前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.65 (2005.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 177: 熱帯生態学、長野敏英 編、朝倉書店 (2004) ISBN 4-254-40013-6

本書は、1979年に温帯・熱帯地域における生物生産の比較農学の共同研究に参画し、爾来(じらい)今日まで、タイ国を主要な研究拠点として精力的に研究を進めている長野敏英教授を編著者に、彼と共同して、東南アジアを研究のフィールドに、熱帯における農業問題、環境問題に取り組んでいる研究者たちによって編纂された。その内容は「20年以上にわたって、フィールドを這いずり回って得られた研究結果」であると述べるが、本書はそうした研究成果論文を単に寄せ集めたオムニバスな書ではない。

本書を手に取って目次を一瞥(いちべつ)すると分かるように、通読することによって、熱帯の土壌、熱帯における土地利用、熱帯林の生態、生態環境の計測など、熱帯生態学の研究を行うために必要な基礎知識を学ぶことができる。なお、無謀な開発によって生態系が破壊され荒廃地化した事例は、読者が熱帯生態系をより良く理解する助けとなっている。他方、熱帯林の再生・修復の事例も紹介しているが、荒廃地の修復や熱帯地域での環境保全型農業の確立など、解決すべき問題が山積しているという。後進の学徒が熱帯地域について興味を持ち熱帯地域での研究に取り組むことを願う著者たちの熱き思いが伝わってくる。そうした思いが本書に「熱帯地域での旅行・調査心得」を掲載させている。

目次

1. 熱帯の気候

1.1 気候区分

1.2 熱帯気候の特徴

a. 温度・水環境 b. 日長変化

2.熱帯の土壌

2.1 気候、植生、地質、土壌

a. 熱帯地域の気候 b. 熱帯地域の植生と気候 c. 熱帯地域の地質 d. 熱帯地域に分布する土壌の種類

2.2 熱帯の土壌

a. 熱帯に特有の成帯性土壌 b. 熱帯に分布する成帯内性土壌 c. 熱帯に分布するその他の土壌

2.3 開墾にともなう土壌の劣化

2.4 主要土壌の農業的利用における問題点とその改良

a. フェラルソル b. アクリソル c. 酸性硫酸塩土壌 d. ヒストソル e. ソロネッツ f. ソロンチャク

3.熱帯林の生態

3.1 熱帯のフロラ

3.2 熱帯植生の種類と分布

a. 熱帯多雨林 b. 山地雨林 c. 湿地林およびマングローブ林 d. 雨緑林(モンスーン林) e. サバンナ林

3.3 熱帯の森林の特徴

a. 熱帯多雨林の相観と構造 b. 熱帯林のバイオマスと炭素循環 c. つる植物と着生植物

3.4 熱帯林の生物多様性

a. 熱帯林の種類組成 b. 熱帯林のファウナ

3.5 熱帯林の更新・遷移

4.熱帯生態環境を測る

4.1 地球化学的手法から

a. モニタリングとは何か b. 森林の動態と生産 c. 安定同位体精密測定法(SI法)の応用

4.2 衛星リモートセンシング

a. 衛星リモートセンシングの原理と基本的な解析法 b. 衛星データの解析結果の地上データによる検証法

4.3 環境物理的な手法から

a. 水分状態の測定 b. キャノピー上でのフラックス測定 c. 森林生態系での炭素収支

5.熱帯林破壊と環境問題

5.1 森林破壊の現状

5.2 森林破壊とその機能低下

a. 水の地表面流出と土壌侵食 b. 熱環境問題 c. 熱・物質フラックスの測定

5.3 熱帯林の物質生産機能

5.4 熱帯泥炭湿地林

a. 熱帯泥炭湿地林の生成過程 b. タイ国ナラチワ泥炭湿地林の開発事例 c. 土壌有機物の分解・消失

5.5 熱帯再生と環境税

a. 地球上における炭素動態 b. 環境税 c. 気候変動枠組条約

6.熱帯林の再生・修復

6.1 熱帯林と人間の歴史

6.2 森林の再生・修復の目的

a. 産業造林 b. 環境造林

6.3 熱帯林再生・修復のシナリオ

a. 森林は残っているが、劣化が生じている場合 b. 森林が一度なくなり、二次林となっている場合 c. 森林がなくなったが、土壌劣化が大きくない場合 d. 森林がなくなり、土壌劣化が生じている場合

6.4 熱帯林再生・修復の事例

a. 土壌劣化が生じていない場所での熱帯林修復の事例(インドネシア・東カリマンタン州スブル) b. 土壌劣化が生じている場所での熱帯林修復の事例(タイ・ナラチワ県)

7.熱帯における土地利用

7.1 生態系の機能を生かした土地利用

7.2 生態系の物質生産機構

7.3 熱帯林生態系の機能

7.4 緯度系列に沿っての生産性の変化:熱帯林の位置

a. 森林に供給される有機物の量 b. 有機物分解速度 c. 温帯と熱帯の有機物分解の違い

7.5 熱帯での土地利用の様式

a. 土地利用による森林生態系の変化 b. 生態系機能の変化 c. 生産者の変化 d. 土壌分解系の変化

7.6 土地利用による生物多様性の変化

a. 植物群落の変化 b. 消費者系の変化

7.7 生態系の機能を生かした土地利用の様式

a. エネルギーを単位とした土地利用の評価 b. 土地利用の空間的なスケール c. 経験的な焼畑などでの生態系の機能の利用

8.熱帯での営農

8.1 多様な熱帯農業

8.2 デルタの営農

8.3 平原の営農

8.4 山地の営農

8.5 熱帯での営農の今日的課題

〔付〕 熱帯地域での旅行・調査心得

1.出発前の準備

2.滞在中の注意事項

3.帰国してから

4.最後に

索引

前の記事 ページの先頭へ 次の記事