前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.93 (2008.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 農業に有用な生物多様性の持続的利用

1950年代、ペルーの綿花、米国の牧草、英国のキク栽培などで、化学農薬が大量に使用されたことによる人畜や環境への影響、薬剤抵抗性系統の出現などが社会的な問題になった。その後、生物的防除と化学的防除の併用や総合化が試みられ、1960年代には総合防除 (IPM) や病害虫の経済的閾値(いきち)の考え方が示された(van Emden, 1989)。1970年代になると日本にも害虫管理や総合防除の概念が導入された。

ヨーロッパでは、1970年代後半、災害や病害虫の少ない農地や優良品種の選定、肥培管理、病害虫・雑草管理、講習会への参加など、総合的な生産管理(総合生産:Integrated Production, IP、あるいは Integrated Crop Management, ICM)の取り組みがはじまり、これを導入した「IP生産者」が補助金交付対象になった(Boller et.al.,1998)。

一方、米国では、1980年代に低投入持続型農業(LISA)が推進され、1993年には全米の農地の75%でIPM実施が宣言された。また、1996年の食品品質保護法で農薬の最小限使用の方針が示された。

このような背景のもとで、1998年、OECDとFAOによる「農薬のリスク軽減とIPMのワークショップ」がスイスで開催された。米国の参加者からはIPMの普及度測定法の実施例が示され、IPMの普及と技術研究の加速が説かれた(OECD, 1999)。その後、米国では、2003年にIPMの現状について見直しがされ、栽培面積の50%以上に環境保全型農業を普及させるという新たな提言が行われた(CAST, 2003)。

同じワークショップで、ブドウ園の草生栽培と生物多様性、天敵機能との関係について、スイスの研究者が現地で講演を行った(Boller et.al., 1998)。ヨーロッパの放牧地や穀物地帯では、生物多様性の持続的利用を目的とする「エコ調整地の設置」の施策が取られ始めている。国際生物的防除機構(IOBC)に「Landscape Management for Functional Biodiversity」のワーキンググループが設けられ、研究が活発になっている(Walter et.al., 2003)。

最近、日本においても、農業に有用な生物多様性(Functional Biodiversity)が注目されるようになってきた。ここでは有用な生物多様性の持続的利用に関するヨーロッパでの研究成果を紹介する。

スイスのブドウ園における生物多様性の持続的利用

スイスのブドウ園では、1960年ころまで清耕栽培(地表に草を生やさない栽培法)が主流だったが、その後、地表をイネ科の植物で覆う草生栽培への転換が進められた。当初は急傾斜ブドウ園の土壌侵食の防止を目的としていたが、1980年代の中頃になって草生栽培と天敵生物との関係が認知され、ブドウ園の一般的なIP技術として受け入れられるようになった。ハダニ類、ミドリヒメヨコバイ、アザミウマ、ブドウホソハマキなどの害虫の発生が草生栽培によって抑制できることが理解されてきたのである。1993年の調査ではスイス北部の90%のブドウ園で草生栽培が行われている(Walter et al., 2006)。

牧草地や穀物ほ場の生物多様性の持続的利用

農耕地の管理作業は生物多様性に影響を与え、生物多様性はさらに有機物の組成、植食者、捕食者、授粉者などの生態機能に影響する。そのため、生物多様性に及ぼす農業管理の影響評価が、欧米の研究者の間で注目されはじめた。スイス連邦政府のアグロスコープ(Agroscope)研究所では、農耕地の生物多様性を、農業のライフサイクルアセスメント(LCA)の「インパクトカテゴリー」として導入するため、農家・農地や農法・管理ごとに生物多様性を統合化する方法を開発した(Jeanneret et al., 2006)。

この方法は、農法(集約的/粗放的など)や農業管理(植生管理や病害虫防除、耕運など)が生物多様性に及ぼす影響を比較・推定することを目的としている。また農耕地の全生物の多様性は測定できず、また管理系全体のインパクトも推定できないので、代表的な指標生物(群)を使う。農業活動との関わりや、耕地内、生息地、食物連鎖における地位など、一般的な相互作用と関連する基準表を参考にして、指標生物群を選定した。指標生物群は、顕花植物(花の咲く植物)、鳥類、小型ほ乳動物、両生類、腹足類(カタツムリなど巻貝の仲間)、クモ類、コウチュウ類、チョウ類、野生ハチ類、バッタ類などから選定し、土壌動物は対象にしなかった。

実際には、調査ほ場ごとに指標生物群を調査して指標生物の候補と生態特別種とを選定し、農法や農業管理ごとに生物多様性指数を求め、有用な生物多様性の持続的利用にとって望ましい農法や農業管理を提案するための研究が進められている。

文献:

1) Boller、E. F. et al. (1998) Integrated Production in Europe, IOBC wprs Bulletin Vol.21(1), pp.41

2) Cast (2003) Integrated Pest Management-Current and Strategies-CAST, IOWA, USA, pp.246.

3) van Emden, H. F. (1989) Pest Control 2nd edition, New Studies in Biology, Edward Arnold, pp.117

4) Jeanerret P. et al. (2006) Methode d'evaluation de l'impact des activites agricoles sur la biodiversite dans les bilans ecologiques-SALCA-BD. Agroscope FAL Reckenhol. pp.67

5) OECD (1999) Report of the OECD/FAO Workshop on Integrated Pest Management and Pesticide Risk Reduction, OECD Environmental Health and Safety Publications Series on Pesticides No.8, pp.161

6) Walter A. H. et.al., (2003) Landscape Management for Functional Biodiversity. IOBC wprs Bulletin Vol.26(4), pp.220

7) Walter A. H. et.al., (2006) Landscape Management for Functional Biodiversity. IOBC wprs Bulletin Vol.29(6), pp.168

前の記事 ページの先頭へ 次の記事