プレスリリース
DNAマーカー選抜で育成したわが国初のトビイロウンカ抵抗性水稲品種「関東BPH1号」

情報公開日:2007年10月 3日 (水曜日)

要約

作物研究所と九州沖縄農業研究センターは、西日本で被害の大きなトビイロウンカに抵抗性の水稲品種「関東BPH1号」を育成しました。 本品種は、野生稲O.officinalisに由来するトビイロウンカ抵抗性遺伝子を、西日本の主力品種「ヒノヒカリ」に戻し交配し、DNAマーカー選抜を繰り返して導入した品種です。実用的な品種としてはわが国初のトビイロウンカ抵抗性品種です。 本品種の作付けにより、減農薬栽培によるトビイロウンカの被害軽減が期待できます。

本研究は、農林水産省プロジェクト研究「食料供給力向上のためのグリーンテクノ計画」予算で実施されました。


詳細情報

背景とねらい

トビイロウンカは温暖地・暖地の水稲栽培に大きな被害をもたらします。平成17年にはアジア大陸からの飛来数が多くなり、 甚大な被害がもたらされました(被害見込金額:52億円)。今年度も被害が懸念されています。 現在、トビイロウンカの防除は殺虫剤を散布していますが、農薬の低投入・低コスト生産および環境負荷の軽減のためには、 遺伝的にトビイロウンカに抵抗性の品種を育成することが必要です。

わが国では、1970年代からトビイロウンカ抵抗性品種の育成を行なってきましたが、抵抗性遺伝子bph1bph2 をもった育成系統が、 これらを侵すバイオタイプの飛来により、実用化前の1990年代に抵抗性を示さなくなってきました。そのため、 新たな抵抗性遺伝子の探索と導入が必要になりました。1980年代から国際稲研究所では野生稲から抵抗性遺伝子を導入した系統を育成していましたが、 これらの抵抗性遺伝子は未知のままでした。そこで我々はDNAマーカーを用いて、このうちの一つの抵抗性遺伝子が第3染色体上の長腕末端にあることを特定し、 この新規遺伝子をbph11 と命名しました。さらに、bph11 の近傍に選抜用マーカーを開発するとともに、そのマーカーを用いて、 西日本で広く栽培されている良食味品種「ヒノヒカリ」と同等の農業形質を有するトビイロウンカ抵抗性品種を育成しました。

成果の内容・特徴

  • 「関東BPH1号」は、野生稲O.officinalis からトビイロウンカ抵抗性遺伝子bph11 を導入したインド型品種IR54742と「ヒノヒカリ」を交配親に用い、 戻し交配とDNAマーカー選抜により育成しました。第3染色体の抵抗性遺伝子bph11 を含むわずかな領域だけがIR54742のゲノムで、 全ゲノムの99.8%がヒノヒカリ型となった同質遺伝子系統です(図1)。
  • トビイロウンカに対して抵抗性を示します(写真1、図2)。
  • その他の主要な栽培特性や品質特性については、「ヒノヒカリ」と同等です(写真2、表1、表2、表3)。
  • 栽培適地は、「ヒノヒカリ」同様、温暖地西部の平坦地および暖地の全域です。

品種名の由来

作物研究所(関東)で育成されたトビイロウンカ(Brown Plant Hopper)抵抗性の第1号の品種。

図1.関東BPH1号の染色体地図
図1.関東BPH1号の染色体地図
注)□はヒノヒカリ、■はIR54742の染色体領域を示す。全ゲノムをカバーする205のRFLPマーカーとbph11(t)近傍の9つのSSRマーカーの多型情報に基づく。 全ゲノムの99.8%がヒノヒカリ型と見られる。

写真1.トビイロウンカ無防除栽培試験圃場
写真1.トビイロウンカ無防除栽培試験圃場
(佐賀県農業試験研究センター広田氏提供、平成17年)

トビイロウンカが増殖して中心部から、周辺部へ被害が拡大しているのがよくわかる。
関東BPH1号は被害にあっていない。

図2.関東BPH1号の圃場でのトビイロウンカ増殖性試験
図2.関東BPH1号の圃場でのトビイロウンカ増殖性試験

写真2 関東BPH1号の圃場における草姿

表1 生瀬特性

用語説明

トビイロウンカ
イネの最も重要な吸汁性の害虫で、イネの茎葉から養分を吸汁する。古くはこの虫の大発生によって飢饉がもたらされたと言われています。 その名が示すように鳶(とび)色、すなわち茶褐色をした小さな半翅目の昆虫です。また、秋ウンカとも呼ばれ、夏の終わりから秋に被害をもたらします。 毎年梅雨期に中国から東シナ海を渡ってきます。日本では越冬しませんが、1世代1か月で、3~4世代で大量に増殖して、秋に被害をもたらします。 熱帯地方では、同一の抵抗性品種を周年栽培すると、同じトビイロウンカの中に抵抗性を侵害するバイオタイプ(生物型)が生じます。

戻し交配
A品種(一回親)にB品種(反復親)を交配し、さらにその子供にまたB品種を交配するというように、B品種を繰り返し交配することです。 そうすることで、一回親の持つ優れた一部の特性を持ち、それ以外の性質はB品種と同じ品種(同質遺伝子系統)を育種するのに用います。 いもち病に強い「コシヒカリBL」品種群が戻し交配で育成された代表的品種です。

DNAマーカー選抜
遺伝子の本体であるDNAは、品種によって配列が異なる場合があり、その品種の識別する目印(マーカー)として利用できます。 DNAマーカーを用いて目的の性質を持つ個体を選んだり、染色体がどちらの親の形になっているかを調べながら育種を行うのがDNAマーカー選抜です。 上記の戻し交配を行う際にDNAマーカー選抜を行えば、どちらの両親のゲノム領域をどこにどのくらい持つかが分かるため、 一回親の遺伝子を含むゲノム領域ができるだけ小さく他の領域が反復親型になった個体を効率よく選抜することができます。