本書は、「複雑系の科学と現代思想」のシリーズとして刊行された書の1冊である。複雑系のシミュレーションモデルの第一人者である金子が、「内部観測」の方法論を世界に先駆けて提唱した郡司とアポトーシスの第一人者である高木との鼎(てい)談によって、展開する多様性の生物学に心引かれて本書を手にした。
そこでは、「もしも多様性といった概念を、時間とかコミュニケーションの含意なしに使おうとすると、多様性は、矛盾といった形式になるか、それとも単純な多様性でしかなくなる。・・・・生物学者が多様性という言葉を使う際には、多かれ少なかれ時間とかコミュニケーションを含意しているのではないかと思うんですが、一方、生物学的過程の背後には、実は、プログラムが控えている、というような要素還元的思想がある。その思想のもとに時間やコミュニケーションを含意した多様性という言葉を使っていると、だんだん背後に控えている思想に引っ張られて、どうしても多様性というのが要素と集合とか、ただ沢山あるという単純な意味での多様性みたいな議論にからめとられてしまう。問題は、そこからどうやって、時間やコミュニケーションを含意した多様性を語ることができるのか」と郡司は問題提起する。「多様性」と一口にいっても、認識の仕方における多様性、現象的な多様性、現象の結果としての多様性と、それぞれに異なることをわれわれは先ず知らされる。展開される議論は示唆に富み含蓄がある。規定と規範、有限と無限、外部とは、アポトーシス、エピジェネティック・ランドスケープ、相互作用、死、内部観測などについて話題は広がり深まり議論は展開される。
現在の生物学がシステムという点を考慮せず、個々の部品の役割を追及し、それによって生命という機械を記述しようとしているのに対抗し、金子は、要素に固定した役割を与えるのではなく、役割自体が関係性の中でダイナミックに生成され変わっていくという視点から、相補的関係を捉えようとする。生命を複雑システムとして捉えたとき、複雑系のカオス的シナリオを支える3つの主題は生命の論理を考える上で基本となる。これら動的な多対多論理の必要性、構成論的なアプローチ、記述不安定性を踏まえつつ、細胞分化など生命現象を捉えるために要する6つの主題について最初に提示する(第1章)。第2章では、生命系を多くの要素の動的な多対多の関係論として捉え、生命系の本質的な特徴である内在的多様性、集団レベルの安定性、再帰性を抽出することを試みる。鼎談に先行する金子のこれら2つの論文は、鼎談で展開される議論の理解を助けるといえども、多くの示唆に富む鼎談には、郡司の「内部観測」、高木の「アポトーシス」についての予備知識も求められる。
目次
複雑系−カオス的シナリオから生命的シナリオへ (金子邦彦)
複雑系の研究
複雑系のカオス的シナリオにおける三主題
生命へ
生命の複雑系シナリオのための六主題
アイソロガス多様化と概帰性
概帰性からルールの生成へ
相互内部ダイナミクス系としての生命観 (金子邦彦)
はじめに
細胞分化モデル
アイソロガス多様化
意義
力学系的生命観に向けて
多様性の生物学 (金子邦彦 × 郡司ペギオ-幸夫 × 高木由臣)
多様性における含意
基底と規範
「もの」と「こと」、有限と無限
新たな記号化の存立平面――外部とは?
アポトーシス――死の機構化
エピジェネティック・ランドスケープ
相互作用とは何か
詳説・死のメカニズム
有限の少し先の「外部」、あるいは選択の権利としての「無限」
死と生の境目
死は生の不在ではない――死をどう定義するか
「死」は形式化されうるか――内部観測の根源へ
あとがき (金子邦彦)
キーワード索引