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情報:農業と環境 No.65 (2005.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際情報: 環境政策不実行のコスト −OECDによる分析−

環境政策を実行するためのコストはよく理解されているが、それを実行しない場合の経済的影響は的確に捉えられていないとして、OECD(経済協力開発機構)は、環境政策の「不実行のコスト(costs of inaction)」の分析を、2004年4月に開始した。環境問題の特性から生じる多くの理由で、不実行のコストを評価することは極めて難しいが、政策実行を促すためには重要であるとの認識に基づく。

1年が経過して、OECDは、本年(2005年)4月14日に「不実行のコストに関する環境政策委員会ハイレベル特別会合(Environment Policy Committee High-Level Special Session on the Costs of Inaction)」をOECD本部で開催した。この特別会合では、3つの大きな環境問題が取り上げられ、不実行のコストについて、現時点での知見の情報交換、コスト評価手法の考察およびコスト分析の今後の展開の検討が行われた。取り上げられた環境問題は、人の健康への汚染の影響、気候変動、生物多様性の低下である。いずれも、コスト分析の手法について解決すべき課題は多いが、コストの数値化は可能であるとの見方が示された。

この特別会合を機に、主要メンバーから、3つの環境問題における政策不実行のコストについての総説「背景文書(Background Documents)」が公表された。この文書によると、人の健康への汚染の影響に関連する不実行のコストは、比較的わかりやすく、人の健康を害する環境汚染は少なくとも5つの面で人類の福利を低下させるとしている。すなわち、汚染を原因とする病気に対する医療費(治療を受ける時間のコストを含む)、賃金の減少、汚染を原因とする病気に対する予防経費、病状による不便の増大と余暇活動の減少、平均寿命の短縮である。汚染に対する政策の不実行の全コストのうち、健康に関連するコストが61−77%を占めるという評価や96%という評価が紹介されている。

気候変動については、地球温暖化を取り上げ、現実的な問題として、政策実行が遅れた場合のコストを評価している。気候変動予測には多くの不確実な要因が含まれている。直線的に変化が続くのではなく、ある時点で突然大きな変化が起こることも考えられるとしている。このような不確実性を考慮に入れても、政策実行(CO排出抑制)が遅れるほどコストは大きくなると見積もっている。

生物多様性の低下の問題については、生態系が人類の福利に対して大きな働きをしていて、生物多様性の低下はその生態系の働きを低下させるとしている。生物多様性を保護する政策の不実行のコストとして、創薬資源の減少、貯蔵炭素の減少、ツーリズムビジネスの縮小、流域保全能の低下などにともなうコストがあげられる。不実行の全コストは非常に大きいと考えられるが具体的には不明であるとしている。

環境政策においては、従来からコスト・ベネフィット分析が実施されているが、政策不実行のコストは、このベネフィットに代わる、またはベネフィットに追加される新しい指標になるかもしれない。各国の環境政策においては、今後、数値化された種々の評価・指標が重視されることになるだろう。農業環境技術研究所では、環境政策に科学的論拠を提供するさまざまな影響評価研究を実施している。

上記特別会合の議題(Agenda)、背景文書(Background Documents)、発表要旨(Presentations)はOECDのWebサイト http://www.oecd.org/env/costsofpolicyinactionwithrespecttokeyenvironmentalchallenges.htm(ページのURLが変更されました。2013年12月) に、英語またはフランス語で公表されている。

(企画調整部 木村 龍介)

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