POPsとは、残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants)の通称で、有害性、低水溶性(高脂溶性)、難分解性、長距離移動性の4つの性質を持つ化学物質のことである。POPsが国境を越えて移動し、人畜に蓄積し、場合によっては悪影響を及ぼすという問題が生じており、後述の条約で12物質がPOPsに指定された。具体的にはマイレックス、アルドリン、ディルドリン、エンドリン、トキサフェン、DDT、クロルデン、ヘプタクロル、HCB、さらに非意図的に混入する危険性があるダイオキシン、ジベンゾフラン、PCBである。前の9つは農薬である。
POPs対策については、1990年代から国際的な検討が進められ、2001年スウェーデンのストックホルムで行われた外交会議において、12物質がPOPsとして指定され、それらの削減や廃絶に向けた「残留性汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」が採択された。わが国は2002年8月30日にこの条約を締結し、2004年2月17日に締結国数が50に達したことを受けて、同5月17日に条約が発効した。
この条約の第7条では、条約に基づく義務を履行するための計画、すなわち国内実施計画を作成し、条約がその国に効力を生じる日から2年以内、わが国の場合は2006年5月17日までに締約国会議に送付することになっている。そこで環境省、経済産業省、農林水産省など6省で実施計画の検討が行われ、パブリックコメントを経て、本年6月24日に地球環境保全に関する関係閣僚会議において了承された。今後は英訳して締約国会議に提出する予定である。
この実施計画は、2005年5月に開催された第1回締約国会議において採択されたガイダンス文書を参考に、POPs条約第5条(a)に基づく非意図的生成物質に関する行動計画も含めて作成されている。4つの章で構成され、付属資料を含めると80ページにも及ぶが、第3章(具体的な施策の展開―国内実施計画の戦略及び行動計画要素―)に主題となる計画が体系的に取りまとめられている。
ここでのポイントは、POPsにかかわる 1)製造、使用、輸入及び輸出の防止、2)非意図的生成物の排出削減、3)在庫及び廃棄物から生ずる放出の削減、および、4)環境監視、国際的取り組み、情報提供、研究開発の促進等、これらの基盤となる施策の実施である。「実施計画」という言葉からは、これから何かを始めるように思えるが、実際はすでに関連する法律や制度とともにさまざまな取組みがなされている。たとえば上記の1)に関しては、化学物質審査規制法、農薬取締法、薬事法や外国為替及び外国貿易法に基づいて禁止されている。また2)では、化学物質排出把握管理促進法、いわゆるPRTR制度が関係している。3)のうち、たとえば埋設農薬は2001年の調査で、全国174ヶ所、総数量3,680トンが特定され、廃棄物処理法等に基づいて適正な処理が進められている。さらに4)については、生物(1978年〜)や水・底質(1986年〜)について継続的に環境モニタリングを実施するとともに、2002年からは化学物質環境実態調査の中でPOPsのモニタリングに取り組んでいる。ほかにも内分泌かく乱化学物質環境実態調査や水質汚濁防止法に基づくモニタリング等も実施している。さらに、現在実施しているプロジェクト「農林水産生態系における有害化学物質の総合管理技術の開発」の中で、作物および環境中でのPOPsの動態を解明する研究が進められている。
これらの取り組みの結果、ダイオキシンの排出量を例にとれば、1997年に比べて2003年では95%削減され、削減計画で定めた目標はすでに達成されている。このようにPOPsの削減対策が順調に進んでいる背景には、ここで取り扱う化学物質がすべて過去のもので、現在は使用が禁止されていることがある。また不純物として非意図的に農薬に混入するダイオキシンも厳しく規制されている。しかし、順調に進んでいるのは煙突から出るダイオキシン、高圧トランスなどPCB含有廃棄物、埋設農薬等の点源対策が中心であり、面源対策については必ずしも順調とはいえない。汚染物質が一定の場所に高濃度で存在していれば、処理工場に運搬して物理化学的に安全、適正かつ安価に処理することも可能であるが、たとえば土壌が薄く広く汚染された場合は、膨大な処理費用と労力が必要となる。POPsの処理費用を重さで換算すると「金」と等価になるといわれることもある。
その意味からもPOPsの継続的な環境モニタリングや環境中での挙動予測に基づくリスク評価、さらには面源対策を含むリスク管理・低減をめざす新たな研究開発が今後とも強く求められることであろう。なお、国内実施計画の詳細を知りたい方は、環境省のWebサイトにある「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に基づく国内実施計画」(本文PDFファイル)をご覧いただきたい。