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情報:農業と環境 No.89 (2007.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介239: 生物と無生物のあいだ、 福岡伸一 著、 講談社現代新書1891 (2007) ISBN 978-4-06-149891-4

話題の書である。難しい内容を取り上げているにもかかわらず、分子生物学を専門とする科学者が書いた文章とはとても想像ができないほどに、遺伝子工学の複雑な実験過程の記述さえも平易で飽きさせず、わかりやすいだけでなく、分子生物学の門外漢も、ぐいぐいと引き込み、一気に読み終えさせる魅力を持っている。本書の著者は2006年第1回科学ジャーナリスト賞を受賞していることを知ると、さもありなんと頷(うなず)ける。すぐれたストーリー・テラーでもある。

生命とは何か? 二十世紀における生命科学の幕開けから現在までにおける分子生物学の到達点に至る過程に重ねつつ、否、それ自体が生命の理解に対する強い欲求に突き動かされた行為の過程であろうが、生命の理解の歩みを、その新しい理解を切り開いた発見とそれに伴うエピソードを織りまぜて平易に記述している。遺伝子の本体であるDNAの発見、DNAの二重ラセン構造の発見、その対構造が自己複製機構をもっていることの発見。これらの発見から自己複製システムとしての生命観が、さらに遺伝子操作技術の誕生と表裏をなす分子機械としての生命観が生まれた。そして、重窒素で標識されたアミノ酸の動態から、「生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」とする生命の理解における大転換。本書の著者は、さらに敷衍 (ふえん) し、生命とは動的平衡 (ダイナミック・イクイリブリアム) にある流れである、と結論づける。

第1章で述べられる野口英世の実像や、第6章と7章で展開されるDNA構造の大発見の陰にかくされた真実についての記述は、本書の脇役を演じているが、幼少のころに親しんだ野口英世の偉人伝や、はやる気持ちを抑えながら読みすすめた記憶が残るジェームズ・ワトソンの訳書 「二重らせん」 の核心に触れつつ、辛口ではあるが、生物学者としての実証性に根ざしているので、信頼感を持って読むことができ、目から鱗が落ちる思いである。

すぐれたストーリー・テラーが書いた生命の謎にせまる科学史の書として、読み物としても楽しめる。科学はまったく苦手な人でも理解が行き届くように、平易にかつ筋を追って書かれた教養の書であり、話題の書となる所以 (ゆえん)である。

目次

プロローグ

第1章  ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡 (ダイナミック・イクイリブリアム) とは何か

第10章  タンパク質のかすかな口づけ

第11章  内部の内部は外部である

第12章  細胞膜のダイナミズム

第13章  膜にかたちを与えるもの

第14章  数・タイミング・ノックアウト

第15章  時間という名の解 (ほど) けない折り紙

エピローグ

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