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情報:農業と環境 No.70 (2006.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

資料の紹介: サステナビリティの科学的基礎に関する調査報告書 Science on Sustainability 2006、
サステナビリティの科学的基礎に関する調査プロジェクト(RSBS) 事務局 (2005)

この資料は、東京海上日動火災保険株式会社が調査費用を負担し、北川正恭氏(早稲田大学大学院公共経営研究科教授)と山本良一氏(東京大学生産技術研究所教授)を発起人・共同座長として行われた「サステナビリティの科学的基礎に関する調査プロジェクト(RSBS)」の報告書である。

この調査プロジェクトの実施には、7名の顧問、29名の調査委員、20名の実行委員のほか、100名をこえる専門家が協力した。農業環境技術研究所のメンバーも、調査委員あるいは協力者として、この調査にかかわっている。

サステナビリティ(持続可能性)という概念は、有限な世界において無限の生長は不可能であり、従来型の経済成長には物理的、生態学的な限界があるという考え方である。サステナビリティを考える際には、将来世代に対する責任(世代間倫理)という視点が必要である。本報告書はこれから50年ほど先までを対象として、われわれの子や孫の世代が生活する環境が今後どのように変化し、それが地球社会の発展にどのような制限を課すかを議論している。

報告書の第1部では、サステナビリティについての考え方が紹介され、最近50年間の動向が概観されている。世界の人口はこの50年で約2.5倍に増えたが、化石燃料や他の天然資源の消費量はさらに大きく伸び、生活は豊かになった。だが、近年は豊かな国と貧しい国の格差が広がる傾向にあり、最貧国の経済成長を実現するためには経済成長と環境負荷増大のデカップリング(切り離し)が求められるとしている。

第2部では、サステナビリティの重要な5つの側面(気候システム、エネルギー、資源と廃棄物、食料・土壌・水・森林、生物多様性)の現状について、自然科学的な知見がまとめられている。地球の気候システムの将来予測には科学的不確実性が伴うため、予想されるさまざまな影響を気候リスクとしてとらえ、予防原則に則って対処しなければならない。また、食料問題については、この調査でヒアリングを行った日本の多くの科学者は、食料の絶対的な不足はなく食料の分配に問題があると考えている。だが日本の食料自給率は先進国の中では最低の水準にあり、地球環境に対する負荷の面からも自国の食料安全保障の面からも問題がある。生物多様性を保全し健全な状態に保つことによって、ほとんどの人間活動が依存している「生態系サービス」が維持できるが、生物種の絶滅に関する情報は不足しており、その程度についてさまざまな推計がされている。ミレニアム生態系評価で取り上げられた24の生態系サービスの多くは低下傾向を示している。

第3部では、生態系サービスの「価値」を評価する試みが紹介され、第4部では、人間活動が環境に与える影響について、さまざまな評価手法とその評価結果が解説されている。日本における経済活動による健康損失では、都市域大気汚染によるものが最大で、次いで地球温暖化、有害化学物質の影響が大きい。資源については、原油など枯渇性資源の消費による損失、地球温暖化と酸性化の被害が大きい。日本における経済活動によって発生する環境影響を貨幣換算して、1年あたり15兆円という数字が示されているが、この評価に含まれていない環境問題も多く、過小評価の要因となっているという。

第5部では、本報告書で取り上げたサステナビリティの5つの側面の議論がまとめられ、『成長の限界』をめぐる論争と、「エコロジカルフットプリント」の手法が紹介されている。

[追加情報] この報告書のPDFファイルは、同調査プロジェクトのWebサイト (RSBS SOS2006) において公開されており、ダウンロード・閲覧が可能です。

[ 2007年9月、編集事務局 ]

