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情報:農業と環境 No.84 (2007.4)
独立行政法人農業環境技術研究所

第23回 気象環境研究会 「大気環境変化と植物の応答」 が開催された

平成19年3月9日に、農業環境技術研究所で、第23回気象環境研究会 「大気環境変化と植物の応答」 が開催されました。参加者数は計122名で、独立行政法人の研究機関から16名、都道府県から46名、大学から18名、民間から7名、農業環境技術研究所から35名が参加しました。

開催趣旨:

近年、人間活動に伴い化石燃料などの大量消費により大気環境に大きな変化が生じています。1970年代から1980年代にかけては、光化学オキシダントと酸性雨が問題化しました。1980年代後半からは、オゾン層破壊とそれに伴う紫外線(UV−B)増加、CO 濃度上昇とそれに伴う温暖化が、それぞれ地球環境問題として顕在化しました。

植物は、このような大気環境の変化に対して、可視被害や成長阻害、あるいは成長促進などさまざまな応答を示してきました。かつて社会を揺るがした、あるいは現在も社会に大きな不安を与えているいくつかの問題は今どうなっているのでしょうか。また、将来にわたってもっとも憂慮されている温暖化に対して、植物や生態系はどのように応答し、どう変化していくのでしょうか。

この研究会では、これらの問題に対して、過去から将来に渡る大気環境変化と植物の応答にかかわる問題を整理・論議しました。

講演:

1.オゾンの植物への影響:過去・現在・未来

野内 勇(農業環境技術研究所)

2.オゾン障害の発現メカニズムは解明されたか?

佐治 光(国立環境研究所)

3.平地のスギ枯損の原因はわかったのか?

小川和雄(埼玉県環境科学国際センター)

4.森林衰退の現状と原因,特に丹沢を例として

河野吉久(電力中央研究所)

5.UV−B増加の植物影響:遺伝子から食料生産

日出間 純(東北大学大学院)

6.高CO濃度に対して作物はいかに応答するか

長谷川利拡(農業環境技術研究所)

7.高温によるイネの不稔現象

松井 勤(岐阜大学応用生物科学部)

8.イネの高温不稔を群落微気象モデルで解析する

吉本真由美(農業環境技術研究所)

論議の内容:

講演1では、野内氏から、オゾンによる植物影響に関する日本の過去40年の研究成果と、中国の経済発展に伴って将来的に急上昇するであろう東アジアのオゾン濃度の脅威とその甚大な影響予測の紹介がありました。

講演2では、佐治氏が、植物のオゾン障害発現機構として有力な2つの説、オゾンから二次的に細胞内で生成される活性酸素の害作用であるとする活性酸素説と、病害などに犯されて過敏感反応によって自らの細胞は死ぬが、自分が死ぬことで障害の拡大を抑えるというプログラム細胞死誘導説について、それぞれの詳細な仕組みについて報告しました。

講演3では、小川氏から、平地のスギは1960年代から衰退が見られていたが、1980年代中ごろから酸性雨との関連が注目されるようになった、だが、平地のスギ枯損の主因は酸性雨ではなくて、近年の大気の乾燥化と水ストレスと考えられるという発表がされました。

講演4では、河野氏が、近年、日本各地のブナが衰退していることを紹介し、丹沢山地において衰退原因を調べた結果、標高の高い山地においてもオゾン濃度がかなり高い濃度レベルにあり、これに地形の影響による風の強さが加味されて、山頂や稜線沿いのブナの衰退が進行していることを報告しました。

講演5では、日出間氏が、仙台市において数年間にわたって実施されたUV−B(波長が280〜315nmの紫外線)の野外での照射実験の結果、40%のUV増加によってイネ(ササニシキ)の分げつが阻害され収量が低下すること、小粒な玄米が増えること、UV−Bに対する反応には大きな品種間差異が見られ、その要因はUV−Bによって損傷されたDNA損傷産物(シクロブタン型ピリミジン二量体:CPD)を光を使って修復する酵素であるCPD光回復酵素の活性の違いであることを紹介しました。

講演6では、長谷川氏が、高CO濃度が水稲の生育や収量に及ぼす影響を日本の岩手県雫石町と中国無錫にある開放系高CO濃度増加(FACE)実験で調べた結果から、200ppmの濃度増加による収量の増加は14%前後であること、高CO濃度により光合成が生育前半には高まるが登熟期には落ちるというダウンレギュレーションがおきることなどを解説しました。

講演7では、松井氏が、熱帯起源地域のイネは高温には強いと考えられているが、そのようなイネでも開花期には高温に弱く、とくに開花期に35℃以上の気温になると高温不稔を生じることがあること、その原因として葯(やく)が開く過程(開葯)の不良や、葯から花粉が飛び出す過程の飛散不良の二つがあること、イネにおける高温耐性の品種間差異には葯基部の裂開の長さが関連していることを示し、高温耐性品種の育成に向けた問題提起を行いました。

講演8では、吉本氏が、高温不稔の発生には気温よりも実際の穂の温度が重要であることを示す解析結果を紹介しました。群落内の微気象データなどを用いて開発した穂温推定モデルを、実際に高温不稔が頻発している中国荊州と、開花期に40℃に達しているのに高温不稔が発生しないオーストラリアのイネ群落に適用したところ、気温と穂温との温度差が中国では+4℃にもなり(穂温が高い)、オーストラリアでは大気が乾燥しているため −7℃になる(穂温が低い)ことが示されました。

話題提供者によるパネルディスカッションにおいては、地球環境問題として現在もっとも心配されている温暖化は食料生産に多大な影響を与えるが、食料生産の予測においては今後は温度やCOばかりでなく、オゾンやUV−Bなどの影響も考慮しなければならないこと、そして、そのためには研究勢力の結集が必要であることが述べられました。

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