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情報:農業と環境 No.69 (2006.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 191: 自然環境の評価と育成、 大森博雄・大澤雅彦・熊谷洋一・梶 幹男 編、東京大学出版会 (2005)ISBN:4-13-062712-0

持続的な社会を構築するには、多様な生態系機能の維持・向上が重要である。だが、外来生物の侵入・定着、化学物質の負荷や地球温暖化など、人間活動に起因する生態系のかく乱が深刻な環境問題となっている。人類の生存や生活を支えている生物の多様性を保全するためには、環境破壊によってもたらされるさまざまな影響を解明し、それらのリスク評価、そしてリスク管理のための技術を開発することが緊急の課題である。研究開発を実施するにあたって、難題ではあるが、典型的な複雑系である生態系の構造と機能についての基礎的なデータを蓄積しなければならない。

東京大学大学院新領域創成科学研究科は、1999年に自然環境学の創造をめざして「自然環境学大講座・自然環境コース」を開設した。本書は、自然環境学の現状を紹介するために出版されたものである。「環境をとらえる」、「環境を評価する」、「環境を育てる」の3部で構成され、さらに、「環境学へのメッセージ」として、地球環境を改善する重要性が述べられている。

第1部「環境をとらえる」では、将来の自然環境変化の予測に向けて、地球を構成する地圏、水圏、気圏、生物圏について地域性と歴史性を概観し、また、生態系生態学の立場から、生物圏における物質循環とエネルギーの流れ、生態系を支える土壌や生物間の相互作用等について整理している。とくに、人類による農林業や都市開発など、人類による生態系への働きかけにおいては、「複雑な生態系の構造と機能のごく一部しか理解できていないことを肝に銘じるべき」と述べ、地道な野外調査データの蓄積が重要であると指摘している。

第2部「環境を評価する」では、生活の基盤を形成する自然環境の保護・保全に向けた歴史的な取り組み、調査に基づく環境変動の評価、さらに、わが国における自然環境の保護・保全の流れを紹介している。自然環境の保全において国立公園の果たしてきた役割は大きく、環境の総合指標となる景観の価値を今後もアセスメントする重要性を示唆し、その評価方法である定量的予測、定性的予測の手法について解説している。

第3部「環境を育てる」では、よりよい環境を作るためには緑を育成することが必須であり、その阻害要因となる森林伐採、農地の拡大、家畜の影響などを例示している。一方、持続的な森林管理のあり方として、東京大学北海道演習林で実施している天然林の択伐施業システムについて、施業である木材生産だけでなく生物多様性や水保全の面からも有効な方策であると評価している。さらに、自然環境を感覚的に理解・評価するとともに、情報の共有化を図るためには、情報通信技術の活用が有効であるとしている。

全体を通して、自然環境を保全・改善することが人間と地球の未来のために不可欠であること、自然環境学が人口、経済、産業、文化など広範な学問分野を包含するものであること、生態系は複雑系であり研究の積み重ねが必要であることが繰り返し述べられている。「農業生態系の構造と機能の解明」をめざす研究者に、一読することをお勧めする。

目次

はじめに――環境指標への道標

執筆者および分担一覧

第1部 環境をとらえる

第1章 環境のダイナミクス

1.1 環境のダイナミクスとは

1.2 自然環境の地域的多様性

1.3 自然環境の長期基層変動

1.4 巨大化する人間活動による自然環境の変容

1.5 自然災害の発生予測と軽減

1.6 新しい自然観を求めて

参考文献

第2章 陸域生態系の構造

2.1 生物圏における物質循環と生態系の構造

2.2 生態系における植物の生理過程

2.3 生態系における生物被害と共生

2.4 まとめ

参考文献

第3章 海洋生態系の構造

3.1 生物にとっての海洋環境

3.2 海洋における物質循環の仕組み

3.3 海洋生態系の特徴

3.4 海洋環境に及ぼす人間活動の影響

参考文献

第4章 生態系区分と環境要因

4.1 生物と環境

4.2 生態的レベルと環境要因のスケール

4.3 生態系のグローバル分化

4.4 攪乱要因と生態系の時空間配列

4.5 生態系の利用と保全

参考文献

コラム1 世界を主導する沿岸調査・研究体制を目指して

コラム2 黒潮の運ぶもの

第2部 環境を評価する

第5章 閾値と人間の活動可能領域

5.1 環境の計測と評価

5.2 自然環境の枠組みと計測・評価の視点

5.3 閾値と人間の活動可能領域

5.4 オーストラリアのマレー・マリーの砂漠化

5.5 閾値を探りながら生きる

参考文献

第6章 環境の変動と人為改変

6.1 環境変動論への視座――東南アジアから考える

6.2 環境変動の諸相

6.3 環境変動と環境問題――環境変動と災害

6.4 環境変動の評価

参考文献

第7章 自然環境の変遷と景観予測評価

7.1 自然環境の変遷

7.2 自然環境と環境影響評価

7.3 自然環境における景観予測評価

参考文献

コラム3 地球温暖化とは

コラム4 海洋生物資源をとりまく環境

第3部 環境を育てる

第8章 緑の育成

8.1 わが国の森林

8.2 森林の現代的意義

8.3 緑の育成――黄土高原における森林再生

参考文献

第9章 生物資源の持続的利用

9.1 生物資源とは

9.2 未知の植物生理活性物質の探索

9.3 森林破壊と環境劣化

9.4 エチオピア高原における森林減少とその原因

9.5 森林の環境保全機能

9.6 天然林における持続的木材生産と環境保全

参考文献

第10章 自然環境の情報化

10.1 マルチメディア雑考

10.2 自然環境の情報化の事例

10.3 サイバーフォレスト研究

参考文献

コラム5 海の森林破壊と海洋環境研究

コラム6 GISによる環境研究

おわりに――環境研究へのメッセージ

索引

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