現場から求められています。
そこで農研機構を中心とする研究グループは、新たな放射性セシウム移行低減対策として、放射性セシウムを吸収しにくい水稲の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

  1. コシヒカリを元品種として、イオンビーム照射による突然変異法により、放射性セシウムを吸収しにくい「Cs低吸収コシヒカリ」を開発しました。
  2. 土壌中の放射性セシウム濃度が比較的高く(3,682 Bq/kg乾土)、放射性セシウム吸収が高まりやすい低カリ濃度条件(土壌の交換性カリ濃度:7.0mg K2O /100g乾土、図1のカリ施肥なし)において、Cs低吸収コシヒカリの玄米中の放射性セシウム濃度(134Csと137Csの合計)は約40Bq/kgと、コシヒカリにおける濃度の半分以下に抑制されました。さらにカリ施肥により、土壌の交換性カリ濃度を12mg K2O/100g乾土まで増加させる(図1のカリ施肥あり)と、Cs低吸収コシヒカリの玄米中の放射性セシウム濃度は20Bq/kgを下回りました(図1a)。稲わらの放射性セシウム濃度も玄米同様、Cs低吸収コシヒカリで低下していました(図1b)。
  3. Cs低吸収コシヒカリでは、根のセシウム吸収が抑制されていました。その吸収抑制の原因となる遺伝子を突き止めたところ、イネの耐塩性に関わるタンパク質リン酸化酵素遺伝子(OsSOS2)の変異であることがわかりました。OsSOS2は本来塩害などのナトリウム過剰条件で根からナトリウムの排出を促す役割を担う遺伝子です。この遺伝子の変異により、セシウムの輸送体と推定されるカリウムトランスポーター6)を制御する遺伝子の発現が影響を受け、根のセシウム吸収が抑制されたと考えられます(詳細は図2を参照)。
  4. 育成地における慣行栽培では、Cs低吸収コシヒカリの生育特性(出穂日、稈長、穂長、穂数)や収量はコシヒカリとほぼ同等でした(表1)。草姿(図3)や玄米形質(図4)も同等です。またCs低吸収コシヒカリの食味を調べたところ、コシヒカリとの間に有意な差はなく、良食味でした。
  5. セシウム吸収を抑制する遺伝子(OsSOS2の変異)を簡易に検出できるDNAマーカーを開発しました。このDNAマーカーを活用することで、Cs低吸収コシヒカリと同様の放射性セシウムを吸収しにくい性質を、コシヒカリ以外の品種にも効率良く導入することができます。

今後の予定・期待

Cs低吸収コシヒカリは品種登録出願の予定です。本技術はコメの放射性セシウム濃度が高まりやすい低カリ条件の水田で高い低減効果を発揮します。Cs低吸収コシヒカリの利用により、従来の栽培方法を変えずに、コメの放射性セシウム低減対策を長期にわたり実施可能になります。新たな低減技術として、これまで以上に安全なコメの提供に貢献できると期待されます。

用語の解説

1)イオンビーム照射による突然変異法
水素イオンや炭素イオンなどをサイクロトロンやシンクロトロンなどの加速器を使って高速に加速し、植物の種子や培養組織に照射することで、人為的に遺伝子に変異を与える方法。花などの品種改良に広く利用されています。私たちはこの方法によってカドミウムを吸収しない水稲品種「コシヒカリ環1号」の開発に成功しています(農業環境技術研究所:平成26年1月30日プレスリリース カドミウムをほとんど含まない水稲品種「コシヒカリ環1号」)。なお、本技術により得られる突然変異体は遺伝子組換えではありません。

2)セシウム
ナトリウムやカリウムと同じアルカリ金属に属します。セシウムの放射性同位体である137Csと134Csはウランの核分裂によって生成され、半減期が各々30.2年と2.06年。セシウムの安定同位体は133Csであり、生体内において放射性同位体と安定同位体は同じ挙動を示します。

3)タンパク質リン酸化酵素遺伝子(OsSOS2;オーエスエスオーエスツー)
植物の耐塩性を司るSOS(Salt Overly Sensitive)シグナル経路の構成因子の一つ。細胞内に多量のナトリウムが流入すると、タンパク質リン酸化酵素であるSOS2はカルシウムセンサータンパク質であるSOS3が結合することで活性化します。SOS2はプロトンとナトリウムイオンの対向輸送体(アンチポーター)であるSOS1をリン酸化することで活性化させ、ナトリウムを排出します(図2参照)。

