わが国の水田農業は、担い手の再構築、米価低落傾向の中での産地づくりという、極めて困難な大きな課題を抱えている。「確かに日本農業は現在、未曾有の危機的状況に突入しつつある。しかし、危機はまた成長・発展の契機でもあるのが歴史の教えるところであろう。危機に陥る前に危機的状況が訪れることを察知して対処する」と、著者の一人谷口信和は述べる。本書は、地域水田農業ビジョンの内容を分析し、水田農業地域の現場で創意と工夫を重ねて水田農業の構造改革に取り組んでいる姿を明らかにすることを通じて、全国各地での水田農業の危機的状況への「対処」に示唆を与えることを意図している。
本書では、北海道南空知地域における法人経営の増加、秋田県合川町および静岡県磐田市における担い手への農地利用集積、茨城県霞ヶ浦湖岸兼業低湿水田地帯における農業構造、茨城県下館市JA北つくばにおける売れる米づくりの取組み、新潟県三島郡和島村における圃(ほ)場整備事業を契機とした集落営農組織の法人化、石川県小松市における個別規模拡大による個別経営体の展開、福岡県福岡市および筑前町における産地づくりの取組み、滋賀県での環境こだわり農産物のブランド化による売れる米づくりなどの事例を分析の対象に取り上げて、異なる地域状況の下に展開されている担い手育成、売れる米づくりによる産地づくりの現状を明らかにしている。また、米生産目標数量の市町村配分の全国的な動向も整理し、市町村別配分数量に格差をつけた事例として新潟、滋賀、福岡の事例を検討している。
目次
第 I 章 米政策改革から新基本計画に基づく構造改革へ
1.米政策改革がめざしたもの
2.米政策改革から新食料・農村基本計画に基づいた構造改革
3.構造改革最先進地における更なる改革への模索
(1) 営農部会プロジェクトの出発点における問題意識
第 II 章 米生産目標数量の市町村別配分と地域農業
1.不作下での価格低下と過剰作付の進展
2.「地域水田農業ビジョン」と変革への可能性
3.市町村別の生産目標数値―― 一律配分からの脱却
4.市町村別目標数量配分に配慮した県における市町村間の格差
(1) 新潟県――需要実績と改革要素にシフト
5.滋賀県における水田農業構造と米改革への対応
(1) 大規模稲作経営、兼業農家、集落営農の併存構造
6.担い手育成や米のマーケティングに沿った地域水田農業へ
第 III 章 北海道央水田地域における担い手の新たな動向
1.はじめに
2.北海道水田作地域における農地供給過剰化と農家経済悪化
(1) 水田地域における後継者不在農家の増加と農地需給構造の変化
3.北海道における法人化の動向と水田作生産組織の法人化意向
(1) 北海道における法人化の推移
4.北村における法人化の動向と特徴
(1) 北村における法人化の動向
5.南幌町における法人化の動向と特徴
(1) 南幌町における法人化の経緯と特徴
6.おわりに
第 IV 章 「地域水田農業ビジョン」の展開と担い手への農地利用集積の実態・課題
はじめに
1.秋田県合川町における水田営農の展開と課題
(1) 合川町の農業の概要
2.静岡県磐田市における水田営農の展開と課題
(1) 磐田市農業の概要
3.まとめ――水田農業の担い手を多元的・連関的に捉える視点――
(1) 水田農業の担い手としての「農業邦人化」の類型
第 V 章 霞ヶ浦湖岸低湿水田地帯における水田農業構造
1.美浦村における水田農業ビジョンへの取り組み状況
(1) 地域の概要
2.兼業低湿水田地帯における農業構造
(1) 進む農業労働力の高齢化・脆弱化とようやく進み始めた農地流動化
3.おわりに――霞ヶ浦湖岸低湿水田地帯における農業構造変動の行方――
第 VI 章 JA北つくばにおける米政策改革への果敢なる挑戦
1.はじめに
2.地域概況と前史としての団地的転作の意義
(1) 下館市農業の概況
3.売れる米づくりの模索と量販店契約栽培米への挑戦
(1) インショップ野菜から量販店契約栽培米へ
4.農地保有合理化事業を通じた構造再編
(1) 担い手問題の顕在化
第 VII 章 食品スーパー主導型地産地消システムの形成
1.取組の背景――食品・米小売業の現況――
(1) 食品小売業の構造変動
2.エコスグループの概要・戦略
(1) エコスの概要
3.エコスPB米の沿革・現況
(1) PB米の沿革
4.エコスPB米の生産・流通システム
(1) 契約
5.システムの特色
(1) 食品廃棄物のリサイクルについて
6.論点と今後の方向性
(1) 信頼関係を軸としたシステムの構築
第 VIII 章 ほ場整備事業を契機とした生産組織の設立による農業構造の変化と組織の法人化
1.はじめに
2.集落営農組織の活動の特徴
(1) 稲作を中心とした活動の特徴
3.村、農協による集落営農組織の設立、法人化の推進
(1) 生産組織設立の背景
4.おわりに
第 IX 章 石川県における「地域水田農業ビジョン」の展開
1.本稿の課題
2.小松市における「水田ビジョン」の概要と展開
(1) 「水田ビジョン」の概要
3.大規模経営体の対応
(1) 有限会社・たけもと農場(能美郡・寺井町)
4.農業生産法人等の新たな動き
第 X 章 福岡県における地域水田農業ビジョンの取り組み
1.福岡県における米生産目標数量および産地づくり対策交付金の配分方針
(1) 福岡県における米生産目標数量の配分
2.福岡市における水田農業ビジョンへの取り組み
(1) 福岡市の農業生産の特徴
3.筑前町・夜須地域における水田農業ビジョンへの取り組み
(1) 夜須地域の農業生産の特徴
おわりに