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情報:農業と環境 No.102 (2008年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 260: 農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響 (北里大学農医連携学術叢書第4号)、 陽 捷行 編著、 養賢堂 (2008年7月) ISBN 978-4842504407

私たちが生活している近代文明は、大量の重金属に依存しなければ成立しない。世界の歴史を振り返ってみても、人類の発展と重金属の使用量との間にはきわめて深いかかわりあいが認められる。

銅はすでに紀元6000年前に、鉛は紀元5000年前に、亜鉛や水銀は紀元500年前に人々によって使われていた。ローマ皇帝の時代には、鉛の使用量がきわめて多かったことも確認されている。

19世紀に入って産業革命が始まり、それ以後、重金属は近代社会にとってますます不可欠なものになってきた。その結果、地殻から採掘される重金属の種類と量は増加し、土壌、植生、海洋、大気への拡散の度合いは指数関数的な増加を示した。このことによって、重金属の生物地球化学的な循環が乱されることになる。

地殻から掘り出された膨大な量の重金属は、地球上のあらゆる場所に拡散していく。土壌や海洋に拡散した重金属は、必然的に作物や海産物に吸収され、人間の体にまで侵入してくることになる。

わが国においても、8世紀の初めごろに金属鉱山が発見され、中世末期から近世初期にかけて産業として成立し、江戸期には多くの鉱山が開発された。日本の鉱山が近代的企業形態をとるようになったのは明治以後で、重要鉱山は政府直轄として規模を拡大していった。このうち銅や亜鉛は、工業や兵器関連の原料として需要が伸びるとともに、鉱山からの金属鉱石の採掘量も大幅に増大した。第二次大戦が終わった後は、1960年代から始まった高度経済成長にともなって、金属類の需要はさらに拡大する。このような社会の需要に応えるために、地中から大量の金属鉱石が掘り出され、製錬された。また国内鉱山からの採掘量だけでは不足が生じ、海外からの鉱石輸入も増加してきた。これらの過程で各種の重金属が日本の環境中に放出され、カドミウムなどの土壌汚染を広げることになる。

このようなことから、人間や動物は、通常より過剰な量の重金属を体内に吸収・蓄積することになる。さらに、その重金属は次の世代の人間や動物に引き継がれる場合もある。食物連鎖による蓄積、世代を超えた人間への重金属の集積である。重金属汚染は、時間と空間を越えた問題なのである。

本書は、第4回北里大学農医連携シンポジウムとして各分野の専門家により講演された内容を叢書として編集したものである。内容の概略は次のようになる。

最初に、カドミウムとヒ素を中心に、重金属の生物地球化学的な循環が総論的に解説されている。続いて、農学の立場から、わが国の農地土壌のカドミウム汚染の現状と対策、ヒ素の汚染、その他の重金属汚染が紹介されている。さらに、食物への重金属の集積過程、植物と人にとっての重金属の栄養性と毒性、食物によるカドミウム・ヒ素の摂取と集積が解説されている。 次に、行政の立場から、コーデックス委員会の状況、汚染物質のリスク管理、カドミウムの基準値の検討、わが国のカドミウム、ヒ素などの実態調査が紹介されている。

また、保健医学の立場から、カドミウムの生体影響、カドミウム摂取量に関わる課題、カドミウムの生体影響評価における問題点、動物実験研究からヒトへの外挿・耐用摂取量推定の試み、などが解説されている。続いて、環境医学の立場から、コーデックス委員会の下部会議であるCCFACの会議への出席経験からの見解が具体的に述べられ、さらには、わが国の科学的なディベートの戦い方にも言及している。

最終章では、医療の立場から、臨床環境医学領域における重金属の重要性、重金属による健康障害の背景、ヒトとヒ素の長い関わり、ヒ素中毒が生じる場面、ヒ素中毒の発症機序が解説されている。

このように本書では、食の安全性と健康の視点からカドミウムとヒ素を中心に、それらの挙動を生物地球化学、土壌学、植物栄養学、臨床環境医学および法律の視点から追い、農医連携の科学を発展させるための幅広い情報が収められている。

本書により、農医連携を通じた健康の問題に対する新たな発想や示唆が生まれることを期待したい。

目次

第1章 重金属の生物地球化学的循環 ‐カドミウムとヒ素を中心に‐
陽 捷行 [北里大学]

第2章 農耕地土壌の重金属汚染リスクとその対策
小野信一 [ (独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域]

第3章 植物によるカドミウムとヒ素の集積と人への摂取
米山忠克 [東京大学大学院 農学生命科学研究科]

第4章 コーデックスの状況とわが国の取り組み
瀬川雅裕 [農林水産省 消費・安全局]

第5章 カドミウム摂取の生体影響評価 ‐耐容摂取量推定の試み‐
太田久吉 [北里大学大学院 医療系研究科]

第6章 コーデックス基準策定と食の安心・安全にまつわる戦い
香山不二雄 [自治医科大学 地域医療学センター]

第7章 臨床環境医学から見た重金属問題
坂部 貢 [北里大学大学院 薬学研究科]

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