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情報:農業と環境 No.96 (2008年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 252: 詳細リスク評価書シリーズ13 カドミウム、 中西準子ほか 著、 丸善株式会社 (2008) ISBN978-4-621-07919-5

独立行政法人 産業技術総合研究所 (産総研) 化学物質リスク管理研究センターでは、2001年度から6年間にわたり、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) からの受託研究「化学物質総合管理プログラム・化学物質リスク評価及びリスク評価手法の開発プロジェクト」を実施した。

このプロジェクトは、化学物質リスク管理研究センターの 「リスク評価手法を開発し、その手法を用いたリスク評価結果を社会に提示する」 というミッションに合致し、さらに、刊行された一連の 「詳細リスク評価書」 は、本プロジェクトの成果として最適なリスク評価手法を示し、多くのデータをもとに解析したリスク評価の結果をまとめたものである。リスク評価や管理にかかわる研究者、行政担当者、事業者など多くの関係者に活用されることを望んでいる。

詳細リスク評価書シリーズは、代表的な化学物質を対象にし、2005年1月発行の 「フタル酸エステル」 から、1,4-ジオキサン、トルエン、ジクロロメタン、鉛など、2008年2月現在の 「クロロホルム」 まで、計15物質について刊行されており、今後も追加される予定である。今回紹介する、同シリーズ13のカドミウム (Cd) は、公害イタイイタイ病の原因物質であり、また、Codex 委員会 (FAO/WHO 合同食品規格委員会)で農産物中における濃度の基準値が設定され、わが国としても、玄米、野菜、いも類などでの基準値策定に向けた検討が行われており、リスク評価の重要性が高い物質である。

本書のおもな目的は、(1) 日本人のCdによる平均的なリスクについて、低濃度長期暴露を評価対象とし暴露経路や健康影響の重篤度を論じること、(2) 生態リスクの現状を明らかにすること、(3) 発生源解析により人為起源の最大発生源を特定し、将来のリスク傾向を予測して対策に役立てることである。また、専門家7名からなる外部レビュアーに意見を求め、それらに基づいて必要に応じて本文記述を変更し、あるいはレビュアーの意見に対する著者の考えを示している。これらの取組みが、リスク評価の高度化をめざす本書の大きな特徴となっている。

全体を通して、詳細なリスク評価を実施するために、Cdの物理化学的特性、分析方法、国際基準設定の経緯、発生源、環境への排出量と移動量、環境中での動態など膨大なデータが収集され、それに基づき解析が行われている。巻末には多くの参考文献等も示されており、Cdに関する参考書としても重宝である。とくに、「日本人における暴露経路の内訳は・・・食品からの暴露が99%以上」 であることから、各種食品及び農地土壌中のCdにかかわる既存のデータを精査し、摂取量や体内蓄積量を解析して、有害性評価を試みている。

Cdの詳細リスク評価の結果、(1) ヒト健康リスクについては 「Cdの環境中濃度は・・・今後直ちに大幅に上昇するとは考えられず・・・リスクレベルも大幅に上昇することはない。・・・追加的な対策を早急に導入する合理的な理由は乏しい」、(2) 生態リスクについては 「汚染地域が限られており、・・・日本全体で一律のリスク削減対策をとることは資源やエネルギー消費の観点からマイナス面がある」 と結論付けている。

本書は、Cdのリスク管理に向けた考え方を具体的に提示しており、関係者には有益な知見となるだろう。対策技術を開発する場合にも費用対効果を検証することが重要であり、どのレベルまでリスクを低減するべきかの目標設定の必要性が理解できる。なお、詳細リスク評価を実施するためには、精度の高い情報が豊富にあることが必須(ひっす)である。たとえば、生態リスク評価では、検体数が不足しており、暴露や毒性影響などの情報が必ずしも十分でない。今後、不確実性を縮小させることが課題といえる。

目次

要約

第 I 章 序論

第 II章 Cdの発生源と排出量

第III章 環境中濃度と暴露レベル

第IV章 ヒト健康に関する有害性評価

第 V章 ヒト健康に関するリスク判定

第VI章 生態リスク評価

第VII章 リスク削減対策

第 I 章 序論

1. リスク評価の目的・構成

2. Cdの物理化学的特性

2.1 物理化学的特性およびCd化合物の形態と特徴

2.2 Cdの環境中運命の概要

3. Cdの用途の概要

4. Cdの分析方法

5. Cdに関連する基準値

第II章 Cdの発生源と排出量

1. 本章の目的および対象とする範囲

2. PRTRデータの集計結果

2.1 届出排出量と移動量の集計結果

2.2 届出外排出量の推計結果

3. Cdの生産過程からの排出

3.1 Cd金属の生産量と輸出入量

3.2 非鉄金属の採鉱・製錬プロセスとCdの生産プロセス

3.3 現状の金属鉱業/非鉄金属製造業からの排出

3.4 過去の採鉱・製錬によるCd排出

4. Cdを用いる工業製品の製造過程からの排出

4.1 Cdの用途別使用量(2000年)

4.2 Cdの用途別使用量の経年変化

4.3 製造業からのCd排出係数(現状)

4.4 製造業からの排出(過去)

