関連報告1
横浜スカーフの新しい試み

横浜繊維振興会(YTA) 企画運営委員長 押谷哲夫

進行(関川):旅行客をターゲットにした横浜スカーフのPRを兼ねたショップ展開、また、スカーフの新しい使い方といったものに大変ご努力をされております。横浜繊維振興会企画運営委員長押谷様に、講演をお願いいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

押谷哲夫企画運営委員長:ご紹介いただきました押谷です。(拍手)よろしくお願いいたします。
 私どもは、約50年近く「横浜スカーフ」のメーカーをやっております。本日は、横浜繊維振興会の企画運営委員会の委員長としての立場で、皆様にご報告をいたしますので、まず、横浜繊維振興会のご紹介をしたいと思います。
 横浜繊維振興会は、平成4年5月に、横浜繊維業界の8団体が大同団結して生まれた団体です。皆さんご存じの方も多いと思いますが、その8団体とは、日本輸出スカーフ等製造工業組合(海外向けスカーフの輸出業者の組合)、協同組合横浜ネッカチーフ振興会(国内向けスカーフのメーカーの組合)、日本輸出スカーフ捺染工業組合(染め屋さんの組合)、横浜織物商組合(生地屋さんの組合)、神奈川県捺染型協同組合(捺染の型の業者の組合)、神奈川県縫製品協同組合(アパレルの組合)、神奈川県染色協同組合(無地染めの組合)、神奈川県縫製工業協同組合(スカーフやハンカチのヘミング、縁巻きの縫製組合)、以上8つの組合が合わさって、横浜繊維振興会(Yokohama Textile Association:YTA)になりました。スカーフ関連が多いといえます。

 横浜繊維振興会設立の目的は、神奈川県、横浜市の繊維産業発展のためということですが、具体的には、当時から危惧されていました、スカーフを中心とした産地の空洞化に、いかに対応するかということが、非常に強く意識されていました。ただ、かなり明確な問題意識があったにもかかわらず、その後皆さんご存じだと思いますが、中国だけではなく東南アジアも含めて、生産地としての存在価値を侵食されるという、まさしく心配したとおりの産地空洞化が進んでしまいました。さらに、その当時よくスカーフが売れていた原因、付加価値の源泉とでも言ったらいいのでしょうか、ヨーロッパを中心としたライセンスブランドの需要の低下に追い打ちをかけられまして、中には倒産した会社、解散した組合もあります。
 そこで、スカーフを元にして、収益性と発展性のあるビジネスを構築することが、なかなか困難になってきております。その中で、我々スカーフ業者は、改めて、存在価値のあるビジネス、つまり、お客様に喜んでいただいて、お客様の生活に潤いを与える作用ができることが存在価値のあるということですが、ただ、それだけではだめで、継続していかなければなりません。利益が出て継続できるビジネスということになると、利益は目的ではなく、継続のためのコストなのではないかという気がします。存在価値があって継続できるビジネスを、この辺で新規まき直しで作らなければいけないのではないかと思います。スカーフや、今までに培ってきたスカーフの技術などを経営資源として、改めてそういう理想的なビジネスをこれから作り上げていきたいと思っております。そういうことで、今回の「横浜スカーフの新しい試み」という話になると思います。

 話の内容に少し関係しますので、特別講演で大分お話が出ましたが、横浜スカーフの成り立ちについてかいつまんで申し上げます。
 幕末、開国とほとんど同時に、まだ江戸時代ですが、横浜にシルク商人が進出してきました。横浜はシルク産地が周囲にあり、開国で流入してきた西洋人を中心としたシルク製品に対する新しい需要がありました。先ほどお話にも出ましたが、椎野さんは技能とおっしゃいましたが、そうかもしれません。技術も大切な要素です。何色もの色を自由に塗り重ねていくという技術は、日本人にとっては習熟して難なくできたことだと思います。浮世絵や錦絵の例を見るまでもなく、そういう難しいことを難なくこなす手先の器用さ、技術があったことも、この産業が日本の、横浜で生まれた必要条件だったと思います。
 それから、明治に入りまして、絹のハンカチの輸出が非常に盛んになりました。明治20年代には、ハンカチの原材料であった羽二重という生地も、横浜の絹商人が手がけるようになりました。全国最大の輸出港であった横浜は、絹ハンカチの顧客である外国人の好みをいち早くとらえていました。デザインや加工技術を進歩させるのにそういう情報が早く入ってきましたので、そういう意味でも、立地としての適性があったのだと思います。
 染色には大量の安い水が必要です。それには大岡川や帷子川といった川が利用され、これらの川の周辺に捺染加工業者が集まりました。縁かがり(ヘミング)は地元の家庭内職で行われました。企業としては小規模ですが、大変小回りが利いて、顧客の多様な要求に応ずることができるという特徴を、早くから備えておりました。
 第2次世界大戦後は、国内のスカーフ需要もふえました。特に、欧米デザイナーのサインが入った、いわゆるブランドスカーフで、昭和50年ごろには大変なブームを巻き起こしました。こういったことで、非常に業界が潤ったのですが、このような例は需要と供給がしっかり合致して、有効なビジネスのシステムができていたという例です。このように、過去実際に有効であったビジネスのシステムが、今は有効ではありません。そういうことに我々は問題を感じております。

