Biological control of terrestrial silica cycling and export fluxes to watersheds
Louis A. Derry, et al.,
農業環境技術研究所では、農地から水域へ窒素やリンが流出する過程を解明するための研究を進めている。一方、ケイ素は地殻では酸素に次いで多い元素で、ほとんどがケイ酸の形態で存在しており、土壌の酸性化を和らげるなどの重要な役割を果たしている。ケイ酸は珪藻(けいそう)類やイネ科植物の細胞壁に多量に含まれ、これらの植物の栄養源としても重要である。わが国では、土壌の酸性を矯(きょう)正して水稲の収量を安定させるために、ケイ酸肥料が施用される。また、窒素やリンによる水域の富栄養化が進み、ケイ酸が不足気味になると、珪藻類と他の藻類との間のバランスが崩れ、赤潮の発生などに結びつくことがある。
米国コーネル大学のDerry準教授らは、風化によって岩石から溶け出したケイ酸が地下水や河川へ流出する過程や、植物に吸収されたケイ酸が土壌へ再循環される過程を研究している。ここに紹介する論文は、ゲルマニウムとケイ素の濃度比(Ge/Si)を利用して、河川へのケイ酸の供給源をMurnane・Stallard・Froelich(MSF)モデルにより推測したものである。このモデルによれば、岩石の溶解により高ケイ酸濃度・低Ge/Si溶液(成分1)が生成する一方、ゲルマニウムに富む粘土の溶解により低ケイ酸濃度・高Ge/Si溶液(成分2)が生成する。
このモデルを検証するために、ハワイ諸島が絶好の機会を与えてくれる。ハワイの新鮮な玄武岩のGe/Siは比較的狭い範囲(2.3〜2.9×10-6)に収まることが知られている。そこで、石炭の燃焼や熱水流出の影響のない河川で得られたデータを使うと、河川水のケイ酸は、成分1[低Ge/Si比(約0.2×10-6)かつケイ酸濃度>600μM]と、成分2[高Ge/Si比(約2.6×10-6)かつケイ酸濃度≦25μM]の2成分混合系としてモデル化できる。
ハワイ諸島全域で、玄武岩質土壌の年代順序に沿って7つの土壌断面から土壌水を採取し、GeおよびSiの濃度を測定することによって、MSFモデルの検証を試みた。風化の進んだ土壌では、15 cm以下から採取した土壌水のケイ酸濃度は6〜45μMの範囲にあり、Ge/Si比は高く成分2と同程度であった。しかし、15 cmより上の表層でのケイ酸濃度は高く、河川の標準的なケイ酸濃度(100μM以上)に近い値が得られた。比較的若い土壌では、土壌水のケイ酸濃度は200〜600μMの範囲にあり、また下層のGe/Si比も残存している新鮮な玄武岩と火山性ガラスの溶解平衡で説明できた。しかし、表面近くの有機質層やその直下のGe/Si比は、火山性ガラスなどから予測される値よりもはるかに低く、現地の植生から調製した植物ケイ酸体(phytolith)と同じレベルであり、成分1のGe/Si比に近かった。
以上の結果から、風化が進んだ下層土から採取した土壌水のケイ酸の性質は成分2と同じであるが、表層の土壌水のケイ酸は生物起源であるといえる。すなわち、ハワイ諸島の河川へ放出されるケイ酸の大部分は生物起源のケイ酸プールを通過したものであり、鉱物の風化に由来するケイ酸が河川へ放出される割合は小さいと考えられる。風化の激しいハワイ諸島の土壌では、一般的にケイ酸が欠乏しており、生物起源のケイ酸プールがケイ酸の循環全体に重要な役割を果たしている。
(化学環境部 菅原和夫)