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研究員のすがお【吉岡 太陽】

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生物機能利用研究部門
新産業開拓研究領域新素材開発ユニット 研究員
吉岡 太陽 (よしおか たいよう)

研究者の写真
2018年末、「世界一強い糸」としてミノムシシルクの登場が大きなニュースとなりました。今回は、世界に先駆けてミノムシの糸に着目し、産業化に向けた研究に取り組む吉岡太陽さんにお話を伺いました。
インタビュアー

今回、ミノムシの糸の研究に取り組んだきっかけは?

吉岡さん

さまざまなシルクの性質を調べ、その性質を与えている構造を明らかにするのが私の仕事です。性質と構造の関係が解れば、将来的には構造を制御することで、目的とする性質を自在につくり出せると考えています。特に強いシルクに興味があり、これまでカイコやクモのシルクの構造研究から、強さと構造の関係を調べてきました。そこで今回、クモの糸よりも細い糸で、クモよりも重いもの(幼虫+ミノ)をぶら下げるミノムシの糸に注目しました。

なろりん

ミノムシは好きだったの?

吉岡さん

小学生のころにミノムシのミノで遊んだことがあるくらいで、全然(笑)。それ以降は、ミノムシを見た記憶もないくらいでした。

インタビュアー

つまりゼロの状態から取り組んだわけですね。

吉岡さん

そうですね。まずは、ミノムシを探すところから始めたんですが、これがなかなか見つからなくて...。最初の1 匹を見つけるまでに3カ月かかったんですよ。週末ごとに緑の多いところに出かけ、筑波山にも3回登りました。

なろりん

ひゃ~!大変だ!

吉岡さん

経験を積み、ミノムシを何千匹と見つけられるようになったのですが、次はどうやって育てるのかを調べるのに苦労しました。ミノムシは中が見えないので、生きているか死んでいるかさえ判らない。毎日エサを採りに行き、半年間は1日も休まず、昆虫の研究者のような生活をしていました。

インタビュアー

ミノムシの糸のすばらしさに気づいたのはいつ頃ですか?

吉岡さん

最初の1匹目の糸の構造を見た瞬間ですね。鳥肌が立ちました。複雑で曖昧な構造のカイコシルクとは違い、ミノムシの糸は秩序だったきれいな構造をしていて、強度もこれまで私が見た中では一番でした。またミノムシの糸は解析しやすく、なぜ強いのかということが、その構造からきちんと説明できるんです。

インタビュアー

ミノムシの糸とカイコシルクの構造はそこまで違うんですか。

吉岡さん

全く違いますね。2010年からカイコシルクの構造を研究していますが、その構造と性質とのつながりを解明するのは、本当に難しいんです。でもその研究に費やした時間があったから、ミノムシのすごさに気づけたのだと思います。今まで知りたくて知りたくて研究してきたものを、ミノムシは全部持っていた。ラッキーでしたね。

インタビュアー

その後は、実際に使える糸にしなくてはならないわけですが。

吉岡さん

もちろんです。私の研究では、X線解析で構造の情報を得るのですが、測定には糸の束が必要になります。その束を作るために、長い一本の糸を取り出さなければならないんですね。だから初めて長い糸がとれたとき、私は産業化というより、「これでX線でいろんな実験ができる」と思ったくらいです。ユニット長の亀田(恒徳)さんの「ミノムシの糸は産業化につながる発見だよ」というアドバイスがなければ、ただの実験で終わっていたかもしれません。

インタビュアー

ミノムシの糸は、産業化に向けて大きく動き出しました。

吉岡さん

今後は、ミノムシの研究を幅広く進めていきたいですね。みんなが研究をすれば広がりも生まれます。世界中で多くの人にミノムシを研究してもらって、それでも私たちがミノムシの研究では一番であり続けたいです。また一方で、ずっと興味を持ち続けているカイコシルクの研究も続けていきます。今回のミノムシの研究やクモの研究が、カイコシルクの構造と性質の関係性の研究にも、すごく大きなヒントをくれたと思っています。これまで得たものを活かし、将来的にはミノムシの糸よりも強い、世界一強い糸を農研機構で作っていきたいです。

インタビュアー

まさに現在所属している新素材開発ユニットは、吉岡さんの研究の場としては最適ですね。

吉岡さん

そう思います。農研機構に来なければ、ミノムシの研究をする勇気が持てなかったと思うんです。虫のシル クとなると、飼育の問題がありますし、他の施設では周りにそういう研究をしている人もいないところが多い。その点、新素 材開発ユニットはカイコだけでなく、スズメバチの幼虫やクモ、野蚕(やさん)など、それぞれ性質の異なるシルクを作る多くの虫が研究されています。そんな環境なので、新しい虫(ミノムシ)の研究を始めるのもおもしろいんじゃないかと思いました。

インタビュアー

構造解析という専門も、多種多様なシルクに携わる機会が多いのではないでしょうか?

吉岡さん

ここでは遺伝子組換えやゲノム編集を使って新しいシルクが日々つくり出されていて、構造解析というアプローチで協力させてもらうことも多いです。お手伝い的なポジションではありますが、結果は全て情報や標本として蓄積されます。構造と性質の関係解明を目指すうえでは、強いシルクだけが良いわけではありません。弱いサンプルには弱いなりの理由があり、それは強いものをつくるときにも生きてくる。弱いものにこそ、すごく重要な情報が含まれているんです。

インタビュアー

まるでビッグデータですね!

吉岡さん

まさにその通りだと思います。ありがたいことに、農研機構に来なければ、一人で研究していたならば、絶対に出会えなかった構造を毎日見ることができています。

インタビュアー

話しぶりが研究一色ですが、研究以外の趣味はありますか?

吉岡さん

実際、プライベートの時間はなかなか取れないことも多いのですが、この5年くらいはほぼ毎週末、スパイス料理を作っています。30種類くらいのスパイスを家に揃えているんですが、作るたびに奥が深いなと感じますね。幸い家族には好評ですよ。

インタビュアー

ご家族との時間や趣味が、リフレッシュになっているようですね。

吉岡さん

ただ、家族と公園など緑の多いところに出かけると、ミノムシを探して、ついつい上を向いて歩いてしまうんです。最初は娘にそれを怒られていたんですが、最近は娘も一緒になって上を向いて歩いています(笑)。虫を捕まえるのもうまくなりましたよ。

なろりん

お手伝いしてくれるんだね!

吉岡さん

娘は本当に虫が好きで、変わった虫ばかり捕ってきては、家で飼育しています。娘のおかげで新しい虫と出会えるんじゃないかって、ちょっと期待しています(笑)。

研究者プロフィール

生物機能利用研究部門
新産業開拓研究領域新素材開発ユニット 研究員
吉岡太陽(よしおか たいよう)

1975年奈良県生まれ。2005年、京都大学大学院工学研究科高分子科学専攻 博士課程修了(工学博士)。2005年より、京都大学COE 研究員(1年半)、(独)物質・材料研究機構 博士研究員(1年半)、ドイツ・マ ールブルク大学 フンボルト奨学研究員(2年半)、豊田工業大学 博士研究員(4年半)を経て、2015年より現職。高分子物理、高分子構造科学を専門とし、2010年のドイツ留学を機にカイコシルクの研究を、2015年よりミノムシシルクの研究を開始。X線構造解析を武器に、分子レベルからマクロなレベルにわたる幅広い階層構造情報に基づく戦略的なシルク素材開発を目指している。

なろりん

なろりん

農研機構のキャラクター。ダイバーシティ推進室所属。お仕事はダイバーシティ推進室の取り組みを紹介すること。全国を訪れてレポートすること。

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