同じ場所で同じ作物を二千年もの長期にわたって作り続けてきた日本の水田稲作は、持続可能性(サステイナビリティ)の模範ともいうことができる。しかし、現代の水田がこの長い歴史の流れから断絶された存在となってしまったことに気づいた人々は、水田を再生するための創意工夫に満ちた取組みを始めている。
本書は、野生復帰に向けた放鳥が行なわれたコウノトリとの共生を目指す豊岡での水田再生の取組み、ラムサール湿地として登録されたマガンの日本最大の越冬地である蕪栗沼(かぶくりぬま)周辺での「ふゆみずたんぼ」の取組みなど、農業と環境を同時に考えることで地域の再生に取り組んでいる人々の各地での先進的な実践の報告である第2章と、有機稲作による水田生物の多様性を活かした稲作技術の報告である第3章、水田再生の取組みを生物多様性に関する国際的、国内的動向のもとにとらえるとともに欧米および日本における農業環境政策を概観している第1章によって構成されている。
第2章と第3章で取り上げられている実践の報告から、読者は、編著者が述べているように、実践する者の思い、水田再生のめざすところ、発見に満ちた経験、技術的な課題と解決に向けた示唆などを、幅広く学ぶことができる。しかし、同時に、ここに述べられている「人と生き物にやさしい農業」が「日本の農業の本流」となるためには、それぞれの地域での実践を通して得られる経験知に科学の光をあてることによって、農業技術としての体系化を図ることの必要性を感じないわけにはいかない。
目次
はじめに
第1章 生物多様性と農業
第2章 水田再生の現場から
1 ラムサール条約湿地「蕪栗沼・周辺水田」のふゆみずたんぼ
2 魚のゆりかご水田プロジェクト
3 コウノトリを育む農業
4 企業が参画する水田再生
―谷津田にトキが舞う日を夢見て NEC田んぼの物語―
5 生協の産直による環境保全型農業の推進
6 全農のCSR活動と民間型生物多様性直接支払い構想
第3章 栽培技術から見た生物多様性稲作
1 人と自然にやさしい米づくりを支える田んぼの土壌
2 水田生物の多様性を生かした稲作技術
―その現状と可能性―
「人と生き物にやさしい農業」のすすめ
―あとがきに代えて―