「旬」の話題

研究員のすがお

農研機構動物衛生研究部門
ウイルス・疫学研究領域 発病制御ユニット
主任研究員
宮﨑 綾子(みやざき あやこ)

動物の病気の予防や診断、治療に関しての研究をしている動物衛生研究部門。今回は、2016年からの2年間、お子さんを連れてアメリカでの在外研究に取り組まれていた宮﨑さんにお話を伺いました。
インタビュアー

はじめに、動物衛生研究部門がどんなところか教えてください。

宮﨑さん

テーマは「動物を衛る、ヒトを衛る」です。大きく分けて2 つ、家畜の病気を減らして健全な畜産物をつくるための研究と、人獣共通感染症を予防するための研究をしています。

インタビュアー

その中で、宮﨑さんはどんな研究をされているのですか?

宮﨑さん

私は前者で、日本の農場で実際に肺炎や下痢の原因として問題になっている豚のウイルスをターゲットにした研究をしています。

ウイルスの研究?

宮﨑さん

そう。実は、ただウイルスがあるだけじゃ病気は起こらないんですよ。ウイルスは自分で動けないので、まず、豚まで運ばれる必要があります。次に、ウイルスが感染して増殖するには、免疫を持たない豚やストレスで免疫が低下した豚が必要です。こういう条件が成立すると、ウイルス感染が病気として現れてきます。

へ~! そうなんだ!

宮﨑さん

それを予防しようとするとワクチンが思い浮かぶけれど、それ以外にもいろいろな方法があります。ウイルスを豚までたどり着かせないために消毒をしたり、豚舎の使い方を工夫したりするのも一つですし、豚にストレスを与えないように温度や湿度の管理をきちんとしてあげたり、空気の流れを変えてあげたり、と飼い方を変更することもあります。人も同じですよね。インフルエンザ対策のために、マスクをしたり手洗いをしたり、部屋に加湿器を置いてみたり。ただ、豚は自分で手を洗えませんし、農場ではコストや労働力にも制限があります。どうやったら低コストかつ有効なウイルス感染症対策になるのか、常に考えさせられます。

なるほど~。

インタビュアー

具体的には、どのようなウイルスの研究をされているのですか?

宮﨑さん

いろいろと取り組んでいるんですが、最初に取り組んだのは、ロタウイルスという豚だけでなく人の赤ちゃんの下痢の原因にもなるウイルスでした。豚も人と同じで人でいう乳幼児の時期に下痢になりやすいんですが、このロタウイルスは、一言でロタウイルスといってもウイルスの型がいっぱいあるんです。

インタビュアー

ウイルスの型がたくさんあると、どういうことになるんですか?

宮﨑さん

ワクチンで対策をとるのがとても難しいです。ロタウイルスによる下痢が発生したとして、その農場にいるのが一つの型とは限りません。同じ農場でも豚舎が違うと別の型のウイルスがいたりして、しかも農場の中で進化をしてまた別な型になってしまったり。

ひゃ~! 大変だ!

宮﨑さん

じゃあ、ワクチン以外にどういう対策ができるんだろう? と考えた時に、プロバイオティクスを使って予防しようという動きがあったんですね。プロバイオティクスというのは乳酸菌のような微生物で、それを食べたり飲んだりしている人の健康を良い状態にもっていくはたらきのある菌のことをいいます。そういうものを摂取していると下痢を発症しにくかったり、下痢をしても治りが早いという報告もあります。それを家畜のロタウイルス対策にも使えないかと東北大学の先生と培養細胞を使って調べていたんですが、じゃあそれは本当に豚に効くの? となった時に私たちはプロバイオティクスの有効性を評価するのに必要な豚の免疫を解析する手段を持たなかったので、勉強しようと思ったんです。

インタビュアー

そのことがアメリカでの在外研究のきっかけになったのですか?

宮﨑さん

はい。その頃は豚流行性下痢(PED)というウイルス病も流行していて、DNA の解析が得意な方だったり、ウイルス学の高度な知識を持った方と対策に取り組んでいました。そういった専門性をもった方々と研究をする中で自分自身の強みは何かということを考えた時に、ロタウイルスでも必要性を感じていて、PED でも足りないと感じていた免疫関係に私が強くなれば相補的に研究が進むかもしれないと考えました。ただ、免疫関係の勉強は国内でもできるかなと迷っていたこともあり、在外研究でアメリカに行くと決意したのは応募する半年ほど前でしたね。

インタビュアー

在外研究には、お子さんと一緒に行かれたと聞きました。慣れない環境で大変だったことはありますか?

宮﨑さん

一回だけ現地のベビーシッターを雇ったことがあったんですが、合わなかったようで「ベビーシッターはもうやめて」と子どもを泣かせてしまったことがありました。そのことがあって、それからは子どもを最優先にして、できる範囲で精一杯研究に取り組みました。当時は上の子が9 歳で下の子が2 歳で、たまに一緒に職場に行くこともありましたが、お兄ちゃんがよく妹の面倒をみてくれていて。一番成長したのはきっとお兄ちゃんですね。

インタビュアー

ご家族の理解があったのですね。

宮﨑さん

そう決まったならしょうがないな、という気持ちだったんだと思います( 笑)。私も行けばなんとかなるかなと楽観的でした。とはいえ、子どももですが私も慣れない環境でストレスを抱えていて、子どもとケンカしてしまうこともありました。笑顔がなかった時期というのもありましたが、お互い家の中まで無理して頑張ることはやめようか、と話をしてからは少し楽になりましたね。「君は君で学校で頑張ろう。母ちゃんは母ちゃんでお仕事場で頑張るから。お互い頑張っていこう」と。

それぞれの場所でできることを頑張ったんだね!

宮﨑さん

日本に残った夫も農研機構の職員なんですが、在外研究以前から子育てを半々でやってくれていました。子どもが病気の時もお互いいつ休めるかとかなるべく融通してくれていたんです。夫ももちろんですが、そんな夫をサポートしてくださった農村工学研究部門のみなさんにもとても感謝しています。

インタビュアー

お子さんのいる方にも働きやすい環境なのですね。

宮﨑さん

おかげさまで、のびのびやらせていただいています。なので私も、もし自分の周りに子育てをしている男性職員や女性職員がいたら、その人の選択を尊重し、サポートできればと思っています。

宮﨑さんの在外研究のお話は、動物衛生研究部門の「NIAHニュース No.65」にも掲載されています。


研究者プロフィール

農研機構動物衛生研究部門
ウイルス・疫学研究領域 発病制御ユニット 主任研究員
宮﨑 綾子(みやざき あやこ)

1976年福岡県生まれ。2002年帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒業、同年動物衛生研究所(農研機構動物衛生研究部門の前身)に入所。2012年より現職。2013年に獣医学博士号を論文にて取得(岐阜大学大学院連合獣医学研究科)。2016年5月より2年間、農研機構の長期在外研究制度でオハイオ州立大学に派遣、客員研究員として下痢症ウイルスの研究に従事。大学時代のバイトを通じて養豚に興味を持つ。農林水産省獣医系技術職員の採用面接で豚に対する愛を語ったのが功を奏したのか、入所後は豚ウイルス病の研究室に配属される。以降、豚の肺炎や下痢を予防すべく、ウイルス感染動態解明や予防法開発に取り組んでいる。


なろりん

農研機構のキャラクター。ダイバーシティ推進室所属。お仕事はダイバーシティ推進室の取り組みを紹介すること。全国を訪れてレポートすること。

なろりんブログ