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情報:農業と環境 No.76 (2006.8)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 207: 科学者という仕事 −独創性はどのように生まれるか、 酒井邦嘉 著、 中公新書 1843 (2006) ISBN4-12-101843-5

第3期科学技術基本計画(2006年〜2010年)では、「モノから人へ、機関における個人の重視」がうたわれ、研究は人(個人)が行うものであることが強調されている。その一方で、データのねつ造だ、研究費の不正使用だと、「研究者」を巡るよからぬ話題も世界的ににぎやかである。

ところで、科学とは、研究とは、そして研究者とは何だろうか? 科学の神髄である独創性とは、どのようにして生まれるのだろうか。科学者という仕事を通して科学研究の本質に触れることは、「人間の知」への理解を深めることにつながるという。

本書は、新聞の書評などでも取り上げられているが、科学技術創造立国が叫ばれる中で若者の理科離れが懸念される現在、さまざまな形で科学技術にかかわっている人や科学に関心を持っている人に、おすすめの1冊である。しかし何よりも、現在研究を行っている者、とくに若手の研究者にとって、自らの今を問い直し、今後を考える上で、必読の書と言えよう。全7章からなり、各章はアインシュタインほか、科学を築いてきた人たちの言葉から始まる。

第1章 科学研究のフィロソフィー −知るより分かる:

研究者の仕事は、人のやらないことをやり、人の考えないことを考える、ということである。そして実際の科学とは、事実の足りないところを「科学的仮説」で補いながら作り上げた構造物であり、非常に人間的なものである。

第2章 模倣から創造へ −科学に王道なし:

研究の方法、そして、研究者としての成長を説く。研究者としての第一歩は、「どのように研究するか」であり、幅広く科学の知識を吸収し、研究の仕方や考え方を確実に模倣した上で、創造的な研究に進む。

第3章 研究者のフィロソフィー −いかに「個」を磨くか:

研究者になる上でもっとも大切なことは、「個」に徹することであり、革新的な発明・発見は個人的になされることが多い。研究者は、自己と向き合い、自分の天分を冷徹に見定めなければならない。「研究者は・・・・人生のレースは才能で勝負しているように見えるが、実は最後は才能のない部分をいかにカバーできるかが肝心で、本当は「ない才能で勝負」している」という説明は、現代の研究者という職業の本質を言い得ているようで、面白い。

第4章 研究のセンス −不思議への挑戦:

意外性のないところに発見的な価値はない。インパクトのある意外性の体験、現象の繰り返しの観察を通じ、思いつきから科学的な仮説へと続く。研究者にとってとくに大切なのは考えることであり、そのためには、常に新しいアイデアを渇望するようなハングリー精神、精神的な飢餓感が必要である。

第5章 発表のセンス ―伝える力:

科学研究は “Publish or perish.” と言われ、論文発表をしなければ消滅するしかない。研究そのものは自己本位であるのに対し、研究発表のフィロソフィーは他人本位に徹することであり、人に伝える力を磨くことが研究発表の基本的センスである。論文作成は、査読者による批評に意味があり、一つの論文が完成するまでには、山あり谷ありのドラマを味わうことになる。

第6章 研究の倫理 −フェアプレーとは:

研究の世界も一般の人間社会と何ら違いはなく、利益、名声、ライバル心などの要素が研究者間の競争の火種になりうる。科学が社会的な信頼を維持できるかどうかは、基本的に研究者一人一人の良心にかかっている。

第7章 研究と教育のディレンマ −研究者を育む:

自律した新進の研究者を育てることはとても難しい課題である。人を育てるのはあくまでも人である。

第8章 科学者の社会貢献 −進歩を支える人達:

科学の倫理は人間の文化や社会・宗教観、イデオロギーによって左右される。科学における革新的な発見や仮説は、一般の社会や思想、宗教観にも多大な影響を与えてきた。市民も科学の進歩を支える人達であり、その意味で研究者と市民の対話がとても大切になっている。

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