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情報:農業と環境 No.67 (2005.11)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際情報: 新しい「緑の革命」へ −IRRIの環境研究方針−

本年(2005年)9月5日に、国際稲研究所(IRRI)の副所長Ren Wang氏が農業環境技術研究所を訪問し、「IRRIの環境に関する実行計画書−持続可能な開発へのアプローチ(IRRI's Environmental Agenda - an approach toward sustainable development)」について講演した。氏は冒頭、「IRRIは稲の育種(品種改良)に研究の重点を置いていると思われているが、実は、環境研究に大きく舵を切っている。」と述べて、この実行計画書の説明に入った。

1940年以降に、国際的な取り組みによる研究開発と政策によって、世界で、とくに開発途上国において主要穀物の飛躍的な増産が実現した。これは「緑の革命(Green Revolution)」と呼ばれている。稲については、1960年代後半にIRRIが多収穫品種IR8を開発し、アジアにおける「緑の革命」の中心的役割をはたした。そのIRRIが、昨年2004年「国際コメ年」に、環境研究へ大きく方向転換を図るこの実行計画書を公表した。

この計画書では、世界人口60億の約半数、29億人がコメを主食とし、穀物の中では最大の1億3千5百万ヘクタールの農地でコメが生産されているという稲作の重要性を背景として、まず、「緑の革命」の意義を述べている。多収穫品種の導入(現在、アジアの稲の70%はIRRI開発品種由来)によって、収穫量が2倍になり、アジアの穀物需要を満たすことができたとし、これを First Green Revolution と呼んでいる。

ところが、この「緑の革命」は、一方でさまざまな問題も引き起こした。この計画書では、そのことを直視し、率直に問題点を明らかにしている。貧富の差の拡大など社会経済の問題にも多少触れているが、取りあげている問題の大部分は環境への悪影響である。「緑の革命」で導入された多収穫品種は施肥反応が良い、すなわち、肥料を増やすほど収量が上がる。また、高い収量を確保するには病害虫防除のために多量の農薬を使う必要がある。このようなことが原因で、化学肥料や農薬の不適切な多量使用によって水域の汚染が引き起こされている。また、多収穫のためには、多量の水が必要で、水需給や水環境の問題が顕在化してきたと述べている。

IRRIが環境研究へ方向転換を図った理由として、まず、持続可能なコメ生産のためには環境の保全が不可欠であるということをあげている。次に、地球規模での気候変動がコメ生産に影響を及ぼすのでその対策が重要である。また、多収穫品種の普及によって在来の多様な稲品種の消失が起こりつつあるので、稲の遺伝資源の枯渇という問題に対応する必要がある。さらに、従来の育種法で限界に達しつつある多収穫品種の育成には最新のバイオテクノロジーが有効と考えられるが、この技術で育成した稲の生態系へのリスクが懸念されているので、それに対応する必要があるとしている。

計画書では7つの重要課題を示し、それぞれについて、問題点、IRRIでの研究の進展状況、今後の戦略を述べている。重要課題は、(1) 貧困と環境、(2) 農業化学資材(農薬・化学肥料)と残留物質、(3) 土地利用と土壌劣化、(4) 水利用と水質、(5) 生物多様性、(6) 気候変動、(7) バイオテクノロジーの利用である。このうちの水利用について、副所長Ren Wang氏は講演の中で、稲作の水需要を低減するために、現在の水田栽培から畑栽培に転換するための技術開発を一つの大きな目標にすることを強調した。陸稲(おかぼ/りくとう)栽培については収量と持続性に問題があることが知られており、困難を伴う大きな挑戦と考えられる。IRRIの計画書では、この技術開発には、育種を含むさまざまな分野の専門家の協力が不可欠としている。

IRRIは、この環境研究の方向を「緑の革命の緑化(Greening the Green Revolution)」、「'2倍の緑'の革命(Doubly Green Revolution)」、「新しい緑の革命(New Green Revolution)」といった言葉でアピールしている。IRRIとしては大きな方向転換で、それを実行計画書(Agenda)という形で公表することによって、研究所の方向付けを堅固にしようとしている。

なお、ここで紹介した「IRRIの環境に関する実行計画書(IRRI's Environmental Agenda)」はIRRIのwebサイト(http://www.irri.org/)に英語で掲載されている(http://www.irri.org/docs/IRRIEnvironmentalAgenda.pdf)。

IRRIは国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の研究所のひとつである。CGIARはそのメンバーである世界63の国/機関/民間財団が資金を拠出してつくっているグループで、傘下に、さまざまな気候の世界各地に配置された15の研究機関を擁している。このグループは開発途上国の農業の発展に貢献する研究開発を目的としていて、現在は、食料の増産とともに環境保全による持続可能な農業の確立を指向している。詳細はCGIARのwebサイト(英語)(http://www.cgiar.org/) を参照されたい。また、活動の概要は、上記サイト内の日本語のページ (該当するページは現在見つかりません。2012年7月) でも読める。農業環境技術研究所は、フィリピンにあるIRRIのほか、インドにある国際半乾燥熱帯作物研究所(ICRISAT)に研究者を派遣するなど、CGIARの研究活動に貢献している。

(企画調整部 木村 龍介) 

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