農業環境技術研究所は、中期目標期間 (平成18−22年度) における研究・技術開発を効率的に推進するため、15のリサーチプロジェクト(RP)を設けています (詳細は、情報:農業と環境 No.77 の 農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(1) を参照してください)。
ここでは、栄養塩類リスク評価リサーチプロジェクトについて、プロジェクトリーダーが紹介します。
農耕地への肥料や有機質資材の施用は安定した食糧供給を可能にしましたが、一方で、流出した窒素・リンなど栄養塩類による水系汚染も引き起こしてきました。栄養塩類リスク評価リサーチプロジェクトでは、農耕地土壌から地下水や河川などの水域にいたる窒素・リンの動きを明らかにして、栄養塩類による水質汚染リスク評価の手法を開発するために、以下の研究を行っています。
(1) 土壌・地下水圏での硝酸性窒素の動きの解明と水質汚染リスクの評価
農耕地に施用された肥料や有機質資材の中の窒素(N)が、硝酸性窒素(NO3−)として地下水や河川などに流入することで水質汚染が起きますが、作物に吸収されなかった窒素のすべてが地下水や河川に流入するわけではありません。分子状酸素(O2)の欠乏した還元的な環境では、微生物が有機物などを分解する際に硝酸性窒素を消費する(脱窒と呼ばれる)ことが知られています(図1)。硝酸性窒素による水系汚染のリスクを的確に評価するには、硝酸性窒素の除去が地下水の流動過程でどの程度生じているのかを明らかにする必要があります。このために、脱窒が生じるにはどのような土壌的・地形的条件が必要なのか、農耕地下層での脱窒による硝酸性窒素の除去能力はどのように空間的に分布しているのかを明らかにする研究を行っています。また、地下水の水質モニタリングや窒素の同位体組成の変化から地下水中の脱窒機能を定量的に明らかにし、硝酸性窒素による水質汚染の受けやすさを評価するための手法の開発を進めています。
図1 地下水へ流亡した硝酸性窒素(NO3−)は還元的な環境では脱窒によってN2 やN2Oへと還元される
(2) 土壌・表面水中のリンの動きの解明と水質汚染リスクの評価
硝酸性窒素とは対照的に、リン(P)には土壌粒子に吸着されやすく、土壌溶液中の濃度も概して低いという性質があります。このため、農耕地からのリンの流出は、降雨によって生じる土砂流亡に伴って土壌粒子に吸着されたまま河川に流出するものが大部分であると考えられてきました。しかし、近年の農耕地への有機物や肥料の多量施用により、表面流去水に溶存したまま、あるいは有機態画分として流出するリンにも関心が向けられるようになりました。また、粘土質の転換畑(元来は水田で、水稲以外の作物を栽培するために畑として利用されている圃場)では、土壌の乾燥収縮により形成された亀裂を通じて、土壌粒子に吸着されたリンが暗渠(あんきょ)(圃場下部に埋設された排水管)に流出することが明らかにされています(図2)。そこで、これらの経路を通じた農耕地からのリンの流出特性や主要な存在形態を明らかにするとともに、リンによる水質汚染リスクを評価するための手法の開発を進めています。
図2 粘土質の転換畑からの水の流出量と流出水中の懸濁物質・リン濃度
(3) 流域レベルでの水質汚染リスク評価のためのモデルの開発
農耕地から流出する窒素・リンによる水系汚染を軽減するにはどのような対策が効果的か、またそれによって地下水・表面水の水質が長期的にどのように変化するかを予測するには、これらの栄養塩類による水質汚染リスクを流域レベルで評価する必要があります。そのために、土壌・水圏での硝酸性窒素とリンの動きの解明にもとづいて、流域内での栄養塩類の動態を予測するためのモデルの開発と改良を進めています。また、窒素やリンによる水質汚染が生じやすい土壌・地形、および気象的条件を明らかにし、水質汚染リスク評価図を作成するための研究も進めています。