前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.80 (2006.12)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 214: 現代社会における食・環境・健康 (北里大学農医連携学術叢書 第1号)、 陽 捷行 編著、 養賢堂 (2006) ISBN 4-8425-0388-2

北里大学では、「農医連携」の科学や教育が必要不可欠との判断から、食・環境・健康をめぐる問題や研究課題を整理するなど、活発な検討が進められている。この「農医連携」という言葉は、わが国で新しく使用されたもので、技術万能であった20世紀の反省にたち、21世紀は「病気の予防、健康の増進、安全な食品、環境を保全する農業、癒しの農」などが必要で、問題解決のために医学と農学との連携の必要性が強調されている。なお、研究の展開方向、研究会・シンポジウムの開催、研究プロジェクトの企画などに向けて農医連携委員会が設置されている。本書は、2006年3月に開催されたシンポジウムの内容を冊子として取りまとめたものである。

第1章では農医分野で連携して解決すべき問題について、国際的・国内的動向が紹介されている。そして、「農と医はかつて同根であるとともに、歴史的にも類似した道を歩んできた・・農と医の共生はきわめて重要である」とし、共生できる場として、生理思想、内分泌学、感染と人間、生化学と分子生物学、環境汚染、薬用植物、環境保全型農業生産物の活用、機能性食品などを例示している。農医分野に関係する問題、研究課題の方向性を探る上で重要なヒントを提供しているが、連携をどのように実現していくのか、その取り組みの難しさが読みとれる。

第2章は、2003年4月に千葉大学に設置された「環境健康フィールド科学センター」について、センター設立の背景、理念、目標、実績などを述べている。現代都市に「里山、自然、みどり、園芸生産、伝統などの田舎の良さ」と「東洋の思想と知恵を持つ東洋文化の良さ」を取り込んだ、新しい「環境健康都市」をめざしている。そのため、園芸・植物・東洋医学を中心に千葉大学がもつ看護・福祉・介護・教育・薬用植物を加え、すでに、千葉県柏市に本センターを開設して東洋医学・園芸療法などの融合研究を実践している。心と環境の時代に対応して社会福祉に貢献するなど、その成果を期待したい。

第3章では、日本人の平均寿命、糖尿病、高血圧、肥満、メタボリック・シンドロームなど現代成人が抱える健康状態を多くの統計資料で解析し、食事や食育が重要な観点であるととらえている。栄養・食生活の具体的な改善点が示され、身近な日常生活への忠告もあって医学からの農医連携の考え方として興味深い。食育の手法を開発するには、具体的目標として食科学の推進を目標とするが、連携には相当のエネルギーが必要である。教育、研究、食文化、医療を統合する「農医連携センター(または食科学推進センター)」を形成することが重要である。

第4章では、農業は、環境と共生し持続的に食料を生産することが求められているとし、「食と農と環境」を考えるのに「風景の目」すなわち全体性・総合性、ホリスティックの視点にたつことが大切であると主張している。筆者は、農のある多自然居住型ライフスタイルの促進を進め、また、「花や野菜をつくって幸せになろう!」「NPO法人日本園芸福祉協会」などの各種活動を積極的に実践しており、その考え方を紹介している。「全てが同源、調和した姿が『美しい』のである」と環境に対する強烈な思いが伝わってくる。

第5章は東洋医学(漢方)専門医師の立場から園芸療法との関係について、千葉大学環境健康フィールド科学センターでの取り組み状況が紹介されている。東洋医学は生物学的な自然療法、園芸療法は人間科学的な自然療法であり、お互いに相互補完的な関係である。両者を融合する試みは始められたばかりであり、西洋医学、東洋医学、園芸療法などの専門家がそれぞれの限界を認識し、さまざまな試みを推進することで国民の健康増進に貢献する、新たな取り組みとして共感できる。

第6章は機能性食品である。機能性食品の機能、用途、成分、市場、また、機能性食品の健康に対する効用が説明されている。機能性食品成分について、標的遺伝子および人体への影響も解明され、テーラーメード(オーダーメード)食品が開発されつつある。社会的にも健康に対する関心は高まっており、機能性食品の需要は増大すると思われるが、筆者は、「食は精神的な満足感、癒し機能、他とのコミュニケーション、風土や地域社会とのつながりなど、人が人であるための根元的な要素を含んでいる」と、「食基盤社会」の構築が重要であると結んでいる。

本書は北里大学で開催されたシンポジウムの講演者によって執筆されたものである。人間の健康や環境問題の現状を解決していくためには、これまでの農学、医学という枠組みによる研究の進め方を一歩進めて、両者が連携することが必須であることは理解できる。しかし、新たな取り組みでもあり、いっそうの論議を重ねていくことが重要である。本書は、農医連携に向けた研究のあり方に多くの知見や提言をしており、研究テーマや連携の構築に大いに役立つものと思われる。

目次

「現代社会における食・環境・健康」の発刊にあたって

第1章 農・環境・医療の連携の必要性 (陽 捷行)

はじめに

1.世界の動向

2.国内の動向

3.農と医の類似性

4.農と医の共生

おわりに

引用資料

第2章 千葉大学環境健康フィールド科学センターの設立理念と実践活動 (古在豊樹)
−大学における新たな教育研究・社会貢献方法論の構築を目指して−

1.はじめに

2.現代都市における心理ストレスと環境ストレス

3.心と環境の時代

4.モード2の科学

5.西洋科学と東洋科学の統合

6.西洋医学と東洋医学の統合

7.多変量複雑系科学としての発展

8.持続性科学構築への道

9.問題解決のキーワード ―東洋思想・文化と園芸・植物―

10.センターの設立理念と目標

11.センターの研究課題

12.センターの組織・場所・施設

13.取組中の研究課題例

14.社会連携活動

15.「環境と健康」から「安全と安心」の持続性科学へ

16.おわりに

引用文献

参考資料

第3章 医学から農医連携を考える(相澤好治)

はじめに

1.農業の推移

2.国民の健康状態

3.健康習慣の意義と現状

4.食事の状況と食育の重要性

5.食科学の提言

6.農医連携推進のために

参考文献

第4章 食農と環境を考える(進士五十八)

1.「農業の工業化」の負の側面

2.「農」の多義性と多面的機能

3.「人間と環境」の自然性と全体性

4.食と環境を支えつなぐ「農」

5.「農」のあるライフスタイル

6.「環境福祉」めざせ「環境市民」

文献

第5章 東洋医学と園芸療法の融合(喜田敏明)

はじめに

1.健康概念のパラダイムシフト

2.現代医療における東洋医学の役割

3.園芸療法の効果とその実践

4.東洋医学と園芸療法の融合

5.おわりに

参考文献

第6章 人間の健康と機能性食品(春日隆文)

1.はじめに

2.食品の機能性と機能性食品(food function,functional foods)

3.特定保健用食品とdietary supplemennt,food supplement

4.特定保健用食品,dietary supplementの市場

5.食品による生活習慣病の予防研究

6.ニュートリゲノミクスとテーラーメード食品

7.人間の健康と機能性食品

8.おわりに

参考文献

総合討論とアンケート

総合討論

アンケート

1.全体的評価と問題点

2.農医連携の考え方

3.今後の方向

著者略歴

前の記事 ページの先頭へ 次の記事