 では、有効なビジネスシステムの基礎条件とは何かということについてお話しします。それは、そんなに難しいことではないと思います。よく「需要と供給」と言いますが、需要の内容と供給の内容が一致しているかどうかだと思っております。実際に需要の内容の変化に対応できていないことが、不振の原因だと思います。
 まず需要ですが、お客様は何が欲しいのかということです。スカーフについたブランドが欲しいのか、世界最高水準の捺染技術だから欲しいのか、スカーフが持つ、例えば防寒などの機能性が欲しいのか、それとも全然別のものなのか。そういう需要の内容です。
 また、供給の問題があります。私どもが企画して作って売っているものは、本当にお客様が欲しているものなのか。また、我々の供給の仕方、売り方、販売の仕方、流通のさせ方がお客様が欲しているものであるか、「これが貴女の欲しているものですよー」と一目でわかるようになっているか。それが供給の方法ということですが、この需要の内容と供給のやり方が一致しないと、有効なビジネスシステムは構築できません。
 世界最高水準の捺染技術で、染色技術で我々はスカーフを作っているつもりですが、我々は業界内部で毎日のことですからよくわかっています。一体買うお客様はそれをわかって買ってくれているのかどうかということを、ふと考えることがあります。そのことを、我々の努力として、そのことをお客様が一目でわかるような形で、我々はスカーフを供給しているのだろうかと考えます。つまり、我々の供給する商品に、「世界最高水準の捺染技術、染色技術だ」という内容に関しての記号性があるかどうかということです。記号というのはサインやマークといいう意味です。これは世界最高水準のスカーフだと、何も知らない方でも一目でわかるように、果たしてなっているかどうかということです。残念ながら、答えはノーです。お客様にわかってもらえる、わからせるということは、世界最高水準のスカーフ だと声高に言い募ることではありません。商品を見て一目でわかるような工夫をすることだと思います。
 世界各国の企業は、その工夫をしているのです。それはエルメス(HERMES)であり、シャネル(CHANEL)のブランドであり、また、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のデザイン、例えばモノグラム(MONOGRAM)のデザイン、などがそうです。ルイヴィトンのモノグラムデザインは有名で、私などは、個人的には決していいデザインだと思わないのですが、先ほど申し上げた記号性という意味では抜群です。それに魅せられて、日本の女性たちが大量に購入しております。ルイヴィトンのバッグの半分から7割は、日本人が買っているのではないかという方もいらっしゃいます。

