プレスリリース
畜産排水の脱色・リン回収・消毒を同時に行う技術を開発

情報公開日:2012年6月 6日 (水曜日)

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 畜産草地研究所
千葉県畜産総合研究センター
太平洋セメント株式会社
小野田化学工業株式会社

ポイント

  • ケイ酸と消石灰から製造した資材(非晶質ケイ酸カルシウム水和物)を利用した新しい畜産排水の高度処理システムを開発。
  • 畜産排水の着色、リンを除去。回収物はリン酸肥料として活用。
  • 排水中病原性微生物の指標となる大腸菌群を99%以上除去。

概要

農研機構 畜産草地研究所、千葉県畜産総合研究センター、太平洋セメント株式会社、小野田化学工業株式会社は、畜舎汚水処理で従来から問題となっていた浄化処理水の着色を除去すると同時に、病原性微生物の指標となる大腸菌群を99%以上除去し、さらに排水中のリンを回収して肥料として利用できる技術を開発しました。

この技術は、新規に開発したケイ酸と消石灰からなる非晶質ケイ酸カルシウム水和物を用いており、畜産分野での汚水処理の高度化、肥料資源の回収・活用に寄与します。

関連情報

予算: 農研機構広報連携促進費(現地実証等促進費)
特許: 特願2010‐232433、特願2012‐070682


詳細情報

開発の社会的背景

畜舎汚水処理技術の分野では、水質規制、近隣住民からの浄化処理水の着色苦情などへの対応を迫られている畜産農家が多く、衛生対策も重要です。さらに、農業全体の将来に係る課題としてリン資源の循環利用を促進する必要があります。本技術はこれらの多面的な要請に同時に対応するものです。

開発の経緯

下水処理分野で開発されたリン回収用資材を、畜産分野での多目的な利用に適するように改良しました(特願2010-232433)(図1)。この資材を利用し、色度低減、消毒、リン除去・回収の効果を同時に発揮させる畜舎汚水の高度処理システムを開発し(特願2012-070682)、農家で性能確認を行いました(図2)。

開発の内容・意義

処理資材の特徴

ケイ酸質資材と消石灰を熱反応させて製造した非晶質ケイ酸カルシウム水和物(Calcium Silicate Hydrates、略称:CSH)です。多孔質で単位重量あたりの表面積が大きいことから高いリン吸着能力があります。また、微細な粒子でありながら、使用後は布などによるろ過操作で容易に回収できます。この資材を用い、できるだけ少ない添加量で、リン回収に加えて、脱色、消毒の効果が同時に発揮されるよう、成分や製造法を改良しました。

資材を利用した処理システム

  •  通常の浄化処理を行った後の液に、1トンあたり0.5~1.5kg(乾燥重量)のCSHを添加し、反応槽に流入させ、2~6時間反応させます。

  • 反応槽内では、0.5kg/トン以上の添加量で、リン酸態リン除去率90%以上(図3)、大腸菌群除去率99%以上(図4)の効果が得られました(実数については図5参照)。大腸菌群が除去されたのは、CSHのカルシウム成分が溶出しアルカリ性になったためと考えられます。アルカリ性、特に11以上のpHは、ほとんどのバクテリアにダメージを与えることが知られています。今回の試験でも、pHが11以上になると大腸菌群は検出限界以下になりました(図6)。色度については1.5kg/トン以上の添加量で40~80%の低減ができました(図7)。これにより見た目もかなり改善されます(図8)。

  • リン酸態リン濃度50mg/Lからリン濃度を8mg/L(水質汚濁防止法で特定の地域に適用される排水基準(日間平均))まで下げることを想定すると、1kgのCSHで約2トンの処理が可能です。

  • 反応槽を流出した液のpHは9~13まで上昇するため、炭酸ガスを吹き込んで中和します。炭酸ガスは密閉空間に放出しない限り人畜に無害であり、また万一必要以上に水中に吹き込んでもpHは5.8以下に下がってしまうことはないので中和の運転管理は容易です。

