プレスリリース
DNAマーカー選抜技術により高度病害虫抵抗性ダイズ新品種の開発を加速化

情報公開日:2006年8月10日 (木曜日)

要約

今回、ダイズの主要な病虫害であるダイズシストセンチュウ、ハスモンヨトウ、ジャガイモヒゲナガアブラムシやダイズモザイクウイルスのそれぞれに対する抵抗性を容易に判別できる実用的なDNAマーカーを開発しました。この成果は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構が推進する農林水産省委託プロジェクト研究「有用遺伝子活用のための植物(イネ)・動物ゲノム研究―DNAマーカーによる効率的な新品種育成システムの開発」(略称、「DNAマーカー」プロジェクト)のダイズチームにより、新しい育種手法であるDNAマーカー選抜技術を利用して得られたものです。

今後、これらのマーカーを目印にして、いろいろな病虫害に対して抵抗性のダイズ品種を短期間で開発することができると期待されます。

ダイズ栽培では地域や栽培法によって様々な病害虫の攻撃にさらされます。特に、ダイズシストセンチュウ、ハスモンヨトウ、ジャガイモヒゲナガアブラムシやダイズモザイクウイルスに対して、既存のほとんどの品種は抵抗性が不十分なため、収量や品質の著しい低下をこうむってきました。

病虫害抵抗性のダイズ品種を育成するためには、従来から、害虫の食害や発病程度の観察を通して、被害の少ないダイズを選んで行く育種方法が行われています。しかし、その年の天候等によって病害虫の発生が不安定なため、抵抗性の評価に長い年月と多くの労力がかかるなどの問題があります。国産ダイズの安定生産のために、病害虫への抵抗性品種の開発が強く要望されており、新しい育種方法を用いた育種の加速が望まれています。

近年の分子遺伝学の発達により、新しい抵抗性品種を育種する方法として、染色体上の特定の遺伝子配列を目印(DNAマーカー*)にして、発病程度を見なくとも、実験室内でダイズ個体のDNAを分析するだけで抵抗性遺伝子の有無を推定し、抵抗性のダイズを選抜することが可能となりました。

ダイズシストセンチュウ抵抗性では4つの抵抗性遺伝子(rhg1、rhg2、rhg3、Rhg4)、ハスモンヨトウ抵抗性では2つの遺伝子(qCCW-1、qCCW-2)、ジャガイモヒゲナガアブラムシ抵抗性では1つの遺伝子(Raso1)、ダイズモザイクウイルス抵抗性では3つの遺伝子(RsvB、RsvC、RsvD)について、それぞれに目印となるDNAマーカーを設定することに成功しました。

これからのダイズ育種では、これらのマーカーを目印にして、いろいろな病害に対して抵抗性のダイズ品種を短期間で開発することができると期待されます。戻し交配育種では3年程度育成期間を短縮することが可能で、検定圃場の使用面積は十分の一以下になります。

*DNAマーカー

同じ生物種であっても多数の個体を比べるとゲノム中の塩基配列中の特定部分に違いが存在する。この塩基の違いを検出する標識(マーカー)のこと。


詳細情報

「DNAマーカー選抜技術による高度病害虫抵抗性ダイズ新品種開発の加速」について

「有用遺伝子活用のための植物(イネ)・動物ゲノム研究―DNAマーカーによる効率的な新品種育成システムの開発」プロジェクトでダイズのDNAマーカー研究を担当するダイズチームには、北海道農業研究センター、九州沖縄農業研究センター、東北農業研究センンターなどの農研機構の研究チームに加えて、北海道立中央農業試験場や北海道立十勝農業試験場、千葉大学などのダイズ研究者も加わって研究を進めました。その結果、ダイズの重要な病害虫であるダイズシストセンチュウ、ハスモンヨトウ、ジャガイモヒゲナガアブラムシおよびダイズモザイクウイルスに対する抵抗性を選抜するためのDNAマーカーを開発することに成功しました。こうしたDNAマーカーを指標とすることによって早い世代に高精度で選抜できることから、農業現場で求められている高度病害虫抵抗性ダイズ品種の早期育成が可能になります。これにより、安定生産と減農薬栽培が可能となり、生産コストの低減とともに 国産大豆の安心安全の信頼向上に大きく貢献することが期待されます。

