島ごとに生物が独自の進化を遂げているガラパゴス諸島。ダーウィンの進化論の発想の地と言われている。中でもゾウガメはガラパゴスの象徴的な存在である。しかし、とびきり美味であったこと、船上でもしばらくは生き続けるために生きた保存食としての価値があったことから、不幸な運命をたどった。近海で操業していた捕鯨船や海賊により、2世紀にわたって数多くのゾウガメが捕獲された。中でもその最北端の島、ピンタ島では、1906年に科学者によって捕獲され、標本となった数匹を最後に、ゾウガメは絶滅したと考えられていた。しかし、それから50年以上も経った1971年、偶然にも1匹が発見される。
見つかったこのゾウガメは、仲間が次々と捕獲される中で1匹だけ残ったという孤独な身の上と、その世捨て人を思わせる独特な風貌から、ロンサム・ジョージと呼ばれるようになった(ジョージという名前は、米国で1950年代から1960年代に活躍したジョージ・ゴーベルというコメディアンから来ているというが、その機微は日本人にはわからない)。ロンサム・ジョージは、ガラパゴス観光の目玉、自然保護活動の象徴、フラッグシップとして、世界中の人から愛されることとなる。今や世界でもっとも有名な、は虫類である。
ダーウィンは、「いくつかの島にはそれぞれ固有種のゾウガメがいるらしい」と述べている。近年、DNA鑑定により、各島のゾウガメの関係が調べられるようになった。そこで得られたのは、期待通りの結果に加え、人為的な移動を示す結果もあったという。有名になったロンサム・ジョージが本当にピンタゾウガメかどうかという点についても、科学的な関心が寄せられた。保存されていた標本からDNAを抽出し、試行錯誤を重ねて解析した結果、ジョージがピンタゾウガメであると確信する結果が得られたという。
本書は、ロンサム・ジョージを例に、野生生物、とくに絶滅種の保全について、さまざまな角度から解説する。
ジョージはサンタ・クルス島のチャールズ・ダーウィン研究所に連れてこられ、やがてイサベラ島からやってきたメスと同居し、繁殖が試みられた。しかしジョージは、メスに関心を示さなかった。となると、人工授精、電気射精法、さらにはクローンの作出まで、新しい技術が期待される。しかし、は虫類に対する技術は発達しておらず、適用は難しそうである。
一つの種を保護し、飼育、繁殖させるのは、いつかもとの野生に帰すためである(再導入)。しかしそのためには繁殖だけでなく、克服すべき課題は多い。たとえば、人間が島に持ち込んだ山羊や豚の繁殖はすさまじく、山羊を完全に駆逐するために徹底的な駆除が行われた。動物だけでなく植物も含め、外来種は大きな問題である。また、ガラパゴス諸島の生態系において、ゾウガメは大きな役割を果たしていた。最大の草食動物であるゾウガメがいなくなると、植物が鬱蒼(うっそう)と茂り、生態系が大きく変化してしまった。そのため、ジョージのもっとも近縁に当たるエスパニョーラゾウガメをピンタ島に導入する計画が進んでいる。
仲間が絶滅した中、たった一匹で厳しいピンタ島の環境の中を生き延びていたという孤独な身の上は、人々に強く訴えかけるものがある。ジョージは、今後かなり長い間生き続け、ガラパゴス諸島の環境保護のシンボルとしての役割を果たして行くであろう。生物学的な価値はともかく、野生生物保護の運動には、ロンサム・ジョージのようなカリスマの果たす役割は大変大きいと言えそうだ。
目次
プロローグ 自然保護の象徴
発見
ロンサム・ジョージのガールフレンド
種の起源はどこに
進化の海を漂う
人間という罠
ナマコ戦争
ピンタ島の謎
連れ去られた仲間たち
島へ帰る日
生命への介入
クローンとキメラ