前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.67 (2005.11)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介:農地からの流出水が、栄養塩の影響を受けやすい海域での植物プランクトンの大発生を引き起こしている

Agricultural runoff fuels large phytoplankton blooms in vulnerable areas of the ocean,
J. Michael Beman, et al., Nature 434, 211-214 (2005)

農業環境技術研究所では、農業活動が環境に及ぼす影響についての調査・研究を実施している。農地からの窒素の水系への流出・流達経路は複雑であり、また日本では土地利用が混在することもあって、下流の生態系への影響を明確に関連付けた研究は多くはない。米国スタンフォード大学のMatson教授らのグループは、農業が環境に及ぼす影響について多角的に研究を進めている。ここでは、農業活動に由来する窒素の流出が海洋生態系に与える影響を明らかにした研究の概要を紹介する。

カリフォルニア湾は栄養成分の濃度が高い海域であり、高い生物生産性が維持されている。湾内はプランクトンの生育によって窒素の濃度が低下しても、リンの濃度はある程度に保たれており、相対的に窒素が欠乏する状態にある。湾の東岸の Yaqui Valley 地区の農地(面積22万5千 ha、平均施肥量250 kg N/ha)では、秋と春に一斉に灌漑(かんがい)が行われ、その排水が数日以内にカリフォルニア湾に達する。

1998年から2002年までの衛星画像を解析すると、カリフォルニア湾では植物プランクトンの大規模な発生(ブルーム)が、季節的な変動以外にもくり返して見られた。これらには、栄養塩類の豊富な深層からの湧昇流によるものが含まれる一方、灌漑水の導入時期に対応するブルームが含まれていた。統計的手法により、植物プランクトン濃度の年間変動の22%が灌漑排水中の窒素の流入に関係していること、また、同期間に20回実施された灌漑のうちの10回で、灌漑ピークの前後3〜5日以内に植物プランクトン濃度の上昇があったことが明らかになり、これらは灌漑排水の流入によることが示唆された。一方、Yaqui Valley 地区から流出する窒素量が推定され、湾内への灌漑排水の流入によって大規模なブルームが生じうることが確かめられた。

熱帯と亜熱帯の海洋など生物生産性の高い海域では、脱窒反応が盛んなため、相対的に窒素が欠乏している。また、南シナ海のようにもともと貧栄養であるが、季節的に窒素が強い制限要因となる海域もあり、カリフォルニア湾のように窒素の影響を受けやすいと考えられる。今後、これらの海域の沿岸域(中国を含む低緯度地帯の発展途上国)での窒素肥料の消費量は急増し、2050年には世界の消費量のほぼ6割を占めると予測されている。これは2000年の世界の消費量を上まわる量である。同時に、集約的な農業システムの導入・普及によって、カリフォルニア湾の場合と同様に大量の窒素が流出すると予想され、下流の海洋生態系に深刻な影響が生じることが心配される。

(化学環境部 板橋 直) 

前の記事 ページの先頭へ 次の記事