研究の背景

ダイズ栽培では地域や栽培法によって様々な病害虫の攻撃にさらされます。今回DNAマーカー選抜が可能になったダイズシストセンチュウ、ハスモンヨトウ、ジャガイモヒゲナガアブラムシやダイズモザイクウイルスに対して、ほとんどの在来品種は抵抗性が不十分なため、収量や品質の著しい低下をこうむってきました(図1)。しかし、長年にわたる広範な探索の結果、抵抗性を示すダイズ(遺伝資源)が見つけ出され、実用品種への利用が進められました(図2)。ところが、このような遺伝資源は現代の栽培品種と比較して栽培特性や品質などの農業上重要な形質が不良であることが多く、抵抗性の導入に付随して持ち込まれるこれらの不良形質の除去に多大な労力が必要でした。さらに、病害虫の発生が天候等により不安定なため、抵抗性の評価に何年もかかることがありました。そのため、抵抗性を遺伝形質として解析し、抵抗性遺伝子に近接する特定の遺伝子配列を判別し、それを目印(DNAマーカー)として、耐病・耐虫性をもったダイズを選抜するシステム(マーカー選抜育種)の構築を開始しました。

研究の内容

ダイズは20対の染色体を持っており、それぞれの染色体に熟期や耐冷性、冠水抵抗性、病虫害抵抗性といった農業上重要な遺伝子が含まれています。これらの遺伝子の本体はほとんどわかっていませんが、隣接するDNAマーカーとの関係を調べることにより、圃場で栽培しなくとも有用な遺伝子をもったダイズを高精度で選び出すことができます。

この研究では、最初に病害虫抵抗性のダイズと抵抗性を持たないダイズを交配しました。次に、雑種後代の系統を用いて、抵抗性や感受性の発現と一致して分離するDNAマーカーを探しました。このような解析を繰り返すことによって、各遺伝資源のダイズが持っている抵抗性遺伝子に近接したDNAマーカーを特定することができました(図3)。ダイズシストセンチュウ抵抗性では4つの遺伝子(rhg1、rhg2、rhg3、Rhg4)、ハスモンヨトウ抵抗性では2つの遺伝子(qCCW-1、qCCW-2)、そしてジャガイモヒゲナガアブラムシ抵抗性では1つの遺伝子(Raso1)へのDNAマーカーを特定することに成功しました。一方、ダイズモザイクウイルス抵抗性に作用している3つの遺伝子(RsvB、RsvC、RsvD)へのDNAマーカーを特定しました。こうしたDNAマーカーを利用して、遺伝資源が持っている病害虫抵抗性遺伝子を農業形質や種子品質に優れたダイズに迅速に導入することが可能となりました(図4)。すでに、DNAマーカーを利用した選抜により抵抗性ダイズの開発も進んでいます (図5と図6)。

今後の展開

今後は病害虫抵抗性に加え、機械化適性や加工適性、耐湿性などのストレス耐性等に関わる形質のDNAマーカーを特定し、農家や消費者が求める品種の育成を迅速化していく必要があります。一方で、イネのように全ゲノム解析が終了した作物と比べるとダイズのゲノム情報はほとんどありません。そのため、抵抗性などの有用形質を選抜するためのDNAマーカーが不足しています。現在使用しているDNAマーカーも間隔が空いているため、より有用遺伝子に近接したDNAマーカーを開発し、確実に抵抗性を選抜できるようにしなくてはなりません。

用語解説

SSRマーカー
DNAマーカーの一種。ゲノム中にはCTやATTなど2~3個の塩基が単位となって繰り返されている部分が存在しており、その部分をSSR(Simple Sequence Repeat、単純配列反復)と呼ぶ。SSRの繰り返し数には品種間差があるため、その違いを標識(マーカー)として利用する。

RIL(組換え自殖系統)
Recombinant Inbred Line (組換え自殖系統)の略称。1回の交配から得られた種子を自殖すると次代は様々な形質が分かれて出てくる。この分離世代を個体別に何代も自殖させ養成した系統のこと。系統によって両親どちらかに由来する形質が異なる組合せで固定される。そのため、各系統のゲノム領域の差異をDNAマーカーで解析し、形質と関連づけることに利用される。

戻し交配
交配に用いた片親を再度交配することをいう。図4では栽培特性に優れた品種あるいは系統(P1)に遺伝資源(P2)が持つ病害虫抵抗性を導入するために、P1を戻し交配している。DNAマーカーを標識として抵抗性遺伝子を含む領域を導入することによって、栽培特性に優れたP1の性質をほぼそのままに、抵抗性の付与が期待できる。

図1 ダイズの重要な病害虫

図2 病害虫抵抗性のダイズ遺伝資源

図3 病害虫抵抗性遺伝子座と近接したマーカーの同定(その1)

図3 病害虫抵抗性遺伝子座と近接したマーカーの同定(その2)

図4 マーカー選抜を用いた戻し交配による病害虫抵抗性遺伝子の導入

図5 DNAマーカー選抜によるハスモンヨトウ抵抗性を導入した系統の育成

図6 DNAマーカー選抜によるダイズシストセンチュウ抵抗性を導入した系統の育成