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情報:農業と環境 No.70 (2006.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

農林水産技術会議事務局「研究成果」シリーズの紹介(10): 「農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究」

ホルモン様活性を持ち、動物の内分泌機能をかく乱する化学物質が環境中に存在することがシーア・コルボーンらの「奪われし未来」などによって指摘され、社会的な関心事となった。これらの問題に対処するための研究プロジェクトが、平成11年度から14年度の4年間、農業・生物系特定産業技術研究機構、水産総合研究センター、農業環境技術研究所、森林総合研究所、食品総合研究所と、大学、民間等との協力により、農林水産省の「環境研究」として実施された。本研究プロジェクトは、ダイオキシン類および内分泌かく乱作用が疑われた化学物質に関して、動態と作用機構の解明、影響評価法の開発、分解・汚染抑制技術の開発などを目的とした。その研究結果が、昨年、農林水産技術会議から研究成果シリーズの433冊めとして公表された。

本研究は下記の6つの大きな課題に分けて行われた。この冊子、研究成果シリーズ433集「農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究」には、479ページにわたって、その研究結果が豊富なデータとともに報告されている。その概要のごく一部を以下に示す。

1.「家畜・家禽・飼料における内分泌かく乱物質の動態およびその作用機構の解明」

牧草、牛、土壌、飼料作物、サイレージ、家畜の体組織、牛乳、卵におけるダイオキシン類の濃度実態や移行実態を明らかにした。牛乳中のダイオキシン類濃度は初乳期で高く、その後すみやかに低下するが、3産次まで検出された。また、多孔性物質であるゼオライトを飼料に添加することによりダイオキシン類の吸収が抑えられることを明らかにした。そのほか、樹脂添加剤、植物エストロジェン、合成性ホルモンなど内分泌かく乱物質の家畜・家禽に対する作用機構と、胎子への移行様式を解明した。

2.「水域生態系における内分泌かく乱物質の影響実態と作用機構の解明」

ビテロジェニンやコリオジェニンなどを指標として、内分泌かく乱物質の水生生物に対する影響評価法を開発し、影響実態把握を行った。ダイオキシン類、有機スズ、天然性ホルモンなどが海域に拡散する経路を解明し、海底堆積物中のダイオキシン類の由来や地域性などが解明された。さらに、ダイオキシン類の生物濃縮の程度が無脊椎動物と魚類で様相の異なることを明らかにした。また、エストロゲン、ノニルフェノールなどが魚類や甲殻類の生殖機能に及ぼす影響等を解析した。

3.「内分泌かく乱物質の耕地および森林地における動態解明と制御技術の開発」

陸生野生生物におけるDDTやダイオキシン類の各栄養段階における濃縮実態を調査した。コイやメダカなどに対する内分泌かく乱物質の影響評価法を開発し、内分泌かく乱作用が疑われた化学物質の活性を推定した。また、作物におけるダイオキシン類汚染の要因について、ダイオキシン類は土壌からイネ、ダイズなどの作物にはほとんど吸収されず、大気経由による汚染が主体と考えられた。さらに、化学資材による土壌中ダイオキシン類の分解促進のための基礎的知見を得た。

ダイズのカドミウム吸収の特性や吸収機構を明らかにした。イネの吸収特性を検討した結果、日本型イネはカドミウム吸収能が低く、日印交雑型イネで吸収能が高いことがわかった。この特性がファイトレメディエーションに利用できる可能性が示唆された。また、カドミウムなど金属の動態における森林の役割を評価した。

4.「食品・包装資材における内分泌かく乱物質の動態解明および制御技術の開発」

内分泌かく乱作用の疑われていた物質について、食品製造過程での消失などを含めた動態を明らかにし、PCB濃度を減少させる魚肉のすり身製造法を提示した。また、ビスフェノールA、フタル酸エステル類の、食品用プラスチック容器などから食品への溶出実態を解明し、動物や細胞を用いて影響等を明らかにした。

5.「生物機能を利用した内分泌かく乱物質分解技術の開発」

PCB、アルキルベンゼン、ダイオキシン類などを分解する微生物酵素を元にして、新規なオキシゲナーゼの作成に成功した。さらに、アルキルフェノールモノエトキシレートおよびアルキルフェノールジエトキシレートを完全分解する細菌2株を海浜から分離するとともに、沿岸海水での同菌の分布を明らかにした。また、ダイオキシン分解菌のスクリーニング法を開発するとともに、ウスヒラタケがダイオキシン類を分解すること、ハタケキノコのペレット製剤を用いてスラリー培養を行うことにより高い分解率が得られることを明らかにした。

6.「農耕地等におけるダイオキシン類の動態解明とそれに基づく移行・拡散防止技術の開発」

ダイオキシン類の水田からの流出実態、湖沼における堆積実態を解明した。節水代かき、無代かきではダイオキシン類の流出を2割以下に削減でき、不耕起直播栽培ではダイオキシン類の流出は皆無であることが分かった。また、土壌粒径別のダイオキシン類濃度の違いは2倍以内であったことから、懸濁土壌を圃(ほ)場外に流出させないことが重要との知見を得た。この結果に基づき、塩化カルシウムを凝集剤として代かき時に加えることで、ダイオキシン類の流出を3分の1に削減できた。このほか、水系におけるダイオキシン類の動態予測モデルの開発、湖沼におけるダイオキシン類の起源等の推定を行った。

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