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農業と環境 No.148 (2012年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 気象要素の正確な平均値の求め方

Exact Averaging of Atmospheric State and Flow Variables
Andrew S. Kowalski
Journal of the Atmospheric Sciences 69, 1750-1757 (2012)

皆さんは、毎時の気温から日平均気温を求める際に、算術平均、すなわち毎時の気温の総和をデータ数 24 で割って計算しませんか? この方法で正確な日平均気温が求められるのでしょうか? 本論文では、このような単純な算術平均で求めた平均気温は正確な平均気温とは異なることが説明されており、正確な平均気温の計算方法についても提示されています。

たとえば、ある場所で気温を一定の期間、観測する場合を考えてみましょう。話を単純にするため、水蒸気は除いて考えます。観測期間を通じて、大気圧は一定 (1013 ヘクトパスカル) でしたが、気温は観測期間の前半は摂氏 -20 度、後半は 20 度を示しました。では、この観測期間全体の平均気温は 0 度でしょうか?

正しい答えは -1.5 度です。

その理由は、 -20 度では空気密度が 48 モル/mで、 20 度での空気密度 42 モル/mと比べて大きいので、単純な算術平均ではなく、空気密度の重みをつけた加重平均を計算する必要があるからです。これは、体積と気圧が等しく、気温が -20 度と 20 度の二つの空気サンプルを混合する場合を思い浮かべれば理解できるでしょう。この場合の平均気温とは、気圧は一定のままで、二つの空気サンプルを十分に混合して一つのサンプルにしたときの気温のことなのです。

地球の平均気温を計算する場合でも、各観測地点の気温による空気密度の違いを無視して、極地から赤道までの気温を算術平均すると、実際より平均気温が高く評価される可能性があります。このように、平均気温を計算する場合には十分な注意を払う必要があるのです。

ほかの気象要素についてはどうでしょうか?

この論文では、気圧、気温、空気密度、二酸化炭素の混合比 (二酸化炭素密度に対する乾燥空気密度の比) のような大気の状態を表す変数や、風速のように流れを表す変数について、複数の空気サンプルの平均値を計算するということは、それらの空気サンプルどうしを十分に混合させて、平衡状態に達したときの変数の値を求めることであり、その混合の前後でどんな物理量が保存されるのか(質量、運動量、エネルギーなど)に注意して、平均値を計算する必要があることを強調しています。これは、時間平均値を計算する場合でも、空間平均値を計算する場合でも同じです。

話を簡単にするため、体積が一定の複数の空気サンプルについて、状態や流れを表す変数の平均値を計算する場合を考えましょう。これは、単一のセンサで一地点の時間変化を観測したり、同一型の複数のセンサで空間分布を観測することに対応します。この場合、二酸化炭素の混合比の時間平均値や空間平均値の計算では個々の測定値を乾燥空気密度で重み付けし、風速の時間平均値や空間平均値の計算では湿潤空気密度で重み付けして、平均値を計算しなければならないのです。一方、(乾燥空気や湿潤空気、二酸化炭素の)密度や気圧の平均値を計算する場合には、単純な算術平均で問題がないことが説明されています。

微気象学分野の乱流研究でよく用いられる偏差(平均値からのずれ)の評価に、正確な平均値を用いることはとても重要です。たとえば、1時間の風速変化を 0.1 秒間隔で観測した時系列データがあるとしましょう。乱流特性を解析する際には、まず、0.1 秒ごとの風速から時間平均値を差し引くことにより、0.1 秒ごとの風速の偏差を抽出する必要があります。ここで使われる時間平均値は、上記の加重平均でなければなりません。

渦相関法とよばれる乱流計測で、間違った平均値を用いて鉛直方向の流れ(フラックス)を計算する場合の影響を、定量的な観点から明らかにするのは今後の課題です。このうち、二酸化炭素と水蒸気のフラックスについては、従来の算術平均を用いて計算したフラックスに 「密度変動補正」 とよばれる補正が加えられているので、密度変動補正の物理的な解釈に誤りがあるにせよ、従来の算術平均を用いても問題はありません。しかし、顕熱と運動量のフラックスはそうではありません。たとえば、乱流計測によって評価された地表面のエネルギー収支は閉じておらず、その原因究明が微気象学分野の長年の課題となっていますが、顕熱フラックスの計算に加重平均を適用することによってこの問題が解決される可能性が高いと、著者は主張しています。

最後の話題である乱流計測への影響はともかく、気象データの正確な平均値の計算には加重平均を使うべき場合があるという著者の主張は、傾聴する必要があるでしょう。

金 元植 ・ 宮田 明 (大気環境研究領域)

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