4)カリ増肥(による低減対策)
玄米の放射性セシウム濃度を基準値以下(100Bq/kg)にするために、土壌のカリ含量が25mg K2O/100g 乾土以上になるよう通常施肥に上乗せしたカリ施用対策。カリ施用によって根からのセシウム吸収が抑制されます。カリはカリウムの酸化物(K2O)で、肥料や土壌のカリウム供給力の指標として使われます。

5)DNAマーカー
個体間のDNA塩基配列の違いを調べる目印。品種改良などに利用されます。

6)トランスポーター(膜輸送体)
生体膜を横切って無機イオンなどの物質の輸送を行う膜タンパク質。イネのカリウムトランスポーターとしてOsHAK1やOsAKT1等、多数の輸送体が見つかっています。シロイヌナズナの研究から、セシウムはカリウムトランスポーターを経由して根から吸収されることが明らかになっています。また水稲のセシウム吸収は、カリウムを与えることで抑制され、カリウムを欠乏させることで促進されるため、カリウムトランスポーターの関与が強く示唆されています。

発表論文

Satoru Ishikawa, Shimpei Hayashi, Tadashi Abe, Masato Igura, Masato Kuramata, Hachidai Tanikawa, Manaka Iino, Takashi Saito, Yuji Ono, Tetsuya Ishikawa, Shigeto Fujimura, Akitoshi Goto & Hiroki Takagi (2017) Low-cesium rice: mutation in OsSOS2 reduces radiocesium in rice grains. Scientific Reports, 7, 2432.
doi:10.1038/s41598-017-02243-9

論題:「低セシウム米:OsSOS2の変異はコメの放射性セシウム濃度を減らす」

著者:石川 覚1、林 晋平1、安部 匡1、井倉 将人1、倉俣 正人1、谷川 八大1、飯野 真心1、齋藤 隆2、小野 勇治2、石川 哲也1、藤村 恵人1、後藤 明俊1、高木 宏樹3

所属:農研機構1、福島県農業総合センター2、公益財団法人 岩手生物工学研究センター(現石川県立大学)3

参考図

図1
図1 玄米(a)と稲わら(b)の放射性セシウム濃度
セシウム吸収が高まりやすい低カリ条件の水田では、カリ施肥の有無にかかわらず、玄米と稲わらの放射性セシウム濃度はコシヒカリに対して、Cs低吸収コシヒカリで低減していました。
(栽培試験の協力機関:福島県農業総合センター)

図2
図2 Cs低吸収コシヒカリにおけるCs吸収抑制の推定モデル
SOS1: Na+/H+ アンチポーター、SOS2:タンパク質リン酸化酵素、SOS3:カルシウム結合タンパク質、HKT2;1:Na+トランスポーター、HAK, AKT1: K+トランスポーター
セシウム吸収が高まりやすい低カリ濃度の水田において、イネはカリウムイオン(K+)の代わりにナトリウムイオン(Na+)をNa+トランスポーター(HKT2;1)を経由してよく吸収するようになります(1)。コシヒカリの場合、過剰のNa+はSOSシグナル経路(SOS3→SOS2→SOS1、用語解説2)参照)を通して細胞外に排出されます。一方、Cs低吸収コシヒカリの場合、SOS2が機能していないため、Na+はSOSシグナル経路を通して細胞外に排出されず(2)、根の細胞内のNa+濃度は高まりやすくなります。Na+濃度の上昇は、Cs+の輸送体と推定されるK+トランスポーター(HAKやAKT1など)を制御する遺伝子の発現を低下させます(3)。Cs低吸収コシヒカリでは、K+トランスポーター遺伝子の発現が低下したことで、根のCs+吸収が抑制されます。

表1 育成地(茨城県つくば市)における慣行栽培での生育特性と収量
表1

図3_草姿の比較、図4_玄米の外観形質

お問い合わせ

研究推進責任者
農研機構農業環境変動研究センター 所長渡邊朋也

研究担当者
同上 有害化学物質研究領域 作物リスク低減ユニット長石川 覚

広報担当者
同上 企画管理部 企画連携室 広報プランナー大浦典子
取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ(メールフォーム)