プレスリリース
「飛ばないナミテントウ」が利用可能に

- 施設野菜でのアブラムシ防除に強力でやさしい味方誕生 -

情報公開日:2014年6月16日 (月曜日)

ポイント

・天敵製剤として「飛ばないナミテントウ」の販売が始まりました。

・初めての方にもわかりやすい利用マニュアルを発行しました。(以下のURLからダウンロードできます。)

http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/052628.html

・施設野菜栽培におけるアブラムシ防除に幅広い作目での利用が可能です。

・従来のナミテントウ製剤に比べ、防除効果が持続します。

概要

農研機構が開発した「飛ばないナミテントウ」(遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ)が製剤化され、施設野菜用の生物農薬として販売が始まりました。あわせて利用マニュアルも発行しましたので、一般の生産者の利用が可能になりました。

ナミテントウ1)は、施設野菜にとって重要な害虫であるアブラムシ2)を大量に捕食する能力があるので、天敵として注目されてきました。しかし、施設内に放飼しても、通常飛び去ってしまうため、定着しません。そこで、農研機構では、自然界に存在する様々な個体の中から、飛翔能力の低いナミテントウを探しだし、それらを交配することで、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウを育成しました。

「飛ばないナミテントウ」は、幼虫の段階で製剤化することができます。幼虫は、発育して成虫になった後もよく定着し、アブラムシの増殖を抑えるので、成虫を放すよりも、防除効果が持続します。近畿や四国の府県での実証試験を経て、(株) アグリ総研が製剤化し、昨年、幼虫を成分とする生物農薬として登録されました。この度、(株)アグリセクトから、商品名「テントップ」として販売が始まりました。

また、これにあわせ、農研機構では、施設野菜栽培での利用例等を紹介した利用マニュアル・研究成果集を刊行しました。経験の少ない生産者でもすぐ利用できるよう、詳しい解説があります。

「飛ばないナミテントウ」の普及により、施設野菜栽培において、環境や生産者にやさしいアブラムシの防除が可能となることが期待されます。なお、将来的な露地野菜栽培での利用に向けたミニシンポジウムが、6月25日(水)に奈良県橿原市で開催されます。

特許:特開2010-183902

詳細情報

社会的・技術的背景

施設園芸においては、病害虫の防除が大きな課題です。アブラムシは最も重要な害虫の1つで、大量に発生すると収穫量や品質の低下を招き、大きな損害を与えます。アブラムシに対していろいろな化学農薬が開発されていますが、アブラムシはすぐに薬剤が効かなくなる性質3)があるため、たびたび農薬の種類を替える必要があります。こうした理由から、農薬の使用を削減できるアブラムシの防除法が求められていました。

近年、わが国では、消費者の食品の安全・安心に対する関心が高まっていることを背景に、天敵利用による生物的防除法の研究開発が進められています。その中でアブラムシの生物的防除法としては、ナミテントウの利用が注目されていました。それは、ナミテントウにはアブラムシを大量に捕食する能力があり、また、他のテントウムシ類よりも大量増殖が簡単だからです。しかし、施設内に放飼しても、上に向かって飛び天井付近に集まる性質があるため、逃げ去ったり、隙間に挟まったりして作物の周辺に定着しません。そこで、人為的処理によりナミテントウの飛翔能力を欠失させた天敵製剤が開発されましたが、成虫になった時に翅を折る作業が必要になること、また放した成虫から生まれる子どもは飛翔能力を持つため、次世代の防除効果は幼虫の時期に限られました。

技術開発の経緯

農研機構は、自然界に存在するナミテントウの中に飛翔する能力の低い個体が存在することを発見しました。そうした個体のもつ飛翔能力を低くする遺伝子を組み合わせることで、飛ばないナミテントウを育成できるのではないかと考え、これらを交配し、より能力の低い個体を選ぶ4)ことにしました。30世代に渡り、交配と選抜を繰り返し、飛翔能力を欠くナミテントウを得ることができました。これは遺伝的な性質のため、幼虫段階で製剤化することができます。幼虫は、発育して成虫になった後もよく定着し、アブラムシの増殖を抑えるので、成虫を放すよりも、防除効果が持続します。また、その子孫も飛翔能力がないので、施設内で生まれる次世代以降にも防除効果が期待できます。

しかし、近縁の個体どうしで交配を繰り返したため、飛翔だけではなく、産卵数などの大量増殖や防除効果に重要な特性まで低下する現象がみられました5)。そこで岡山大学との共同研究により、いわゆる雑種強勢6)を利用することを考え、別々に「飛ばない」系統を育成し、その系統間で最終的な交配をすることで、元気な「飛ばないナミテントウ」の育成に成功しました(図1)。

元気な「飛ばないナミテントウ」は、奈良県、大阪府、兵庫県、和歌山県、徳島県等の協力を得て、各地で施設野菜の栽培に利用できることが実証されました。さらに、(株)アグリ総研が、エサなどを工夫することで、「飛ばないナミテントウ」を効率的に増殖する技術を開発しました。平成25年9月に生物農薬として登録され、平成26年6月16日に、(株)アグリセクトから、商品名「テントップ」として販売が始まりました。