  • 使用後のCSHは、反応槽からポンプで引き抜き、土木分野で使用されるポリエステル製布袋に投入し、水分を分離すると、高濃度にリン酸を含む固形分が回収できます(図9)。この固形分は、さらに自然乾燥させると粉末化するので粉砕は不要です。

回収物の有効活用

回収したCSHは、く溶性リン酸を20%程度、またく溶性苦土、可溶性ケイ酸、全カルシウムといった各種肥効成分を含みます(表1)。一方、植物の生育を阻害することはないので(図10)、肥料として活用できます。

今後の予定・期待

  • リンは水質汚濁の原因物質である一方、世界的に枯渇が危惧される貴重な資源です。したがって、汚水からの回収と利用は環境及び省資源の両面で効果を発揮します。

  • 放流水の色度低減と衛生面の向上は、畜産農家の生産活動が地域住民に安心感を持って受け入れられることの一助になると期待されます。水質汚濁問題は悪臭問題の次に苦情発生の多い問題です。畜産が地域の中でスムーズに生産活動を続けていくための一つの技術として、今後さらにコスト面の低減なども図り、普及を目指します。
    コストについては、施設設置費、CSH代、炭酸ガス代、ポンプ用電気代が必要ですが、回収CSHが肥料として販売できれば、その分処理コストに補填されることが期待できます。詳細なコスト見積もりは現在取り組んでいます。なお、他の一般的な方法で同じ効果を得ようとすると、リン除去用薬剤(凝集剤)代、消毒用塩素剤代、色度除去用オゾン又は活性炭代、ポンプ用電気代等が必要となる一方、有価物の回収はできません。

  • 回収CSHは、リン以外にもカルシウム、マグネシウム、ケイ酸などの肥効成分を含有します。この特性が効果的に発揮される利用方法を確立することで技術の付加価値が高まると期待が高まると期待されます。

用語解説

畜舎汚水
畜舎から出る家畜の尿と洗浄水の混合物。特に養豚では、ふんの一部が混合するため高濃度の有機物やリンを含む液状物が汚水として発生します。浄化処理後もリンや色度はかなり残ります。

CSH
非晶質ケイ酸カルシウム水和物の略称。ケイ酸質資材と消石灰を反応させ製造します。

色度
排水の色の強さ。畜舎汚水の場合、通常の処理をしっかり行っても茶褐色の色が残り、場合によっては未処理と誤解されることになります。このため、色度の低減は苦情発生を防ぐために重要です。

大腸菌群数
チフス菌、赤痢菌等に対する安全性をチェックする指標になります。水質汚濁防止法では1cm3あたり3千個(日間平均)未満にすることが定められています。

く溶性リン酸
「く」は「くえん酸」を示し、植物が吸収利用できる肥料成分の一つです。植物の根からは各種の有機酸が分泌されており、この有機酸に溶かされるリン酸成分量の指標として、2%くえん酸溶液への溶解量を「く溶性リン酸」として示します。

副産リン酸肥料
農林水産大臣が肥料取締法に基づき規格を指定した化学肥料の一種。食品工業又は化学工業において副産された肥料、及び下水道の終末処理場その他の排水の脱りん処理に伴い副産された肥料のこと。CSH回収物は副産リン酸肥料としての登録を目指しています。

図1.開発した資材

図2.養豚農家の浄化施設横に設置した実証試験用装置

図3.資材の添加率とリン除去率の関係

図4.資材の添加率と大腸菌群除去率の関係

図5.処理前後の大腸菌群数

図6.処理水pH(中和前)と処理水大腸菌群数の関係

図7.資材の添加率と色度除去率の関係

図8.処理による色度の改善状況

図9.布袋による回収物の固液分離状況(左)と固液分離終了後に取り出した回収物(右)

表1.回収物の成分例

図10.回収物(表1の成分)の小松菜栽培での肥料効果試験