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情報:農業と環境 No.69 (2006.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 鉛・カドミウムの吸収と耐性を向上させたトランスジェニック植物の作出

Engineering tolerance and accumulation of lead and cadmium in transgenic plants
Song, W-Y et al., Nature Biotechnology, 21, 914-919 (2003)

環境問題に関心のある読者は、「ファイトレメディエーション」という言葉を一度は耳にしたことがあるだろう。ファイトレメディエーション(phyto-remediation)とは、植物(phyto-)が持っている、有害な化学物質(重金属や残留農薬など)を吸収、蓄積、分解する機能を利用し、汚染された土壌や地下水を、浄化/修復(-remediation)する技術である。

この技術は、従来の物理化学的な環境修復手法に比べて安価であり、広範囲にわたる環境の「修復・保全・維持」が可能な、環境調和型技術として注目されている。この技術の商業化が世界的に進められており、日本のファイトレメディエーション市場は、おもに重金属や有機化合物の除去を対象にして、2005年に約8億円、2020年には約250億円の規模になると試算されている。農業環境技術研究所では、カドミウム(Cd)汚染水田土壌に対するファイトレメディエーション技術の開発を進めており、実用化に近づきつつある。

しかし、ファイトレメディエーションには弱点もある。物理化学的手法に比べて浄化効率が低いため、修復に長い時間がかかることである。この弱点を克服するため、重金属に対する吸収能力や耐性に関連する遺伝子が調べられ、遺伝子工学の手法を駆使して、浄化効率を高めた植物の開発が世界的に進行している。ここでは、鉛(Pb)とCdの吸収能力と耐性を向上させたトランスジェニック(遺伝子組換え)植物の作出に関する論文を紹介する。

酵母から発見されたYCF1(yeast cadmium factor)タンパク質は、おもに液胞膜に局在して、Cdを液胞内に取り込む作用に関与している。著者らは、酵母の野生株、YCF1欠損株、YCF1高発現株を高濃度のPbとCdに暴露し、各株の生存率から二つの重金属に対する耐性を比較した。その結果、YCF1欠損株はまったく生存できず、YCF1高発現株は野生株よりも高い生存率を示した。

次に、酵母のYCF1遺伝子を、モデル植物であるシロイヌナズナに導入し、CdとPbに対する耐性と集積量を調査した。その結果、PbとCdの集積量は、導入前の個体の約1.5倍から2.0倍に増加し、耐性も著しく向上した。さらに調査を進めた結果、Cdは、アミノ酸の一種であるグルタチオンと錯体を形成した後に液胞膜を通過し、液胞内に隔離されていることがわかった。著者らは、Pbの浄化に有望視されているポプラにこの遺伝子を導入することにより、ファイトレメディエーションへの利用をめざしている。

ここで紹介したYCF1遺伝子以外にも重金属耐性に関与する遺伝子がいくつか見つかっており、重金属耐性を高めた組み換え植物は盛んに作出されつつある。しかし、報告の多くは養液栽培での結果であり、汚染土壌を使った実証試験がさらに必要である。また、組換え植物を実際に土壌浄化に利用するときには、パブリックアクセプタンス(社会的同意)を得ることも重要であろう。

(化学環境部 石川 覚) 

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