 「横浜スカーフの新しい試み」に関連しますので、横浜という都市が持つポテンシャル(潜在能力)について、ここで少しお話ししようと思います。
 18歳から28歳の女性が、消費経済に最も影響を持っていると言われております。最近は65歳以上のお年寄りも影響が強いということですが。その年代の女性に、国内で行ってみたい都市はどこかと尋ねると、1位から順に横浜、神戸、長崎、函館、小樽、京都、高山、妻籠なのだそうです。これは大分前に聞いた話なので、今は少し順位と内容が変わるかもしれません。実に、1位から5位までが港町、6位以下は歴史のある古いまちということになると思います。
 異国への憧れが横浜の上に像を結んでいると表現した方がいらっしゃいます。像を結んでいるものとは、具体的には元町の商店街や氷川丸のある山下公園、山手の洋館や中華街などだと思います。また、それらの実体物そのものもさることながら、異国への憧れを増幅する触媒としてのイメージに横浜の価値があって、そのイメージが横浜への憧れをかき立てるのだと思います。もちろん、実体がなくて単なるイメージということではいけません。ですから、その触媒としての作用は、やはり横浜が開国の歴史を肌に刻んだ港町であるということから生まれているのだと思います。
 不況下でも旅行需要は伸びているといいます。人を旅へと誘うものは何でしょう。それは非日常的な場所や雰囲気に触れて癒されたい心で、その心が横浜に目を向けさせるのだと思います。私は横浜で生まれて横浜で育った横浜の人間です。中にどっぷりつかっていますが、確かに横浜という都市には、特に横浜外の人にとっては、そういう魅力がある都市なのではないかと思っております。
 そのような横浜のいろいろ業界が逼塞しておりまして、有効な方策が思い浮かばずに苦しんでおります。わがまち横浜をもう一度、そういう思いで見てみますと、そこに経営資源的なものがちょっと顔を出しています。えいっと引っ張ると、とてつもないものが地中から出てくるのではないかと思っています。先ほどの椎野さんのお話を聞いても、そういう底深い横浜の力が実際にあるのだなと改めて感じました。
 毎日の生活の場面の中に出てくるものがありますが、我々も当たり前に過ぎて気づきません。しかし、そういうものの中から一つ一つ取ってみると、横浜じゅうが経営資源だらけなのではないかという気がします。いろいろな産業にとって、もちろんスカーフ業にとっても、何かそういうものをドッキングさせて利用することができて、それが新しい試みにつながるのではないかということも考えております。

