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情報:農業と環境 No.93 (2008.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 害虫抵抗性Bt作物は環境にやさしいか? 理論生態学者の包括的分析

害虫抵抗性の遺伝子組換えBt作物は、トウモロコシが米国、カナダ、アルゼンチン、フィリピン、スペインなど13カ国で、ワタが米国、インド、中国、豪州、南アフリカなど9カ国で商業栽培されている (2007年現在)。Bt作物の栽培による防除対象外の非標的生物への悪影響が懸念されてきたが、有害影響を実証するような事例は今までに報告されていない。昨年 (2007年) 10月に、Btトウモロコシがトビケラなど河川の生物相に悪影響を及ぼすかもしれないという新たな懸念が報告されたが、論文の内容は仮説の域を出ず、多くの疑問・課題を残すものであった ( 「情報:農業と環境」91号 )。しかし、「Bt作物による直接の悪影響はないとしても、今までの栽培方法と比べたらどうなのか? Bt作物は従来の栽培技術よりも環境や天敵に悪影響を与えないのか?」という懸念や疑問は依然として強いようだ。

2007年6月、米サンタクララ大学の Marvier らによる「Btワタとトウモロコシによる非標的無せきつい動物に対する影響の包括的分析」という論文が、Science 誌に掲載された。日本のマスメディアではほとんど紹介されなかったが、欧米では「やっぱり組換えの方がいい」、「いや無農薬・有機栽培の方がいい」と、組換え推進・反対の両派から取り上げられた。この論文は条件の違う世界各地の試験データをまとめて比較・検証しているが、組換えBt作物による環境影響を議論する際に、何と比較するかによって答が違ってくることを示しており、その点では興味深い。

Marvier らは、非標的生物への影響に関する研究報告は多数あるが、その多くは研究期間が短く、調査規模が小さかったり、統計的解析に必要な反復数(繰り返し数)を満たしていないなどの欠点があるとし、これらの報告結果を調査規模の違いなどを補正して、データをひとまとめにし、統計的な比較検証ができる情報データベースを作成した。彼女らはBt作物・非Bt作物の違いだけでなく、殺虫剤散布の有無も調査した42本の野外試験の論文を採用し、鱗翅(りんし)目害虫抵抗性のBt(Cry1Ac)ワタとBt(Cry1Ab)トウモロコシ、および鞘翅(しょうし)目害虫抵抗性のBt(Cry3Bb)トウモロコシの3つの例について分析した。Bt/非Bt作物、殺虫剤散布の有無によって、4つの栽培パターンが考えられる。

表 4つの栽培パターン

  Bt作物 非Bt作物
殺虫剤散布
殺虫剤無散布

Marvier らは殺虫剤散布しないBt作物()の比較対象として、非Bt作物に殺虫剤散布した場合()と殺虫剤散布しない場合()に分け、それぞれ非標的生物の発生量を比較した。Btワタではどちらも殺虫剤散布した場合( vs )についても比較したが、トウモロコシでは研究報告数が少ないため、この比較は行っていない。

表 比較結果の概要

  非標的無せきつい動物の発生量
比較対象   Cry1Ac ワタ Cry1Ab トウモロコシ Cry3Bb トウモロコシ
1.どちらも殺虫剤無散布 ( vs ) やや多い やや多い  差なし
2.非Bt作物のみ殺虫剤散布 ( vs ) 多い 多い  差なし
3.どちらも殺虫剤散布 ( vs )  差なし  未調査  未調査

比較1 (どちらも殺虫剤無散布) では、Cry1Ac ワタと Cry1Ab トウモロコシで非標的種のうちのいくつかのグループの発生量は非Bt作物よりもやや少なく、Cry3Bb トウモロコシでは両者に差が見られなかった。一方、比較2 (非Bt作物のみ殺虫剤散布) では、Cry1Ac ワタ、Cry1Ab トウモロコシとも非Bt作物よりも一貫して発生量が多く、Cry3Bb トウモロコシでは両者に差が見られなかった。彼女らはこの結果から、一定の結論を出すことは避け、「Bt作物の比較対象を殺虫剤散布とするか、殺虫剤無散布の非Bt作物とするかで、異なった結論が導かれる。また、統計的に差異があったとしても、それが生態学的にどういう意味を持つのか解釈するのは難しい。今後もこのような研究データを蓄積する必要がある」 と述べている。

通常、Bt作物では殺虫剤の散布回数と散布量は大幅に減少するが、Btトキシンによって防除できない害虫種もいるため、まったく殺虫剤を散布しない例は少ない。一方、非Bt作物では、ワタ、トウモロコシとも複数回の殺虫剤散布が必要である。殺虫剤をまったく散布しないBt作物()も実際の栽培現場を正確に反映しているとは言えないが、それでも一般的な栽培条件の比較としては、比較2 vs )がより適切であろう。

問題は殺虫剤無散布の非Bt作物()である。ワタやトウモロコシを殺虫剤無散布で栽培できるのか? 仮に栽培できたとしても商業的に採算のとれる品質、収量が得られるのかという疑問が生ずる。ワタやトウモロコシを完全無農薬で商業栽培している事例がないわけではない。しかし、このような栽培では、広い面積に同じ作物を栽培せず、異なる作物を帯状に栽培する 「混作」 や、天敵の生息地となる園芸植物や牧草を畑内に植えるなど、栽培形態にさまざまな工夫がなされている。また、収量は劣るが害虫の被害を受けにくい品種を用いることも多い。

今回の比較では、非Bt作物にそのような品種は用いておらず、栽培形態もBt作物と同じように均一配置である。そうでなければ、Bt作物と非Bt作物による違いを単純に比較できないからである。「品種も違うし、栽培環境も異なれば、そこに生息している生物相も異なって当然」 なので、試験設計上はやむを得ない。しかし、実際の商業栽培を考慮した比較という点では、のような条件は非現実的で、比較1 vs )はあまり意味がない。

今回の結果(比較2)から、「組換えBt作物の方が従来の栽培手段よりも殺虫剤散布が減って天敵など非標的生物の発生量にとってはプラスになるようだ」 とは言えるだろう。しかし、比較1から、「どちらも無農薬の場合には、非Bt作物の方が良い場合もある」 とか 「むしろ組換えBt作物の方が環境に悪い場合もある」 とは言えない。さまざまな工夫をこらして無農薬栽培や有機栽培を行っている生産者にとっても納得できる結論ではないだろう。

Marvier は、米国環境保護庁に提出される環境への安全性審査データの統計的検出力の弱さ(反復数の少なさなど)を、以前から指摘し、改善を促してきた理論生態学者である。今回の論文も膨大な文献のデータベースを作成し、異なる地域・条件で行われた研究結果をひとまとめにして比較を試みた点で価値がある。しかし、Bt作物の比較対象として、殺虫剤を散布しない非Bt作物試験区()を使うことについては慎重に考慮する必要がある。

おもな参考情報

Marvier et al. (2007) A meta-analysis of effects of Bt cotton and maize on non-target invertebrates. Science 316: 1475-1477. (Btワタとトウモロコシによる非標的無せきつい動物に対する影響の包括的分析)

Marvier (2002) Improving risk assessment for nontarget safety of transgenic crops. Ecological Applications 12: 1119-1124. (遺伝子組換え作物による非標的生物の安全性に関するリスク評価手法の改善)

Wolfenbarger (2007) Non-target effects of Bt crops database available. ISB News Report 2007.11. (Bt作物による非標的生物への影響に関する研究論文データベース。Marvier らの作成したデータベースの紹介)
http://www.isb.vt.edu/news/2007/news07.nov.htm#nov0705

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