「飛ばないナミテントウ」の利用法と特徴

1.製剤の入手先

「飛ばないナミテントウ」製剤(商品名「テントップ」)は、6月16日に(株)アグリセクトから販売になりました(http://www.agrisect.com/)。製剤の販売・注文等、商品についてのお問い合わせは、

株式会社アグリセクト

Tel:029-840-5977 Fax:029-840-5988

〒300-0506 茨城県稲敷市沼田2629-1

までお願いします。

2.製剤の形態

製剤は2齢幼虫で販売しています。クラフト紙筒中(図2)のオガクズの中に入っていますので、オガクズごと散布します。放飼した(散布した)2齢幼虫はアブラムシを食べて蛹になり、成虫になった後も定着するので、幼虫時と成虫時の両方の捕食効果が期待されます(図3)。ナスで飛ばないナミテントウ2齢幼虫を株あたり10頭放したハウスの方が、飛ばないナミテントウ成虫を株あたり2頭放したハウスよりも、長期にわたってナス上でのジャガイモヒゲナガアブラムシの発生を抑制しました(図4)。成虫を利用するよりも防除効果が持続することが分かります。

3.対象となる作物とその効果

ビニールハウスなどの施設内で栽培され、アブラムシが付く野菜が対象です。「飛ばないナミテントウ」を放飼すると、アブラムシの数の増殖が抑えられ、被害株率も低くなります(図5)。

現在までに、コマツナ、イチゴ、ナス等で効果が実証されています。

4.放飼方法や利用上の留意点・注意事項

アブラムシ類の生息密度が高くなってからの放飼では十分な効果が得られないことがあるので、アブラムシを発見したらすぐに放飼してください。1m2あたり10~13頭程度の密度が適切です。アブラムシの発生初期より約7~10日間隔で数回放飼してください。また、「飛ばないナミテントウ」に大きな影響を及ぼす農薬もありますので、ご留意ください。

5.環境への影響

「飛ばないナミテントウ」は自然界に存在する個体の子孫で、遺伝子組換え技術は使っていません。また、「飛ばない」性質は、劣性なので、ハウスなどから逃げ出しても、普通の個体と子孫ができれば飛べるようになりますし、「飛ばない」性質は、生育上不利なので、そのまま生き残ることもまずありません。したがって、生態系を乱す心配はありません。

今後の予定・期待

「飛ばないナミテントウ」の利用が普及すると、化学農薬の使用量が減り、環境や生産者への負荷が低減します。例えば、施設のイチゴ生産の盛んな3府県で減農薬栽培が普及すると、年間約2トンの削減になります。また、まだ研究段階ですが、露地栽培での有効性も確認されているので、今後、露地栽培用としても農薬登録されれば、さらに環境保全型農業の推進に貢献することになります。

なお、「飛ばないナミテントウ」の露地での実用化に向けたミニシンポジウムと現地圃場見学会が、下記URLのとおり開催されますので、あわせてご案内します。

http://www.naro.affrc.go.jp/event/list/2014/06/052564.html

用語等の解説

1)ナミテントウは、日本全国に生息しているテントウムシです。成虫の上翅(外側の羽)には、4つの種類の模様があります。幼虫・成虫ともに、多種類のアブラムシを捕食します。アブラムシの寄生密度が高い場合には、ナミテントウ1頭で1日あたり100頭以上食べることもあります。

発育期間は温度条件によって異なりますが、25°Cでは卵が孵るまでに約3日、幼虫期間は約10日、蛹期間は約6日の計約19日です。成虫期間は30~50日です。

画像1

2)アブラムシには、モモアカアブラムシ・ワタアブラムシ・ヒゲナガアブラムシ類など、いろいろな種類がいます。葉の裏などから吸汁することにより、葉の変色、縮れ、生育の遅延、生産物の品質低下等を招きます。また、病気を媒介することもあり、重要な害虫です。

画像23)集団の中で、薬剤への抵抗性遺伝子をもった個体が発生し、その割合が増加することで、全体として薬剤が効きにくくなる現象が起きます。アブラムシは、増殖が速い昆虫なので、一度、抵抗性個体が発生すると瞬く間に広がってしまいます。

4)ナミテントウの飛翔能力を測定するため、「フライトミル」という特殊な装置を開発しました。ローターの先に、ナミテントウを貼り付け、回転数を測定する、というもので、飛翔能力を数値化することができ、正確に飛翔能力の低い個体を選び出すことができます。そうした個体どうしを交配し、その子孫の中からさらに飛翔能力の低い個体を選抜することで、いくつかの飛翔能力を低くする遺伝子を同時にもつ個体が現れ、「飛ばないナミテントウ」が誕生したと考えられます。

フライトミル5)いわゆる近交弱勢といわれる現象で、近縁の個体間で交配すると、生育に不利な同じ劣性の遺伝子を両親から引き継ぐ確率が高くなり、元気のない、あるいは生殖能力が劣る子供が生まれやすくなります。「飛ばない」性質も劣性遺伝子の作用によるものです。

6)雑種強勢:その反対で、遠縁の個体どうしを交配すると、生育に有利な異なる優性遺伝子を多数引き継ぐ確率が高くなり、元気な子孫が生まれやすくなります。「飛ばない」性質についてだけ、劣性遺伝子が揃い、ほかの性質では、雑種強勢が現れたため、元気で「飛ばないナミテントウ」が誕生したと考えられます。(以下、図)

図1図2図3図4図5