「スターリンク」 (StarLink) を覚えているだろうか? 「アレルギーの原因になる?」 とか 「食品安全性未承認なのに食品ルートに混入していた」 として、2000〜2003年にかけて、内外の多くのメディアで報道された害虫抵抗性遺伝子組換えトウモロコシの商品名である。最近は話題になることがほとんどなかったが、今年(2008年)4月25日、米国食品医薬品庁 (FDA) と環境保護庁 (EPA) は、スターリンクトウモロコシの食品ルートでの混入を検出するため2001年1月から続けていた抽出検査を中止すると発表した。
スターリンクトウモロコシ
スターリンクトウモロコシは1998年5月、家畜の飼料用に限定して商業栽培が認可された。表1に示すように90年代後半には、5系統の鱗翅(りんし)目害虫抵抗性Btトウモロコシが商業化されたが、スターリンクを除いて、他の系統は食品用と飼料用の認可を得ていた。しかし、スターリンクは食品安全性審査の過程で、「アレルギーの原因となる可能性を否定できる」 だけのデータが不十分であったため、「米国内の飼料用に限る」 という条件付きで栽培が認可された。しかし、2000年9月、食品用のタコス (メキシコ料理) の材料にスターリンクが混入していることが発覚した。その後、米国内だけでなく輸出市場でもスターリンクの低レベルの混入が見つかり、生産者を含め米国のトウモロコシ関連業界は大混乱に陥った。日本でも2000年10月に飼料用トウモロコシからスターリンクが検出された。日本では食品用だけでなく、飼料用としての承認も得ていなかったため、米国から輸入されるトウモロコシは、2001年からスターリンクを検出・回収するため、米国での輸出前検査と日本での船荷検査が実施されることになった。
米国では、Bt176 と DBT418 も2000〜2001年に商業栽培が中止されているが(表1)、これらは未承認トラブルや食品や環境への安全性に問題があったためではない。この時期、バイテク企業は農薬会社、種子会社とも合併・買収による業界再編成が進行しており、組換え作物の主力開発企業となったモンサント社やシンジェンタ社は販売品種を優良系統に絞り込んでいた。スターリンクを開発したアグレボ社は1999年に合併してアベンテス社に、さらにアベンテスは2002年にバイエル・クロップサイエンス社に買収されたが、バイエル社はスターリンクの関連業務をスターリンク・ロジステックインコーポレーテッド社という別組織にゆだねた。
表1 1990年代後半に米国で商業化された害虫抵抗性Btトウモロコシ
系統名 | 商品名 | 開発者 | 導入遺伝子 * | 栽培認可年 | 現状 |
Bt176 | KnockOut/NatureGard | チバシード | Cry1Ab+GT | 1995 | 2001中止 |
Bt11 | YieldGard | ノースラップキング | Cry1Ab+GT | 1996 | 継続 |
MON810 | YieldGard | モンサント | Cry1Ab | 1996 | 継続 |
DBT418 | Bt-Xtra | デカルブ | Cry1Ac+GT | 1997 | 2000中止 |
CBH351 | StarLink | アグレボ | Cry9C+GT | 1998 | 2001中止 |
* GT=グルホシネート(除草剤)耐性 |
アレルギーの原因ではなかった
スターリンクの食品ルートへの混入が発覚した直後の2000年10月、アベンテス社は2001年から商業栽培を中止するとともに、2000年までに栽培されたスターリンクの食品ルートからの回収を開始した。食品医薬品庁 (FDA) も2001年1月から、食用トウモロコシを対象としたスターリンクの抽出検査を義務化し、混入が確認された場合は全量回収し、米国内の飼料用やバイオ燃料用に回す措置がとられた。さらに、アベンテス社は環境保護庁 (EPA) に追加データを提出し、食品安全性承認について再検討を求めた。今後栽培しないこと、1998〜2000年に栽培された面積も少なく、これらの収穫物の回収作業も徹底するので、今後スターリンクが食用ルートに混入し、人の健康に影響を与えるリスクは非常に低くなるとして、1粒でも混入していたら全量回収ではなく、暫定的に4年間、低レベルの混入を許容する 「混入許容上限レベル」 の数値設定を求めたのである。
スターリンクは 「人のアレルギーの原因とはならないこと」 を立証するデータが不十分であったため、食品用として認可されなかったが、「人にアレルギーを起こすこと」 が実証されたわけではない。2001年6月、米国健康福祉省・疾病管理予防センター (CDC) は、組換えトウモロコシを食べてアレルギー症状を起こしたと自主申告した患者について調査した結果、「被験者のアレルギー反応は、スターリンクの発現する Cry9C タンパクに対する過敏症と関連しているとは言えない」 として直接の因果関係を否定した。同年7月、環境保護庁 (EPA) も 「 Cry9C タンパクは加工処理の際に分解されたり除去されたりするため、スターチやシロップとして食用に利用しても人の健康に影響を与える恐れはない」 と発表した。その後も Cry9C を含め組換え作物の発現するBtタンパクがアレルギーの原因となることを実証した報告例はない。