5. 廃棄物に由来する排出

5.1 PRTRデータによる排出量と移動量

5.2 Cdを含む一般廃棄物の焼却,埋立,回収量の推計(現状および経年変化)

5.3 環境中排出量の推定

6. 下水汚泥に由来する排出

6.1 下水汚泥の処分方法の概要

6.2 下水汚泥量の経年変化

6.3 下水汚泥中Cd濃度の経年変化

6.4 下水汚泥に由来するCdの移動先および移動量

7. 石炭燃料プロセスからの排出

8. 肥料由来のCd排出

8.1 肥料に含まれるCd量の現状

8.2 農用地に移動した量の経年変化

9. 発生源と排出量のまとめ

9.1 現状の排出量

9.2 経年変化

第III章 環境中濃度と暴露レベル

1. 一般環境中の濃度

1.1 大気

1.2 水系

1.3 土壌

1.4 環境中移動量

2. 食品中含有量

2.1 はじめに

2.2 米

2.3 麦,豆類

2.4 野菜

2.5 魚介類

2.6 肉類・その他の食品

2.7 水道水

2.8 調理によるCd量の変化

3. 土壌中濃度と食物中濃度の関係

4. Cd摂取量の経年変化

4.1 データの整理方法

4.2 Cd一日摂取量の推移

4.3 米中濃度の推移

4.4 米由来のCd摂取量

4.5 諸外国でのCd摂取量の経年変化

5. Cdの体内蓄積量の経年変化

5.1 データの整理方法

5,2 血中Cd濃度

5.3 尿中Cd濃度

5.4 腎皮質中Cd濃度

5.5 肝臓中Cd濃度

6. Cd摂取量と体内動態における個人差の解析

6.1 体内動態の個人差

6.2 長期平均摂取量の個人差

7. Cd摂取量および体内蓄積量の諸外国との比較

7.1 Cd摂取量の比較

7.2 体内蓄積量の比較

8. まとめ

第IV章 ヒト健康に関する有害性評価

1. はじめに

2. 有害性の概要

2.1 吸収

2.2 体内分配と排泄

2.3 腎臓への影響

2.4 骨への影響

2.5 肝臓への影響

2.6 発がん影響

2.7 その他の影響

3. 既存の有害性評価

3.1 WHO Food Additives Series,No.4(1972):JECFA 16th

3.2 WHO Food Additives Series,No.24(1989):JECFA 33rd

3.3 WHO,Environmental Health Criteria 134(1992)

3.4 WHO Technical Report Series 837(1993):JECFA 41st

3.5 WHO Food Additives Series,No.46(2001):JECFA 55th

3.6 WHO Food Additives Series,No.52(2004):JECFA 61st

3.7 EU Risk Assessment Report,Cadmium metal(Draft)(Moreau 2003)

3.8 US EPA,IRIS Database(一般毒性(経口暴露):1994年,発ガン性:1992年)

3.9 US EPA(1999)Toxicological Review(External Review Draft),Cadmium and Compounds

3.10 ATSDR(1999)Toxicological Profile for Cadmiium

4. リスク判定に用いる参照値

4.1 経口暴露による尿細管傷害のリスク評価にための参照値

4.2 吸入暴露による発がんリスクについて

5. Cd一日摂取量と尿中Cd濃度の関係

5.1 修正累積摂取量の算出方法

5.2 Cd摂取量と尿中Cd濃度との比(換算係数)の算出方法

5.3 換算係数の算出結果および換算係数を用いた尿中Cd濃度の試算

5.4 換算係数の算出方法に関する考案

6. まとめ

第V章 ヒト健康に関するリスク判定

1. はじめに

2. Cd暴露によるリスクの判定

2.1 リスク判定の方法

2.2 現状の50代のリスク判定

2.3 Cd摂取量シナリオに基づくリスク判定

2.4 リスク判定に用いた値の意味

3. 現行の米中Cd濃度に関する流通管理基準についての考察

4. まとめ

第VI章 生態リスク評価

1. 本章の構成

2. 既存の評価文書の概要

2.1 はじめに

2.2 カナダのリスク評価

2.3 EUのリスク評価(ドラフト)

2.4 WHOの環境保健クライテリア

2.5 諸外国の水生生物保護のための水質クライテリア,ガイドライン値

2.6 中央環境審議会水環境部会水生生物保全環境基準専門委員会での検討

3. 問題設定

3.1 概念モデル

3.2 評価エンドポイント

3.3 影響指標と暴露指標

4. 暴露評価

4.1 公共用水中Cd濃度

4.2 生物中のCd濃度

5. 影響評価

5.1 水生生物に対する毒性

5.2 鳥類に対する毒性

5.3 陸上哺乳類に対する毒性

6. リスクの推算と説明

6.1 水生生物の生存,繁殖,成長,発生(評価エンドポイント(1))に対する評価

6.2 種の感受性分布法(評価エンドポイント(2)に対する評価)

6.3 魚類の地域個体群の存続可能性(評価エンドポイント(3))の評価

6.4 魚類の汚染地域における生息状況(評価エンドポイント(4))の評価

6.5 低生動物の汚染地域における生息状況(評価エンドポイント(5))の評価

6.6 鳥類の生存,繁殖,成長,発生(評価エンドポイント(6))に対する評価

6.7 陸上哺乳類の生存,繁殖,成長,発生(評価エンドポイント(7))に対する評価

6.8 不確実性

7. まとめ

第VII章 リスク削減対策

1. 今後の環境中濃度の変化に関する考察

2. Cd暴露量削減対策の費用対効果

2.1 Ni-Cd電池回収率の向上による暴露量の削減

2.2 食品の生産・流通段階の管理によるCd暴露量の削減

3. まとめ

第VIII章 まとめと結論

1. ヒト健康に関するリスク評価の結論

2. 生態リスク評価の結論

第IX章 外部レビュアーの意見書と筆者らの対応

青島恵子レビュアーの意見書と筆者らの対応

小野信一レビュアーの意見書と筆者らの対応

古屋次夫レビュアーの意見書と筆者らの対応

小山治朗レビュアーの意見書と筆者らの対応

杉田  稔レビュアーの意見書と筆者らの対応

田中嘉成レビュアーの意見書と筆者らの対応

渡邉  泉レビュアーの意見書と筆者らの対応

参考文献

索引

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