目次

はじめに「サステナビリティの科学的基礎に関する調査プロジェクトの趣旨について」

第1部 サステナビリティとは何か

第1章 サステナビリティの定義

1-1 ナチュラル・ステップの4つのシステム条件

1-2 ハーマン・デーリーの3原則

1-3 サステナビリティの時間軸

第2章 20世紀後半、世界はどう変化したか

2-1 地球の人口増加の速度

2-2 資源消費の推移

2-3 経済成長と貧困

2-4 経済成長と環境負荷増大のデカップリング

2-5 本報告書での「サステナビリティ」のとらえ方

第2部 サステナビリティの5つの側面

第1章 気候システム

1-1 異常気象は増えているか

1-2 気候システムの科学的解明はどこまで進んでいるか

1-3 危険な気候変動の可能性はあるか

1-4 IPCCコンセンサスへの批判

1-5 懐疑論者による批判に対するIPCCの反論

1-6 気候変動に対する社会の対応

第2章 エネルギー

2-1 世界のエネルギー消費はどのように推移しているか

2-2 省エネルギーはなぜ重要か、どこまで可能か

2-3 化石エネルギーの可能性は

2-4 原子力の可能性は

2-5 再生可能エネルギーの可能性は

2-6 未来エネルギーの可能性は

2-7 エネルギーの環境負荷をどうみるか

3-8 エネルギーシステムの革新をどう考えるか

第3章 資源と廃棄物

3-1 世界のマテリアル・フローは

3-2 資源は枯渇するか

3-3 資源枯渇の評価方法とは

3-4 省資源・3Rの取り組み

3-5 持続可能な資源利用に向けた廃棄物・リサイクル分野の取り組みとは

3-6 有害化学物質の課題と管理

3-7 循環する資源のフローをどう確立できるか

第4章 食料・土壌・水・森林

4-1 大規模な食料危機は起きるか

4-2 日本の食料は安定確保できるか

4-3 土壌は劣化しているか

4-4 水資源の将来性は

4-5 衛生的な水は確保できるか

4-6 森林は減少しているか

4-7 気候変動の影響はあるか

4-8 持続可能な農業とは

第5章 生物多様性

5-1 生物多様性とは何か

5-2 種の絶滅の現状と意味

5-3 生物多様性の評価方法

5-4 自然のインフラストラクチャーとサービス提供としての生物多様性とは?

5-5 気候変動の生物多様性への影響

5-6 生物多様性を守るための戦略

5-7 生物多様性の内在的価値

第3部 人間活動を支える環境サービス

第1章 経済を支える環境サービス(生態系サービス)

1-1 地球環境から得るサービスの「価値」とは

1-2 内在的価値とは

第2章 環境サービスを貨幣評価する

2-1 環境サービスの貨幣評価の方法

2-2 価値評価額の例

2-3 地球の生態系サービスの貨幣価値

2-4 貨幣評価の問題点

2-5 貨幣評価のメリット

第3章 市場で価格がつかない環境の価値

3-1 環境サービスの特徴

3-2 環境サービスへの人間の経済の依存性

第4章 環境サービスの実体を測る

4-1 実物評価の取り組み

4-2 環境サービスの状態を測るもの

4-3 経済活動におけるモノの動きを測るもの

4-4 環境サービスと人間活動の大きさを測るもの

4-5 環境に関する実物評価の意義と課題

第4部 環境影響の評価手法

第1章 環境影響をどう評価するか

1-1 環境問題の種類とその特徴

1-2 環境影響の評価手法

第2章 どの程度の環境影響が発生しているか

2-1 健康影響

2-2 資源の評価

2-3 生態系の評価

第3章 環境影響はいくらに相当するのか

3-1 日本における社会的費用の算定

第5部 「地球の環境収容力」をどうとらえるか

第1章 サステナビリティの5つの側面の相互関係

1-1 5つの側面の議論からわかったこと

1-2 5つの側面への人間活動の影響

1-3 サステナビリティの実現には

第2章 人類は「成長の限界」に直面するか

2-1 『成長の限界』での問題提起

2-2 『成長の限界』での結論

2-3 『成長の限界』での気候変動の扱い方

2-4 30年後の「成長の限界」での見方は

2-5 『成長の限界』に対する反論

第3章 エコロジカル・フットプリントでみる「環境収容力」

3-1 エコロジカル・フットプリント指標の目的と定義

3-2 エコロジカル・フットプリントの計算

3-3 人類のエコロジカル・フットプリントの測定

3-4 エコロジカル・フットプリントの応用事例

3-5 エコロジカル・フットプリントに対する批判と反論

第4章 「サステナビリティ」の達成に向けて

付録: エコロジカル・フットプリント(EF)計算の技術的改良

あとがき「科学技術コミュニケーションとしての本プロジェクトについて」

略語表

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