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情報:農業と環境 No.78 (2006.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2) 畑土壌生物多様性RP

農業環境技術研究所は、中期目標期間 (平成18−22年度) における研究・技術開発を効率的に推進するため、15のリサーチプロジェクト(RP)を設けています (詳細は、情報:農業と環境 No.77農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(1) を参照してください)。

ここでは、畑土壌生物多様性リサーチプロジェクトについて、リサーチプロジェクト(RP)のリーダーが紹介します。

畑土壌生物多様性リサーチプロジェクト

畑土壌生物多様性RPでは、農業活動が畑土壌中の小動物・線虫類や微生物に及ぼす影響を明らかにし、持続的な農業生産技術の確立に役立てるため、次のような研究を行っています。

(1) 農業活動が、土壌中に生息する小動物・線虫類や微生物の群集構造に及ぼす影響を、土壌中の遺伝子(環境DNA)のモニタリングなどによって調査し、明らかにします。

(2) 得られた成果から畑土壌中の生物多様性と農業活動との関連を解析し、畑土壌のもつホメオスタシス(外的変化に対し群集構造を安定的に維持しようとする恒常性維持機能)のメカニズムを明らかにします。

これまでに得られている研究成果

1.微生物多様性評価のための土壌からの環境DNA抽出法の開発

図1 各地の黒ボク土から抽出したDNAの検出。スキムミルク無添加ではまったく検出されない場合が多い(ゲル電気泳動パターン)

土壌や水など環境中に存在する培養困難な微生物を調べるためには、環境中から直接DNAを抽出して解析する手法が用いられます。

日本の畑地面積の大部分を占める黒ボク土はDNAを強く吸着するため、DNAの抽出は困難でしたが、スキムミルクを抽出液に添加することによりDNAの抽出が可能になりました (図1)。

2.環境DNAで土壌くん蒸処理の微生物影響をみる

環境生物のなかで、微生物は物質循環など生態系で基礎となる重要な役割を果たしています。畑土壌生物多様性RPではスキムミルクを用いた土壌からのDNA抽出法を用いて、病害虫防除のための土壌くん蒸剤が防除対象外の土壌微生物に与える影響について、評価を行いました。抽出したDNAをPCRで増幅し、変性剤勾配ゲル電気泳動(DGGE)法で解析しました。その結果、土壌くん蒸剤 (クロルピクリン) の処理により土壌微生物の多様性は大きく減少することが明らかになりました (図2)。一方、殺線虫剤(D−D)の処理の影響は少なく、また、無処理区にはない細菌DNAのバンドが増大しました (図3中央)。このように、D−Dにおいても処理を繰り返すことにより微生物相に影響が現れることが明らかになりました。

図2 糸状菌相の多様性指数は、クロルピクリン処理では1か月後に著しく減少していたが、D−D処理では変化していなかった(グラフ)

さらに、これらのバンドの塩基配列を調べることで、存在する微生物の分類群を推定することができます。たとえば、細菌相についての解析では、無処理土壌のDNAバンド (図3左) には、培養できない未知の細菌と推定される細菌DNAのバンドが検出されました。しかし、クロルピクリン処理の土壌では、これらのバンドは消失し、培養可能な細菌と推定されるバンド(図3右)が増大・出現しました。このことは、この手法によれば、従来の培養法では評価できなかった培養困難な微生物を含めて、薬剤処理が及ぼす影響を解析できることを示しています。

このように、土壌から直接抽出した環境DNAを用いる解析法は、農業現場における土壌微生物相の変化をとらえることができるので、農薬、肥料、有機物等の施用が環境に及ぼす影響評価に利用できると期待されます。

図3 細菌DNAのバンドの比較により、無処理区で見られない細菌群がD−D処理区で増大する、クロルピクリン処理では培養困難な細菌群が減少し、培養可能な細菌群が増大・出現すると推定された(DGGEパターン)

3.土壌線虫を指標とした黒ボク土畑における耕起の影響評価

かく乱の程度が異なる不耕起栽培畑と慣行栽培畑を用いて、土壌線虫を指標生物として、耕起というかく乱の影響を比較、評価しました。その結果、3つの方法で計算した多様度指数は、いずれも不耕起栽培の方が慣行栽培より高いことが明らかになりました。このように土壌線虫を指標として耕起などの農耕地かく乱の生物多様性に対する影響を評価できることが判明しました。

畑土壌生物多様性RPリーダー 松本 直幸
生物生態機能研究領域 上席研究員)
(現在、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター)

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