 スカーフの話に戻して、私の結論的なことを申し上げます。スカーフを買うお客様は何が欲しいのか。もちろん、スカーフが欲しいに決まっているのですが、その奥にあるのは何なのでしょうか。スカーフの需要は確かにあると思います。しかし、その需要の内容は何かというと、私どもはこのようなことだと考えております。
 1番目は、品質、値段に記号性のあるハウスブランドのスカーフが欲しい。あの人はさすがにいいスカーフをつけているな、高くて、お洒落なスカーフをつけているなということが、一目でわかるようなブランドスカーフが欲しい方が、良し悪しは別として必ずいらっしゃると思います。
 2番目は、横浜への小さな旅の思い出が蘇るような記念品、お土産としてのスカーフです。横浜に行ってきたのでお土産にスカーフを買ってきてあげたよ、だって横浜はスカーフの産地だものねという需要です。そういう需要が今あるかどうかはちょっと疑問です。我々の努力不足もあるのですが、そういう需要に応えるようなスカーフを作りたいと思っております。
 3番目、自分自身を魅力的に演出できる道具としてのスカーフが欲しいという需要があるだろうと思います。
 4番目、来賓のご挨拶にもありましたが、自分の美しさや健康を守る道具としてのスカーフが欲しいというのも、確実にあると思います。
 5番目は4番目と関連するのですが、冬の寒さと夏の寒さ。特に夏の寒さをお洒落に防ぐ道具としてのスカーフが欲しいという需要です。夏のスタイルは、冷房はつらいし健康や美容に非常に悪いので、そういう需要が確かに出てきております。
 それぞれの需要に対して我々がやっている、あるいはこれからやろうとしている新しい試みについて、説明いたします。
 1番目の記号性のあるハウスブランドについてです。日ごろお世話になっているシルク博物館の方々のお許しをいただければ、よい商品、記号性のある商品を、抜群のいいスカーフを作りまして、「SILK MUSEUM」というブランドをつけて展開し、それを横浜のハウスブランドに育てていきたいと思っております。
 しかし、どんなにいいものを作っても、売れなければビジネスとして成立しません。単なる趣味の世界です。商売ではなくて一時的なイベントになってしまいますので、販売する方法や場所、PRの拠点などを確保する必要があると私どもは考えました。我々はスカーフPRの拠点といたしまして、シルクミュージアムショップを業界有志で展開しております。4年ほど前、シルク博物館が改装するときに、ショップをつくるので、横浜繊維振興会が運営してもいいと、シルクミュージアムに言っていただきました。そこで、横浜繊維振興会のメンバーに声をかけまして、Silk Museum Shop Association(SIMSA)という有志のサークルをつくり、シルクミュージアムショップを運営する傍ら、今日から赤レンガ倉庫で始まっていますが、各種イベント参加の実行部隊として横浜スカーフのPR活動を展開しております。
 2番目は観光、コンベンションとのコラボレーションです。観光に力を入れて、観光客を1割増やさなければいけないという話が、先ほど横浜市の方からありました。横浜のイメージが持つポテンシャルについては先ほどお話ししましたが、横浜市の観光政策に則って横浜の観光産業を振興することを、重点施策の一つに挙げております。
 実際、先ほど申し上げました横浜の都市イメージのおかげで、たくさんの観光客が横浜に来てくれます。横浜観光コンベンション・ビューローの発表によりますと、平成14年度に横浜に来た観光客は、3,450万人だったそうです。どう数えたのかはちょっとわかりませんが。東京ディズニーランドが、ディズニーシーができる前は1,300万人、中華街だけで1,800万人です。横浜は広いですが、その倍ぐらいの人数が来ています。これは非常に強力な経営資源です。
 先ほど説明いたしましたシルクセンターのショップのほかに、各メンバー会社独自のショップもあります。7つのショップのガイドマップを共同でつくり、ホテルなどに置いていただいて、主に観光客を対象にPR活動をしております。そのガイドマップは資料の中に入っていると思いますので、あとでご覧下さい。
 今日も専務理事に来ていただいておりますが、横浜ファッション協会の中にスカーフ部会という部会があり、毎年スカーフデザインコンテストをやっております。文字通りスカーフのデザインのコンテストで、ことしは47回目になります。スカーフの図案を募集いたしまして、優秀作を選び表彰いたします。募集デザインのテーマに「横浜」があります。自由課題と「横浜」の2つがあります。横浜というテーマの優秀作を、最高級の生地と世界一の技術で製品化いたしまして、横浜のお土産、記念品、お遣い物として役立つようにしております。これも、スカーフのカタログが資料の中にあると思いますのでご覧下さい。今年は、さらにスカーフの新たな活用方法、新しいアレンジ提案を募集いたしました。スカーフのいろいろなアレンジの仕方や使い方がわかるようになっております。これも募集のパンフレットが資料にあると思います。
 スカーフデザインコンテストやスカーフアレンジの発表は、先程申し上げましたが、赤レンガ倉庫の1号館2階で開催しております。観光とのコラボレーションという意味で、横浜ファッションウィークと銘打ちまして、観光客の多い赤レンガ倉庫で販売も含めたイベントをやっているわけです。こういったイベントも、スカーフの新しい需要に対する新しい試みだと言えると思います。
 3番目の、自分を魅力的に演出する道具が欲しいということに関しまして、スカーフは自分を魅力的に演出できる便利な道具であるということは間違いありません。例えば、黒やワイン色の無地のニットワンピースを着ている大人の女性がスカーフをしていないと、ちょっと物足りません。そのような方が2人おられて、片方はスカーフをしているが、片方はスカーフをしていない、ということでしたら、スカーフをしている方の方が絶対にお洒落な感じがします。
 日本スカーフ協会という団体があります。これは、スカーフの問屋さんと横浜のスカーフメーカーの主なところがメンバーになっている、スカーフ振興のための団体で、横浜繊維振興会もメンバーになっております。この協会の宣伝委員会を中心として3年前に「スカーフコーディネーション制度」というものを立ち上げました。これは、さまざまな場面で、スカーフの使い方をアドバイス、指導できる、コーディネートを教える協会認定講師を作り、育てようという制度です。今までに公認嚆矢が50人以上になりました。今赤レンガ倉庫でやっておりますイベントにも、販売や、アドバイスのコーナーにこの認定講師がアテンドして、スカーフの使い方のコツを伝授しております。
 4番目の、自分の美しさを守る、ということについてです。挨拶にもありましたように、シルクには、紫外線を遮る力、皮膚の美白作用、皮膚の角質除去作用などの大きな力があります。スカーフとは直接関係ありませんが、シルク化粧水の原料として、シルクパウダーやシルク繭を販売しています。これは、ショップでの販売のほか、インターネットでの販売も計画しています。
 5番目の、夏の防寒のためという需要についてです。冬の防寒については、いろいろの方法がありますし、洋服自体がもう防寒になっています。今はほとんどのところが冷房完備になっていますから、むしろ、健康のための夏の冷房対策の方が必要になっています。オフィスなどで使用するため、「大きく、しかも、たたんでかさばらない」とか「あまり派手や豪華でなく、しかもお洒落な」といったいくつかの条件での商品開発が必要です。
 時間がないので残念ですが、スカーフの新しい需要とその対応としての新しい試みを幾つかご紹介いたしました。ご清聴ありがとうございました。(拍手)

進行(関川):どうもありがとうございました。時間を急がせて申し訳ございませんが、最後の意見交換等でご質問等を受けたいと思います。スカーフについての需要について、大変具体的な話がなされました。どうもありがとうございました(拍手)。


  横浜サミットのページに戻る    トップのページに戻る