しかし、同年7月、EPAの科学諮問委員会は 「アレルギー反応を誘発せず、人の健康に影響を与えないような許容上限レベルを決めるだけの信頼できる科学データは得られていない」 と答申し、EPAもこれに従い、混入許容値を定め、暫定的に食品として利用することを認可しなかった。企業側は米国での食品としての限定承認が認めらなかったことから、輸出先であるアジアやヨーロッパでの食品や飼料安全性の承認申請も断念した。これ以降、米国内の食用ルートからスターリンクが検出された場合は飼料用かバイオ燃料用に回す、輸出前検査で検出できず、輸入先で検出された場合は全量回収するという措置が続くことになった。日本での検査結果が示すように (表2)、スターリンクの混入は年々減り、2003年下半期から3半期続けて、混入率ゼロとなり、日本での飼料用トウモロコシの抽出検査は2005年期から中止されている。
表2 米国産飼料用トウモロコシにおける日本でのスターリンク混入検査結果
調査時期 | 陽性率 |
混入率 |
2000年4〜9月 | 66.7% (20/30) | 0.51% |
10〜3月 | 47.2% (34/72) | 0.17% |
2001年4〜9月 | 15.0% (8/53) | 0.05% |
10〜3月 | 11.1% (5/45) | 0.09% |
2002年4〜9月 | 9.5% (4/42) | 0.10% |
10〜3月 | 7.2% (5/69) | 0.15% |
2003年4〜9月 | 3.9% (3/77) | 0.04% |
10〜3月 | 0.0% (0/81) | --- |
2004年4〜9月 | 0.0% (0/71) | --- |
10〜3月 | 0.0% (0/66) | --- |
農林水産省消費・安全局公表資料 * 1検体は 2,400 粒 |
しかし、食用として輸出されるトウモロコシでは、米国での輸出前検査は続けられた。企業側は2004〜2006年の検査ではスターリンクはまったく検出されなかったことから、EPAに検査の再考を求めた。2007年10月、EPAは 「スターリンクに含まれるBtタンパク (Cry9C) が今後、食用トウモロコシに混入する確率は著しく低い」 として、FDAに対して、「今後の抽出検査の中止」 を提言し、意見聴取 (パブリックコメント) を経て、2008年4月25日に抽出検査の中止が決定された。
安全性立証から未承認の違法品種問題へ
スターリンクの食品ルートへの混入が発覚した時点で、EPAのとるべき選択肢は3つあったとオクラホマ大学法律センターの Kershen 教授は、2004年の Crop Science 誌に書いている。彼は農業バイオテクノロジーに関する特許や訴訟に関して多くの著作のある法律学者である。選択肢とは、(1) 食品への許容レベル設定を免除する、(2) 混入許容上限レベルの数値を設定する、(3) 許容レベルを設定せず、混入が確認されたものはすべて 「違法」 とみなす − の3つである。EPAは (2) の 「混入許容レベルを設定し、暫定的に食品として認可する」 ではなく、(3) を選択した。これによって、「たとえ、アレルギーの原因ではなく、健康へのリスクの可能性は著しく低いとしても」、食品として承認されていない遺伝子組換え作物を商品化した企業は、損害賠償など法的責任を負うことが確定した。この後、「スターリンクは有害か?」、「アレルギーの原因となるのか?」といった安全性の問題よりも、未承認の違法品種混入によって、経済的損害を被った生産者や穀物業者への補償問題や、消費者団体が起こした集団訴訟などの社会的話題にメディアの関心は移っていった。
90年代後半から2000年代前半にかけて、日本やヨーロッパなど輸入国側での安全性審査が未承認のうちに、米国で組換えトウモロコシやジャガイモの先行栽培が行われ、未承認系統が微量混入するというトラブルがいくつか起こった。未承認品種の混入は生産者を含め米国の輸出関連業界に大きな経済的損害を与えたため、米国政府や生産者協会は「飼料のみの限定承認は認めず、食品安全性審査も義務付ける」、「輸入国側での安全性承認が確認されるまでは、栽培・輸出はしない」などの対策を講じ、現在に至っている。米国政府は2006年8月に発覚した未承認の除草剤耐性イネ (LLRICE-601 系統) では、スターリンク事件を教訓に、改めて正式な安全性評価を行い、安全性承認済み系統として登録した。ヨーロッパなど海外への輸出米で混入が発見された場合は、「当該国では未承認」 として輸入拒否の対象となるものの、米国内で流通する分には、微量混入が見つかっても 「安全性承認済み」 となり、経済的混乱を最小限に回避する措置をとったのである。
選択は正しかったか?
スターリンクの場合、完全な食品安全性の証明を行わず、未承認品種の全量回収という 「灰色決着」 を選択したことは、当該企業や米国政府にとって最善の選択だったのだろうか? 正式な安全性を証明するためには、新たに試験データを提出し、米国で食品安全性の承認を得、さらに輸出先各国でも食品と飼料の安全性承認を得なければならない。2000年で栽培を中止し、今後、商業栽培する予定のない商品に対して、「要する費用と期間を考えたら、抽出検査をして混入が見つかったら全量回収の方が得策」 と判断したのは合理的だったのかもしれない。しかし、この選択は長期的に見て、組換え食品・組換え作物の理解・普及にとってプラスには働かなかった。トウモロコシに限らず、食用の組換え作物全体に対して、消費者に強い不信感とマイナスイメージを植え付け、さらに組換え食品の危険性を過度に強調する消費者団体や環境団体に常に引用される材料を提供したからである。
2001年6月、FDAとEPAが 「スターリンクトウモロコシとアレルギー性の発現には直接の因果関係はない」 と発表した際も、組換え食品に反対や懸念を示す内外の市民団体や食品業界は 「正規の食品安全性審査を行った上での結論ではない」(ニューヨークタイムズ 2001/6/14)、「たとえアレルギーの可能性はないとしても、食品安全性未承認に変わりない」(ロイター通信 2001/6/14)と表明し、米国政府の発表は肯定的には受けとられなかった。たしかに 「安全だというなら、きちんと正式な安全性承認を得るべき」 というのは正論だろう。
スターリンク事件は、混入が確認された2000年9月以来、7年半の歳月を経てようやく終止符を打った。しかし、今回の抽出検査中止は米国の主要メディアでもほとんど報道されず、日本のメディアの関心も集めなかった。開発企業や行政機関からもこの8年間の経緯について、きちんとした説明は行われていない。「アレルギーの原因の恐れ」 としてマイナスイメージを定着させた 「スターリンク」 の後遺症は今後もなかなか消えないのではないかと危惧(きぐ)される。
おもな参考情報
「モニタリング中止決定」を告示した米国食品医薬品庁 (2008年4月25日)
http://www.fda.gov/Food/Biotechnology/Announcements/ucm109399.htm (対応するページが見つかりません。2014年10月)
「スターリンクトウモロコシのモニタリング中止」を提言した米国環境保護庁 (2007年10月17日)
http://www.epa.gov/pesticides/biopesticides/pips/starlink_corn_monitoring.htm
Kershen (2004) Legal liability issues in agricultural biotechnology. Crop Science 44: 456-463. (農業バイオテクノロジーにおける法的責務の問題)
渋谷成美(2002) 海外主要農薬メーカーの動向 植物防疫 56(7):319-325.
農林水産省消費・安全局公表資料(2005年7月20日)
http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20050720press_6.html (対応するページが見つかりません。2012年1月)
組換え作物・食品に関する農林水産省のQ&A(スターリンク関係は下記のV-4参照)
http://www.s.affrc.go.jp/docs/anzenka/qanda.htm (対応するページが見つかりません。2012年1月)